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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
13/113

2-3

―――アイルフィーダ


 それは神の子を宿した女性が愛した伝説の花



▼▼▼▼▼



 何気なく目に入ったページに自分の名前があった。


 フィリーからドレスを賜るという珍事の翌日、ファイリーンの講義も今日はなく、午前に誕生祭での注意事項をルッティと確認してからは特にやることも無く、ぼんやりと過ごしていた午後。

 ファイリーンから借りた本を暇潰しに読んでいた私は、自分の名前にそんな意味があることを初めて知った。


「ルッティ、私の名前って花の名前だったのね。」


 やることも無いのに、傍に控えてあれこれと世話を焼いてくれるルッティを振り返ると、彼女は優しく笑顔を浮かべた。


「ご存じありませんでしたか?こちらでは女の子の名前として少なくない名前です。」

「うん。」


 本には花の絵も描かれている。

 白にうっすらと青を乗せたような色で描かれている花は、見た目は薔薇のようだけれど、薔薇よりも花弁が多く柔らかい感じで描かれている。


「アイルフィーダは想像上の花なの?」

「はい。実際にはない花です。伝説によりますと、神が悪魔の毒に苦しんだ時、アイルフィーダの不思議な力によってその毒は癒されたとか。以降、アイルフィーダは神、ひいてはその子孫である世界王を支える巫女の象徴とされております。」


 その言葉を聞きながら、私は本に描かれたアイルフィーダを指でなぞる。


(巫女の象徴…彼女にならこの花もよく似合う)


 自分と同じ名前の花というにはあまりに可憐な花が、『彼女』の象徴であると聞くと途端にしっくりとくる。

 そのことに凹みながらも、表にはおくびにも出さず本を読み進めていると、部屋の外から誰かがドアをノックする。

 ルッティがそれに対応すると、彼女は戻ってきて私に告げた。


「アイルフィーダ様。巫女がお会いしたいと仰っておりますが、どうされますか?」


 聞き取りやすい声でゆっくりと告げられた言葉。

 だけれど、その言葉を頭が理解するのにゆうに数十秒かかった。


(巫女が私に会いたい?)


 彼女と会ったことがあるのは、実際には数回。

 彼女は私のことなどほとんど記憶にも残っていないだろう。だけど、会ったことは少なくても、私は彼女のことをよく知っていた。


―――それも知りたくないほど知りすぎて、彼女を嫌いになるほどに


 ぐっと握った拳の中で汗が滲む。

 本当は会いたくない。

 私と彼女が会って何になるというのだと、追い返したい気持ちは十分にある。

 だけど、ここで彼女から逃げたと思われるのも嫌なのだ。

 弱い私と意固地な私が戦うためにたっぷり数分沈黙した後、私はルッティに巫女と会うことを了解する旨を伝えた。

 どう見ても不自然に考え込んだ私にも、ルッティは怪訝な顔一つせずに対応してくれる。

 心配されるのも嬉しいけれど、今はそんな風に放っておいてもらえるほうが助かったので、口には出さないけれど私は彼女に心の中だけでお礼を言った。



▼▼▼▼▼



―――【巫女】とは何か?


 その起源は神に子供を授けられた女性、要するに初代世界王の母親であるとされている。

 後に聖母様と崇められるその女性の名はローゼ・ロゼリア。

 世界の王の母であると同時に、神を守る守護者で戦乙女の名を同時に冠する伝説の存在。

 彼女亡き以後、神と世界王を何人からも守り、公私にわたって補佐する役目として、世界王が選定される度に、その対となるように巫女が選ばれるようになる。

 そして、巫女が生んだ子供が次の世界王となる。

 巫女と呼び方は違えども、要するに巫女も世界王の妻と同義なのだ。

 もっともその存在はレディール・ファシズにとって世界王と同列の地位を有し、後宮ではなく巫女のための離宮があり、彼女はそこで暮らしている。

 はっきり言おう、王妃なんて私だけじゃなくて、歴代の王妃その大半が皆名ばかりの存在だったに違いないのだ。

 実際、世界王の本物の妻は巫女…その存在であることは、誰が見ても明らかな事実としか言いようがない。


 しかし、不思議な慣例というものがあり、世界王と巫女は二人の間に子供を作り、巫女が生んだ子供でなければ世界王になれないというのに、結婚はしない。

 それはその始まりが母と子であったことに帰来するのか、その辺りの事情に明るくない私には計り知れない部分があるのだけれど、世界王に即位したと同時に新しい巫女も選ばれ、そして、結婚しないまま子供を作り、その子供が次の世界王として即位するまで二人は世界王と巫女として共にあり続ける。

 世界王は基本的には王妃と後宮を持つものらしいが、巫女を想い、妻の一人も娶らなかった世界王も実際にはいるらしい。

 要するに舞踏会でフィリーと踊るのだって、王妃わたしではなくて巫女がその役割を担うのが正しいといえば正しいのだ。


 ちなみにもちろん私がこちらの嫁ぐより前に巫女はフィリーの隣に当たり前のように存在していた。

 そして、フィリーと私の結婚式にも参列し、彼女から祝福を受けた。

 神々しい巫女の衣装を身に纏った彼女は、花嫁衣装を着た私よりもはるかに美しく、世の人は世界王の妻が巫女でないことを私に聞こえるように嘆いた。

 彼女と最後にあったのはその時だと思うのだけれど、それ以降、一度だって会いたいなどと言われたことはない。


(一体、何の用なんだろう?)


 私は巫女の所に行くために着替えるのをルッティに手伝ってもらいながら、悶々とそれについて考え続けるがやはり何も思い当たる節がない。

 ちなみに会いたいと言ってきたのは向こうなのに、どうして私が赴かなくてはならないかとか、そういうツッコミは心の中でしまっておいてほしい。

 こういう堅苦しい場所はともかく、地位や礼儀というものにうるさい。

 世界王のただの妻という私の立場より、巫女という世界王に匹敵するただ一つの存在の彼女のほうが、ここでの立場はかなり上。

 その彼女に私のところに来て頂くなど、はっきりいって失礼千万、不敬罪で首が飛んでしまうくらいのことらしい。(ドレスだって失礼のないように着替える必要があるのだ)

 そんなの会いたいほうが会いに来ればいいんじゃないと、私なんかは思ってしまうのだけれど、それで私の周りの人に迷惑がかかるには申し訳ないし、どうせ暇なのだから出向くのは億劫ではなかった。

 しかし、着替えを手伝いながら、後宮から出るということにルッティが難色を示していた。


「今はまだアイルフィーダ様の警備が万全でない以上、後宮から出ることはやはりお勧めいたしません。」


 着替えはすみ、今度は鏡台に座って髪を結いあげられる。

 ルッティはブラシとピンを使って、魔法のような手際でそれを完成させた。


「そうはいっても、行くって言ったものを今更行けないとは言えないし、巫女に来てもらう訳にもいかないでしょう?」

「そうなんです。大体、慣例はあるかもしれませんが、アイルフィーダ様のご事情を鑑みれば、巫女の方から来るべき所です。用があるのもあちらですし…一体、何の用なんでしょうね?」

「そんな事、私もわからないわよ。ともかくお待たせするのも申し訳ないし、さっさと行って帰ってきましょう。」


 全体像を鏡で確認して準備は完了。


「しかし……」


 私の侍女という立場で責任を持つ彼女としては悩ましいところなのだろうが、実際、私としてはそんなに自分に警備を裂く必要があるのか首を捻るところだ。

 確かにオルロック・ファシズの王妃というのは前代未聞だろうし、私が誹謗中傷されているのも事実なのだろう。

 だけど、ここはあくまで城の中なのだし、しかもこんな白昼堂々と私を襲う輩がいるとは思えない。

 幸い巫女の離宮は後宮とはさして離れていないというし、私としてはそのことに何の不都合さも感じないのだが、さて出陣だとばかりに立ち上がる私をルッティはなおも引き止める。


「お待ち下さい!いかれるにしても、ともかく一度陛下に許可を頂いてからでないと。」

「城の中を移動するだけで陛下の許可がいるの?」


 こんな言い方をしたくないけれど、いい加減言いたくなる。


「申し訳ありません。ですが、アイルフィーダ様のことに関しては全て陛下のご意志を確認するように申し付かっております。」


 部屋から廊下に続く唯一のドアの前に立たれてそう言われては、私も折れる他ない。


「はあ……じゃあ、その旨を巫女側にも伝えておいてください。陛下にも早く許可をもらってください。」


 待たせて後で難癖をつけられても面倒だ。


「はい!では、もう少々お待ちくだ―――」

「し・失礼いたします!アイルフィーダ様、巫女よりお迎えの使者がいらっしゃいました。」


 ルッティがフィリーの許可をもらうべく部屋を出ようとした時、別の侍女が何だか慌てた様子でドアの外から声をかけてきた。

 ノックもなくいきなり声をかけてくるなんて、教育が行き届いている後宮の侍女にはあるまじき行為だけれど、その言葉にルッティも驚いたらしく、それに気が付かぬままドアを開ける。


「迎えですって?」

「はい。あのえっと…アイルフィーダ様のご事情を察して、巫女の護衛騎士ランスロット様が離宮までご案内すると言ってお越しなのです!」


 現れた侍女は私も見知っているいつもは落ち着いた感じの女性だが、彼女もどうしたらいいかわからずオロオロしている。

 どうやら命を狙われる危険がある(笑)私を慮って、巫女が私の移動に際して自前の騎士を護衛につけてくれるらしい。

 至れり尽くせりで怖いくらいだ…だけど、そうまでして彼女は私に会いたいということでもある。


「と、ともかく陛下の指示がなくてはアイルフィーダ様は動かせません。騎士殿にも少しお待ちいただいて―――」

「と言われても、もう来ちゃってるんだけど?」


 その声に侍女たちのやりとりを見ていなかった私も驚いて振り返る。

 侍女二人があんぐりと口を開けて驚いたその先に、一見して騎士だと分かる服装をした青年が一人。

 見事な銀髪は長いまま垂れ流し、切れ長で聡明そうな瞳は深い青、派手な配色を有するその青年は、なるほどその派手さに見合う美しい造形をしている…が、


(騎士っていう割には軽薄そうな男ね)


 いい大人が『来ちゃってる』なんて言葉を堂々と使うなと、私は男をじっとりと睨み付けた。

 だが、男は睨み付けた私の顔を別の意味にとったらしい。


「いやぁ、そんなに見つめられると困ります。どんなに焦がれても、貴方は王の妃なのですから。」


 などと妙に芝居がかった言葉でおちゃらける。

 その言葉に怒りと呆れで米神と口元がひくつく。

 かくして、この男、侍女が言った通り巫女付き騎士ランスロットへの最初の印象は最悪の一言に尽きた。 

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