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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
17/113

2-7

「私は―――」


 この時、本当は何を言いたかったのだろう?

 理不尽な周りへの鬱憤?

 リリナカナイへの感情?

 何もかも自由にならない事への嘆き?

 愛されない自分への絶望?


「何をやっている?」


 自分で自分の感情を制御できない混乱する頭に、静かな声が響く。

 確かに喉元まで出かかった強い感情は、その声の正体に驚いて再び飲み込まれた。


「へ―――」

「フィリー!!どうしたの!?」


 扉の所に佇むその姿を見て、弾かれたようにリリナカナイが席を立ち駆け寄る。

 その顔は満面の笑みに彩られ、声は喜色に満ちていた。

 突然の王の登場に侍女たちも俄かに色めき立ち、私以外の全てが彼を中心に回りだす。


「リリナ…いや、もうすぐ会議があるだろう?迎えに来たんだ。」


 駆け寄った勢いのまま抱きつく彼女を優しく見下ろしながら、そう告げるフィリーの表情は、過去に彼女を見つめていた彼と寸分変わりなく、優しく愛に溢れている。

 『愛している』なんて言葉にしなくても、伝わってくる二人の絆に私は自分の中で一瞬だけ爆発しそうになっていた感情が、冷え切っていくのを感じた。


(私…何を言おうとしていたんだろう?何を言ったところで何一つ変わる訳でもないのに)


 二人が想いあっていることは八年前から知っていた。

 だからこそ、全てを諦めていたはずなのに、それでも私の中にフィリーを思う気持ちがある限り、二人が一緒にいるところをみて平気でいられるはずもない。


「それより、どうして彼女がここにいるんだ?」


 言葉とともにフィリーが私を見る。

 その言葉と視線に宿る強さが、暗に私がここにいることを責めている。


「それ―――」

「私が呼んだの。」


 フィリーへの問いに答えようした私の声を、リリナカナイの声が掻き消す。


「フィリーはアイルに何も言うなっていうけど、やっぱり協力をお願いする以上、彼女を除け者にはできないよ。大丈夫、彼女は私の言っていることを理解してくれた。」


 私はここにいるのに、まるで私がいないかのように二人の間で話が展開する。

 大体、私はまだ彼女の要請に承諾の意を示した覚えはない。

 だけど、長い彼女の話の中で、否定の言葉一つ言わなかった私は、リリナカナイの中では既に協力者らしい。


(ううん。そもそも貴方は私が断るなんて微塵も考えていなかったんだろう。)


 私に『断られても、怒られても』いいから自分の言葉で協力を求めたかったと、彼女は言った。

 だけど、今の様子を見て分かった。

 そうはいっても、彼女は実際に私の拒否する様子など何一つ想像してない。いや、想像できないといったほうが正しいのかもしれない。

 彼女のような特殊で選ばれた人間というのは、きっと他人に強く拒絶されたことなんかない。

 だって、彼女はいつだって全てが正しから、誰一人彼女を拒絶することがない。


(それに拒絶したところで悪者になるのは私……ただでさえ居心地の悪い場所を更に自分から悪くしようなんて馬鹿としか言いようがないわね)


 そう思って、『そうだよね?』と言って笑うリリナカナイに薄く笑った。

 自分の意見すら言えず、答えようと声を発しても全て遮られる。

 何だか自分という存在が酷く不必要な気がして、声を出すことすら億劫で、数歩歩けばすぐそこにいる二人が私には果てしなく遠く感じられた。


「何処まで話したんだ?」

「まだ、全然。明後日の誕生祭の事くらいかな?ねえ、会議までまだ一時間くらいあるわよね?これから三人で今後の事話し合いましょうよ!!アイルをどうやって国民に好意的な王妃として見られるようにするかとか考えなくちゃ!!」


 妙案だと言わんばかりに声を上げる彼女には、顔を歪めるフィリーが見えていないんだろう。


「リリナカナイ。君がどう言おうと、やっぱり俺は彼女をこれ以上巻き込むことは反対だ。」

「え?だけど、私達話し合って決めたじゃない。オルロック・ファシズの王妃を大体的に打ち出して、国民の感情を変えていこうって…そのために恥を忍んで捨てた故郷に頭を下げたんじゃない!!折角、情勢が味方してそれが可能になったのに。」


 二人の声をこれ以上聞いていたくない。

 二人の姿なんて視界にも入れたくない。

 冷えていく心と連動するように、指先が冷たくなって、震えていることに気が付く。

 それでも顔だけ笑っている自分が滑稽すぎて泣きたくなった。


「だが、まだその準備は整っていない。事を急ぎすぎて、彼女に危険があったらどうする?」

「それを守るのが私たちの役目じゃない!!」

「勿論そうだ。だけど、俺たちもずっと彼女の近くにいるわけじゃない。彼女はお前や俺とは違って普通の女性なんだ。彼女を守るにはもっともっと強い盾が必要となる。それを作るには時間がかかる。」


 まるで大人が子供に言い聞かせるように優しい声で、貴方は私を自分とは違うと切り離した。

 リリナカナイは同じで、私は違う。


(貴方と夫婦になった私より、やっぱり彼女が貴方にとって一番近しい人なのね)


「でも、巻き込みたくないっていても、アイルはもう貴方の王妃なのよ?!そうである以上、表に立たなくたって全く巻き込まないことなんてあり得ない!」

「だが、必要以上に表に立たせる意味もない。現状はお前と俺がいれば、今まで通り何でも上手くいくさ。そうだろう?」


 リリナカナイの華奢な肩を抱いて、まるで愛を囁くように言葉を紡ぐフィリーを私は呆然と見た。


(ああ、貴方が愛を囁くときはそんな顔、そんな声なの)


 毎晩、私に告げる固い声じゃない。顔はいつも抱きしめられて見れないけれど、きっと顔だってそんなにとろける様な表情じゃないんだろう。

 一緒にずっと戦ってきたパートナーと、自分に関わることも関わらせることも嫌な昔の知人程度の女じゃ、比べるまでもない。


(妻の前で他の女といちゃつく夫に、追いすがって『行かないで』という資格すら私は持っていないのね)


「フィリー…」


 彼の言葉にリリナカナイが顔を赤くする。

 そんな風にまるで周囲を忘れたかのように、熱い視線で見つめあう二人をどうにかして欲しいのは、どうやら私だけじゃないらしい。


「ウオッホン」


 未だに立ったまま扉の入り口でやり取りを続けていたため見えなかったが、フィリーは誰かを連れていたようだ。

 扉の影になって見えない場所から、野太い咳ばらいが聞こえて、リリナカナイは赤い顔を更に真っ赤にして、フィリーから離れる。

 私も金縛りにかかったように固まっていた体が、急に自由になったような気がした。


「レグナ!ビックリさせないでよ!!」

「何言ってんだ、この巫女さんは?俺はずーっとここにいたんだぜ?あんたがフィリーしか見えてなかっただけだろうが。」


 リリナカナイがフィリーから離れると、のっそりと重そうな体を気怠そうに一人の男が部屋に入ってくる。


(大きい…)


 小奇麗な部屋に非常にミスマッチとしか言えない、大きく強面の男。

 決して長身とは言えないが、平均的な男性の身長はあるフィリーより頭一つ分大きく、服の上からでも分かる筋肉質な体はまるで熊。

 小柄なリリナカナイが喚いても、まるで気にした様子もない。


「大体、あんたは何しに来たのよ!?フィリーみたいに私を迎えに来てくれたわけ?!」

「ほんとにキャンキャンと子犬みてーに五月蠅いなぁ。お前みたいな色気のない小娘に俺様、用はないの。」

「なんですって!?」


 どうやら彼らは犬猿の仲らしい、ああいえばこういうといった感じでポンポンと言葉が行きかう。

 リリナカナイの子供っぽい物言いも何だが、大男の方も彼女を挑発する気満々で言葉を選んでいるのは一目瞭然で、仲が良いのか悪いのか定かではないが、私はそれをオロオロと見ているしかない。


(…はあ、もう私に用がないのなら帰ってもいいかしら?)


 この後、何やら会議もあるようだし。私をどうやって利用するかどうかは、もう勝手に話し合ってくれればいい。

 ここに座っているのも自分の気持ち的に限界に近づいてきている。

 これ以上、ここにいて更に傷つけられるような言葉も聞きたくない。

 リリナカナイに断ってこの場を辞しようと、心の中で決意すると、とりあえずルッティにそれを伝えようと後ろを振り向こうとした。


「俺が用があるのは、お前みたいなチンシャクじゃなくて、もっと大人なレディだ!」


 だけれど、その声と共に腕をぐいっとつかまれて、私は椅子から無理やり立たされた。

 無様に転びはしなかったが、無理な態勢で引っ張られたため大きくよろけた私を力強い腕ががっちり掴む。


「レグナ!」

「わーってる。わーってる。」


 何が起こったか目を白黒させる私を、決して美形とは言い難い顔が覗き込む。

 強面の顔の割に、小さくとも円らな瞳が興味深そうに私を見ている。


「大丈夫か?」

「はっはい。」


 肩を支えられ、高い位置から覗き込まれた顔は近く、私は思わずのけ反りながら答える。


「ふざけるのはやめろ、レグナ。」


 はっとして周囲を見ると、驚く一同の中でフィリーだけが怒ったような顔をしてこちらを見ている。


「別にぃ?俺はふざけてなんていないぜ?俺は後宮から消えた王妃様を探して連れ戻すために来たんだし?」

「え!?」


 彼はフィリーに向かってそう言ったけど、その言葉の内容に私が素っ頓狂な声を上げた。


「うん?」

「あの、一応、後宮を出る旨は後宮の護衛をしてくれている人に報告してもらっているはずなんですけど?」


 なのに『消えた王妃を連れ戻す』なんて言われるのは心外で、そうお伺いを立てると私を間近で見下ろしていた顔の目と口が意地悪い感じで弧を描いた。


「おう、報告はもらったぜ?だが、その報告の後色々あって……なぁ?」


 レグナは私に答えているはずなのに、何故だか視線はフィリーに向けた。


「???」

「まあ、ともかく今日は後宮に戻ってもらうぜ?そのためにわざわざ騎士団長の俺様が迎えに来たんだからな。いいよな、フィリーも巫女さんも?」


 疑問形で投げかけているはずなのに、大男にして騎士団長らしいレグナは私の肩を抱いたまま動き出す。

 その言葉にいくらか怖い顔をしたままのフィリーが黙って頷くのが、視界の端に見えた。


「え、ちょっと待ってよ!!!」


 だけど、リリナカナイはまだ言いたいことがあるらしく、レグナに背中を押されているため振り返っても姿は見えなかったけれど、彼女の声が聞こえる。


「リリナ、もうやめろ。」


 そのあとにすぐフィリーの静止の声がかかる。


「だけど、まだ話が!!!」

「そのことで俺からも話がある。いってお―――」


 その後も二人の会話は続いたようだけれど、部屋から連れ出され扉が閉まってしまうと、その声はもう届かなくなる。

 そうして私はやっと息がつくことができた。


「アイルフィーダ様、大丈夫ですか?」


 私たちの後を追ってきたルッティが、どうやら見るからに疲れているらしい私に声をかけてくる。

 それに声返す元気もなくて、少しだけ笑って答える。

 ルッティは更に顔を心配そうに歪めた。

 だけど、この時の私は彼女を思いやって元気に見せる気力すらもうなかった。


(そういえば、昔もリリナカナイと会った後はこんな風に心が疲れすぎて声も出なかった)


 あの時は姉エリーを酷く心配させたと、離れてしまった姉のことが急に懐くかしくて切なく思い出された。

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