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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
19/113

3-2

 翌朝、ローズハウスへの道をとぼとぼと歩く私の服装は、Tシャツにズボンといういつも通りの色気のないものだった。


「はあ」


 消灯時間まで自分なりに悩んでみたものの、どうにもしっくりこない上に、見るからに気合いが入った服装は奉仕活動をしに行くのに適しているのか?という今更な問題に直面した。

 結果、考えるのが面倒になって洋服を散らかしたままベッドに入り、朝起きて、自分で片付けなかったくせに、部屋の中の惨状に泥棒でも入ったのかと驚いた。(すぐに気が付いたけど)

 そもそも急に私が洋服と格闘する羽目になったかと言えば、ローズハウスでの何気ない日常が原因だった。



▼▼▼▼▼



「アイルねーちゃんも、ニーアさんみたいにもっと可愛い恰好すればいいのに。」


 それは本当に悪意のない言葉だったと信じたい…いや、悪意がないということはその言葉が真実ということになるからダメなのか?

 ……ともかく、その言葉を発した少年レイモンが私を見上げる瞳には、子供の特有の本当に不思議でなりませんという無邪気さしかなかった。

 あのお風呂での衝撃の事件より数か月、どうやらローズハウスでは私とあと数人しかニーアを男だと知らないらしい中、それでも彼に纏わりついた私に折れる形で私とニーアは友達となった。

 友達というのは私しか思っていないかもしれないけれど、ローズハウスに私がいたらニーアは大抵私の所にも必ず顔を出してくれるようになった。

 それは何だか懐かない猫に一歩だけ近づけたような、妙な高揚感を私に味あわせてくれた。

 そして、そういった変化に伴い、今までは家族以外とは交流を持たなかったニーアも私と一緒に大人や子供と接することも多くなり、その日もまた子供たち相手に遊んでいたところでのこの言葉。


「あははは」


 なんていうか、乾いた笑みしか出てこない。

 何しろそれは事実。

 別に女になりたい訳じゃないと言うニーアだけど、その女装ははっきり言って趣味の領域を超えていた。

 洋服の下は女物の下着を身に着けているし(…これについては如何なものかと思うけど)、あまり露出の激しくない服装を選んでいるらしいけどズボンよりスカートのほうが多い。

 更にさりげなく流行を取り入れお洒落度は高いはずなのに、決して品位を失わず、かといってローズハウスで浮くこともないという着こなしには頭が下がる。


「確かに!アイルねーちゃんもオシャレの一つもしないと、彼氏ができないよぉ。」


 今度はおしゃまな少女ファラの言葉。

 比較的子供たちには私とニーアはセットで扱われているような気がするけど、その実、待遇に差があるのは明確だった。

 垢抜けない普通の女子高生の私と、絶世の美少女でどことなくミステリアスな雰囲気漂う美少女ニーアでは当たり前かもしれないけど、子供たちのなつき方にも大きな差がある。

 私に対しては『ねーちゃん』と軽口も叩くくせに、


「オシャレしても生憎、私には彼氏はいないけど?」


 にっこりと私相手にはあまり見せない美少女の微笑みを浮かべて顔を覗き込めば、少女はたちまちのぼせ上ったように赤くなり、もじもじする。


「ごめんなさい!ニーアさんの事を悪く言うつもりはなかったの…。」

「いいよ。ごめんごめん、からかっちゃった。」


 ニーアに許しがもらえれば、とたんに満面の笑みになる。

 そんなやり取りをしつつ、私は自分の洋服を見下ろしてため息をつく他ない。

 私の服がいつもどことなくダサくて、ニーアがお洒落なのはわかりきっていたことで、だけど、ニーアは男で私は女。更にニーアは私の片思いの相手なわけで……


(それって女としてどうなの?)



▼▼▼▼▼



 そんな風に思わず対抗意識を燃やしてしまったのが昨日の洋服騒動の始まりだったりする。

 結局、いつも通りの服を着ているのだから、戦う前から負けているというか、そもそも戦いなんて始まってすらいないんだけど…、ともかくそんな気分なのでかなり凹んだままローズハウスに着いた。

 ニーアはまだ来ていない。

 別にこの日に来ようと互いに約束している訳じゃないので、ローズハウスで会えないことも多い。

 だけど、今日はそれでよかったかもと、複雑な乙女心に浸っていると、


「アイル。ちょっといいか?」


 こんな風にニーアが現れたりする。

 何で今日に限ってと、そんな感情が思わず外に出たらしく、


「別に嫌ならいいの。」


 と、美しすぎる微笑み。

 機嫌が悪いというか、他人行儀になると妙に女の子らしくなるニーアの気質を理解しつつある私は慌てて首を横に振る。


「ううんっ大丈夫。えっと、キヌさんの散歩が終わったら―――」

「散歩なんてしたくないわ!」


 私の言葉が言い終わる前に、車椅子に大人しく収まっていたはずの80歳を大きく過ぎたキヌさんが叫んだ。

 長い年月で縮んだ体は車椅子に座ると更に小さくなり、髪は真っ白、顔はしわくちゃ。

 かなり認知が進んでいて、こうしてついさっきは散歩に行きたいと自分で言っていたはずなのに、数分後には自分が言ったことも忘れている。

 時々、暴言を叫んで周囲を驚かせたりすることもあるけど、基本的には舌足らずなしゃべり方が妙に可愛らしいこのお婆ちゃん(大人といわないとここでは怒られるけど)が、私は割と好きだった。


「え~?キヌさんがさっき散歩したいって言ったんじゃないですか。」

「わたしゃ、そんなこと言っとらんよ!」


 背後から覗き込むようにして顔を見ると、皺の深い所から小さな目がこちらをぱちりと見ている。

 円らな瞳にきょとんとした表情がぴったりで笑ってしまう。

 老人を可愛いと思ったことなんて、ローズハウスに通うまで思ったこともなかったけど、こうして直に接してみるとお爺ちゃんとお婆ちゃんはとても可愛らしい。

 姿というか、仕草とか言っていることとか、妙に微笑ましいのだ。

 それは実際に大変なお世話をしてない私だから言えることかもしれないけど、レイチェルさんたちも良く子供だけでなく老人たちにも『可愛いね』と言っている。

 それを聞いて本気で怒っている人もいるけど、大抵の人は喜ぶか照れたりしている。

 いくつになっても他人に可愛いと言われたり褒められたりするのは、やっぱりうれしいものなんだと思う。


「そうだっけ?うーん、じゃあ、散歩やめてどうするの?」

「眠たい。眠たい。」


 言いながら膝からの下を上下に動かす。

 彼女なりのそれがダダの捏ね方だと知っている。


「横になりたいの?」

「うん。」

「しょうがないなぁ。でも、昼間に寝ちゃうと夜寝れなくなっちゃうから、ちょっと寝てもいいか聞いてからね?」


 車椅子をUターンさせて建物に戻って、スタッフさんに事情を話すと、とりあえず寝かそうかとキヌさんは私の手から離れた。

 ああなってしまうと多分、自分の願いがかなうまでしゃべり続けてしまうから、スタッフさんも苦肉の策だ。


「その代り夜はちゃんと寝てよ?」

「わかっとるわ。」


 すぐさまよい返事が返ってくるけど、多分数分後には忘れているだろうと、笑いながらスタッフさんに連れて行かれるキヌさんを見送って、私はようやくニーアに向き直る。


「ごめん。それで何だった?」


 ニーアは私といることで、子供や大人とも話すようになったけど、やっぱり積極的には関わろうとはしない。

 それは彼が男とばれない為なのか、っていうか、何で女装しているの?って話だったりするんだけど、生憎それを尋ねたら無言で睨みつけられた。(なので、趣味という可能性もやっぱり否定できない)

 ニーアは私にとって、数か月たった今でも謎が多すぎる人物のままだ。

 だけど、変わったこともある。分かったこともある。 


「ああ、塔に一緒に付いてきてくれないか?」

「了解。今日はどの花にする?」


 言いながら庭を見渡して、夏になり明るい色で咲くいくつかの花を見つける。


「この間は白だったから、あの黄色の花はどうだろう?」


 異存はなかったので、スタッフさんに断ってその花を少しだけ摘ませてもらうと、私たちは揃って小さな塔へと足を向けた。

 ニーアと出会って数か月、私は彼の秘密を一つ知った。

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