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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
20/113

3-3

 私が塔に行くことになったのは、一応ニーアから誘われたという形になる。

 塔にはニーアの家族専属のスタッフがいるので、ローズハウスの住人はおろか、スタッフも塔に入ったことはないというのに、どうしして私が?

 誘われた時、そんな疑問が当然湧いた。…というか、あの話の流れでどうして私を誘う気になったのか、その理由は今も謎のままだ。



▼▼▼▼▼



 そもそも始まりは塔から出てきたニーアを見つけて、偶々声をかけたことだった。

 あの雨の日に心配をかけた謝罪を含め、庭で雑草取りを買って出ていた私が、腰が痛いと年より臭く背筋を伸ばしていたところ、ニーアがバタンと音を立てて塔から出てくるのを見かけた。


「?」


 その様子が普段は落ち着いた優雅な動作とは違って、まず違和感を抱いた。

 ちなみにこの頃はまだニーアが男だとは知っていたけど、彼に対して恋愛感情を抱いてはいなかったと思う。


「ニーア、来てたんだね。」


 こちらに小走りに駆けてきた彼にそう声をかけると、あからさまに顔をそむけられた。

 両手は顔の近くで、ハンカチを固く握りしめられている。

 私が来る前から塔にいたのかニーアを見かけていなかったので、そう声をかけたのだが、視線を合わせないまま何が気に入らないのか妙に刺々しく言い返される。


「そうですけど、私がここにいて何か問題がありますか?」


 この頃はまだ女度が上がると機嫌が悪い証拠だと知らないけど、その声に苛ついた様子を感じ取って、何かあったんだろうなと察しはついた。

 放っておく方がいいのかなとも思ったけど、何処となく余裕がないように見えて、私に怒鳴るのは割といつもの事だし、怒鳴らせてガス抜きでもさせるかという感覚で私は軽く言葉を続けた。


「別に悪いわけないでしょ?寧ろ私はニーアに会えて嬉しいくらいだし?今日も可愛い恰好だね。うんうん、眼福眼福!」


 ニーアが男だと知った後も、ばらすなと脅された意趣返しも込めて、私は彼をとびきりの美少女として褒め讃えることを日課にしていた。

 それをする度、男としてのプライドが邪魔をするのか、ニーアが怒ったり慌てたりするのが面白かったのだ。

 だから、今日もすぐに返ってくる怒号を期待したのだが、予想とは違う表情を浮かべるニーアに驚く。


「……本当?」


 何だか妙に頼りなさげな瞳で見返してくる表情は幼気で、その目元は赤い。


(泣いているの?)


 道理で顔を合わせようとしないはずだと思う一方で、男とは思えないほど美しく儚げな姿に私はうっかり危ない道に足を踏み外しそうになったり。ならなかったり。

 ごくりと唾を飲み込んで、一つ深呼吸。


(うんうん。私、別のことを考えろ………よし!『本当?』という聞き返しは何についてだ?)


 『悪いわけないでしょ?』、これの真偽を確かめるのは会話の流れとして有りだ。

 だけど、『会えて嬉しい』『可愛い』『眼福』のあたりの真偽を確かめるつもりならば、明らかにいつものニーアとは違う。

 いつもなら真偽を確かめるでもなく、怒鳴られるのが当たり前になっている。

 これは本格的に何かあったらしいと、私は彼に一歩近づいた。


「ニーア?」

「…いいえ。何でもないんです。ごめんさない。」


 名を呼べば、はっとしたように大きく目を開いた後、私から顔をそむけ一歩後ずさる。

 そこには先程までの幼気な頼りなさはない。

 だけど、もっと危ない何かがあるような気がして私はぎくりと心が音をたてるのが分かった。


「待って!何でもないなんてこと、その態度でないでしょう?」


 手を取って、自分に引き寄せる。

 同い年の男子の割には細く、背が高いとは言えないニーア相手ならば、私でも力で対抗することは十分に可能…というか、私から腕を取り返そうとするニーアの非力さに逆に妙に心配になったくらいだ。


「アイルには関係ありません!放して。」

「…何で急に女の子ぶるの?いつもは私にはそんな話し方しないじゃない。」


 細い腕、白い肌、ニーアは自分を女だと見せるために、方法までは教えてくれなかったけど、男としての成長を意図的に止めていると聞いた。

 その成果は女の私も真っ青なほど完璧と言わざるを得ない。

 だけど、それは彼の体に悪影響を及ぼさないのだろうか?

 どうしてそこまでして彼は女でいなければならないのか?

 なんとなくだった疑問が、急に知りたくてたまらない謎になった。


「今日からそうする!もう私にあまり話しかけないで…貴方と話しているのを誰かに聞かれて、男だとばれる訳には―――」

「はあ?どうしていきなりそんな話になるの?」

「だって、女の子ぶるなって!それが嫌なら私に話しかけないでよ!」


 言っていることが、はちゃめちゃだ。

 ヒステリックな声に、庭で遊んでいた子供たちがこちらを窺っているのに気が付く。


「こっちに来て。」


 私は腕をとったまま、建物と塔の間の影にニーアを引っ張り、子供たちの目を遮る。

 喧嘩していると思われても構わないけど、ニーアが男だと会話の中からバレても困る。

 抵抗を見せる彼だが、やっぱり非力な彼に私を止める力はない。


「何!?もういいでしょ!?」


 ヒステリックになっていても、女言葉が抜けない。

 ニーアがいつから女の子として生きているか分からないけど、女としての部分が彼にとって深く根付いているだと思う。

 女になりたい訳ではないといったニーア。

 いらないものを無理やり押し付けられ、甘んじてそれを受け入れるしかない彼の境遇に同情を感じた。

 でも、だからと言ってこんな風にヒステリーになる彼を可哀想に思っているだけでは、何故だか私はいられないと思った。


「八つ当たりはみっともない。」


 ヒステリーなニーアに対して、私の声はとても静かだった。

 だけど、しっかりと彼を見つけて告げた言葉に、ニーアが怯えたような表情を浮かべる。


「急にそんなことを言い出す意味が分からない。ニーアが何も言わなきゃ、私にはあんたがそんなに何に動揺しているのか分からない。それが私のせいだっていうなら私が悪いのかもしれない。だけど、私が関係ないのなら、私にヒステリーになるのはただの八つ当たりでしかない。」


 何かがあったニーアを更に追いつめる様な事を言っている自覚はある。

 私の手の中のニーアの腕が、小刻みに震えている。


「ニーアは私を友達だと思っていないのかもしれないけど、少なくとも私は友達だって思ってる。友達に何かあったら心配だってする。それは私に限ったことじゃない。ここにいる人だったら、ニーアに何かあったと思ったら多分みんな心配する。」


 何かに傷ついたり、動揺したり、色々な感情を表に出すことは悪いことじゃない。

 人間って誰しもが一人で生きているわけじゃないから、それで周りを心配させてしまっても構わないと私は思う。

 だけど、それを拒否するんだったら、誰にもその感情を知られたくないと思うなら、それを一人で抱え込む覚悟がいると思う。


「その心配を鬱陶しいと思うのもニーアの自由。それを拒否するのだって自由だと思う。だけど、それで傷つく人の事を覚えていて。少なくとも、私は今のやり取りで傷ついた。」


 まあ、自分でも傷ついている人の言い分じゃないなとは思う。

 実際に傷ついたかと言われれば、これで顔の皮の厚い私は別にと答える。

 ニーアのヒステリーを聞き流してあげても良かった。それが彼にとっては最良なのかもしれない。


『お嬢さん。世の中、自分だけが悲劇のヒロインだと思っていると、後で恥ずかしい思いをすることになりますよ?』


 ふと頭の中で昔、私を窘めた大人の声が響く。

 あの時はその人のことを心底鬱陶しいと思った。何てお節介だとも思った。

 私は多分、同じことをニーアに言っている。(言い方は私の方が粗野で乱暴だけど)

 自分がすごいお節介な女になって、彼に説教する資格もなく、偉そうにしたり顔で言葉を発していると自覚がじわじわとせり上がってきて、私は片手で口を押さえてた。


(私、ひょっとして)


 そして、彼の境遇に、彼の様子に、私はかつての自分を重ねていたのだと気が付く。


(これは昔の私に、今の私が言いたいことなんだ。)


 そこに考えが行き着くと、急に自分が恥ずかしいというか、居たたまれなくなって私も俯いて、言葉を失った。

 しばらく、妙な沈黙が私たちの間に落ち、何を言おうと頭を回転させているとニーアの方が先に口を開いた。


「……ごめん。」


 謝った声は小さい。


「そうだ・な。自分が傷つけられたからって、誰かに八つ当たりしていい理由にはならない。」


 感情が昂ぶっているんだろう。

 新たな涙がニーアの瞳に溢れてくる。

 それを男らしい仕草で拭い去ると、彼はばつが悪くてどう返したらいいか分からない私をヒタリと見据えた。

 あのいつもの美少女に似合わない強い眼光。


「アイル」


 名を呼ばれて、どうしてだか胸が跳ねた。

 それまで掴んでいた腕が急に恥ずかしくなって離す。


「今から一緒に塔に入ってくれないか?」

「塔に…?でも」

「あんたは何もしないで一緒にいてくれればいい。『俺』を男だと知っているアイルにしか頼めないんだ。」


 私はニーアが自分のことを『俺』と呼ぶのを初めて聞いた。


「ニーアのままじゃやっぱり嫌だ。俺はフィリーとして、あの人に自分を知ってもらいたい。」

「フィリー?」


 私に聞かせるためというよりは、自分で自分に言い聞かせるように頷くニーアに首を傾げた。


「俺の本当の名前。フィリー・ヘインズって言うんだ。アイルも誰もいない時は、そう呼んでくれ。」


 なるほど『ニーア』っていうのは女の子の名前だから、本当の名前は別にあったわけかと思い至る。

 だけど、私にとって『ニーア』はニーアでしかなくて違和感を感じた。だけど、


「フィリー」

「ああ。」


 その名を呼んで答える彼は見るからに美少女なのに、私にはもう彼が男の子にしか見えなくなっていた。

 私って単純だと思う。

 『フィリー』という名を呼んだ瞬間から、私は本当の意味で彼を男として意識しだしていた。

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