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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
14/113

2-4

 まるでお伽噺から飛び出た王子のように、ランスロットは優雅に一礼すると口上を述べた。


「お初にお目にかかります。私は巫女直属騎士ランスロット・ロバルデ。王妃様におかれましてはご機嫌麗しく。お目通り叶いまして恐悦至極に存じ奉ります。」


 顔を上げるときらりと光る笑顔。

 私はそれを見て、彼は職業を間違えたに違いないと心の中で断言する。


(これだけ顔がいいんだから、役者にでもなればよかったのに…いや、演技は下手だからそれも難しいのかな?)


 言っていることは非常に礼儀正しいのだけれど、その言葉を告げる声や態度が薄っぺらく、私は自分自身がひどく軽く扱われている気がして、気分が悪くなるのを感じた。

 別にこの派手な男に敬われたいとか、傅かれたいとか、そういう事じゃない。

 ただ、こういう薄っぺらい態度で接するのならば、それに相応した軽い言葉で話せばいいのだ。

 妙に丁寧な言葉を軽い声で話されるから、馬鹿にされているような、見下されているような気がして、嫌な気分になる。


(そんでもって、この男は最悪なことに、それを無意識じゃなくて…私の機嫌を損ねるためにわざとやっている。)


 挑発されているのだろうかと、頭の片隅で考える。

 この挑発がランスロット個人のものなのか、はたまた巫女から男を通してされているものなのか、相手の意図が分からないまま、こんな安い挑発にのるのも馬鹿馬鹿しい。

 すうっと私のどこかで温度が下がるのを感じた。


「こちらこそ初めまして。アイルフィーダと申します。本日は巫女様のところまで護衛して頂けるとか、ご多忙の中お手間を取らせてしまい申し訳なく思っております。」


 笑顔を浮かべ、スカートの裾を両手で持ち、僅かに腰を落とす。

 その角度や、頭を下げるかどうかなど、自分と相手の地位を考えて変化させなくてはいけない、この一連の動作もファイリーンのスパルタ教育の賜物で完璧だ。

 そんな上っ面だけ完璧な王妃の私を見て、ランスロットも更に笑みを深くする。


「これはご丁寧に。何、私は巫女付きなので、巫女が動かなければ大した仕事もない暇な身ですのでご安心くださいませ。それより王妃様こそ誕生祭が近い今お忙しいでしょうに、主の我儘におつきあい頂き申し訳ありません。」


 表だけ取り繕って空言で謙虚に装い、互いの腹を探るかのような言葉のやりとりが、笑顔の間に火花となって散る。

 その火花が見えた訳ではないだろうけど、そこでそれまで呆けていたルッティが我を取り戻し、弾かれたように叫んだ。


「ランスロット様!こちらは後宮、それも王妃様の自室ですよ?!」


 いつも静かに話す彼女が真っ赤になって声を荒らげる様子に、隣で一緒に呆けていた侍女も目を丸くする。

 それに一瞬気まずそうな表情を浮かべた後、ルッティは冷静さを取り戻すかのように深呼吸を一つすると言葉を続けた。


「貴方様が誰であろうと、後宮に陛下以外の殿方が入ることは許されません。すぐにご退出下さいませ。」

「まあまあ、侍女殿。そんなかたいことを仰ら―――」


 ランスロットは人好きしそうな笑顔を浮かべながら、ルッティの肩に手を置いて彼女を宥めにかかろうとする。しかし、


「汚らわしい!触らないでください。」


 その手をルッティがピシャリとはねつけ、手を落とされたランスロットも上っ面が剥げて目を見開く。


(『汚らわしい』なんて、中々強い言葉を使ったわね)


 いくらランスロットが軽薄な若者そのものだとしても、いくらなんでも『汚らわしい』とまでは思わないし、それは思っていても口にするのは少々憚れる言葉だ。

 そんなこと侍女の鏡のようなルッティが分からないはずはないのだが、ランスロットの突然の登場に混乱しているということなのだろうか?

 常とは違う彼女の態度に、私も心の中で首を傾げた。


「巫女からの使者であるというのであれば、取次の間でお待ちください。これ以上、ここに居座ると仰るのであれば、後宮の護衛兵を呼んで貴方を排除するだけです。」


 小柄なルッティがランスロットと私の間に立ちはだかり、毅然と言い放つ。


「それは困りますね。畏まりました。すぐに退散いたします。」


 上っ面を取り戻したランスロットは、困ったと言いながら顔に笑顔を張り付けたまま両手を上げて降参のポーズをとる。

 そして、一礼をして頭を下げたまま視線だけを私に向ける。


「それでは取次の間でお待ち申しております。お早いお越しを…巫女は王妃様と違ってお忙しいので、あまり時間がございません。」


 丁寧な言葉を軽い声で紡ぎながら、最後のところだけ少し声のトーンを落とし、私を見る目に剣呑な光が宿る。

 その瞳の光はランスロットが、ただの顔だけの男だということを否定するだけの強さがあった。


(あら、そういう顔もできるわけね。)


 その瞳が含むところに気が付かないふりをして、私はのんびりとそんなことを考える。 

 軽薄なだけな男の軽口に閉口し続けるのと、侮っては痛い目にあうからと気を張り続けているのでは、どっちが楽なのだろう?

 まあ、ランスロット相手に喧嘩をするわけじゃないのだから、そんなことを考えなくてもいいのかと思い直したが、巫女に会う前から疲れてしまって、私は大きく息を吐いた。



▼▼▼▼▼



 ランスロットが告げた通り、巫女は分刻みのスケジュールを無理やり開けて私と会おうとしているらしい。

 遅れる旨を伝えたら、それでは困ると巫女サイドから強く拒否されたのがその証拠だ。(向こうが会いたいと言っているのだから、その言い分には理不尽さを感じないでもないけれど)

 それならばルッティも自分が同行するということを条件に、フィリーへの報告を後回しにして私の久々の後宮脱出はなされた。


 かくして、私は巫女の離宮へと案内されている。

 先導するのは無論、使者を買って出ているランスロット。

 群青のマントを翻して颯爽と歩く様子はさすがにさまになっていると言わざるを得ず、通りすがる城仕えの女性たちがうっとりとした目で彼を見送るのも当然なのだろう。

 しかし、一方で男性からは憎々しげな視線が多く向けられ、その視線の強さから同性にはやはり好かれないタイプなんだろうなと想像がついた。

 まあ、彼の後ろに私がいることに気が付くと、皆一斉にオルロック・ファシズに対する嫌悪だったり、侮蔑を隠しもしないので、彼に対する城の人たちの反応は大体しか分からない。




「王妃様は結構度胸が据わっていらっしゃるんですね。」


 離宮への入り口は後宮と同じく、一つしかないらしい。

 そこに辿り着くと、ランスロットは入口の前で立ち止まり急にそんなことを言い出した。

 人通りが多かった後宮からここまでくる廊下とは違い、離宮へ続く入口である大きな扉の前は警備の兵が二人立っているだけ。

 それも職務に忠実なのか、ランスロットに敬礼をした後は微動だにする様子もない。


「どういう意味ですか?」

「いいえ?ここまで来る間、どう見ても好意的とは言えない視線を送られたり、陰口を叩かれているのに気が付いていない訳じゃないでしょう?そこまで鈍感だったら、逆に尊敬しちゃいます。」


 だんだん私に対する敬語は崩れ、攻撃性が増してくる。

 だけど、やっぱり『しちゃいます』はないだろうと閉口した。


「だから、てっきり俺に助けを求めるか、彼らを黙らせるように命令するかと思ったのに、貴方は彼らの前をオドオドもせず堂々と歩いた。中々立派でしたよ。」


 言ってぱちぱちと手を叩きさえする男に、勿論怒りを感じた。だけど、


(それだけ私がここではなめられているってことよね)


 そう思うと怒気が削がれ、逆に呆れる気持ちが強くなる。

 侮られたり、卑下されることには慣れていたし、そう思っている人たちの鼻を明かすのは痛快で嫌いじゃない。

 でも、私が鼻を明かしたいのはこの男のではないんだ。


「ランスロット様、アイルフィーダ様に失礼じゃないですか。」


 ルッティが私に代わって怒ってくれるのも嬉しいけれど、今はそれではランスロットの挑発に乗る訳にはいかない。


「いいのよルッティ。この方が言っているのは間違っていないわ。……それで、助けを求めたら助けてくださいました?」


 私の言葉にランスロットの顔が爽やかなまま、凶悪な色を纏うのを私は確認した。

 この男は私がこういうのを待っていた。そして、次の言葉を言いたくて仕方がなかったんだ。


「名誉ある巫女直属騎士である私が、『たかが』王妃を守る義理はないでしょう?」


 巫女の周辺にいる人にとって、王妃わたしという存在は邪魔で仕方がないのだろう。

 それもオルロック・ファシズの王妃だ。

 だからこそ、巫女の権威を振りかざし、私を貶めたくて仕方ない。そうしないと我慢ならない……そういうことなんだろう。


(なんて性格が悪い男)


 だけど、この男がどう思っていようが、何を言おうが関係ない。


(要はこの男の言葉が、巫女の言葉かどうかっていう事)


 ランスロットが個人的に私を嫌っているのならば、大した問題でもない。

 ここに来るまでに私を睨みつけたり陰口を言った人たちと、それは同じ。

 だけど、巫女までもが同じとなれば話は別だ。


「それもそうですね。それより、巫女はお忙しいのでしょう?お待たせしては申し訳ありませんわ。」


 何しろ彼女は私の夫の、たった一人の想い人。

 私にとっては恋のライバル…まあ、最初っから負けは確定なのだけれど。

 だけど、彼女にだけは自分の弱みを見せるわけにはいかないのだ。


 彼にとっては最大限の攻撃にも動揺する様子のない私に、たじろぐランスロットを尻目にさっさと歩き、扉の前で開門を要請する。


「王妃アイルフィーダ。巫女のお召しにより参上しました。お取次ぎをお願いいたします。」


 視線は下げない。背筋は曲げない。

 ファイリーンとの講義で、威厳を保つために重要なことは姿勢と心持だと彼女は断言していた。

 そんな精神論なの?と苦笑したものだけど、こうして実際に威厳というものが必要な場面に直面してそれが正しいことがよく分かった。


(巫女と対面する少しの時間だけ…頑張れ私)


 小さく心の中でそうつぶやいて、重い音を立てて開く扉を私はくぐった。

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