14-3
エメロードにファイリーンらの捜索と偽王の捕縛を依頼した後、早朝会議に駆け込んだ。
まあ、急いで駆け込んだところで、昨夜と同じ責任の擦り付けあいが続く生産性のない会議でしかなく、何一つ結論を見いだせないまま、昼になる前にいったん中断となった。
各々が次の会議開始の時間までバラバラになっていく中、俺は隣で席を立とうとする教皇ヘリオポリスを引き留めた。
「少し二人で話がしたい」
「わかりました。では、こちらへ」
話しかけられるのが分かっていたように、ヘリオポリスは驚くこともなく、護衛を廊下に置いていって、俺と二人で空き部屋に入る。
「会議でなぜ発言をしない?」
「いきなりのお言葉ですな」
世間話もなく切り出した俺に、ヘリオポリスは薄く笑った。
「昨日からの会議、教皇としてお前が意見すれば、終わった話がいくつもあったはずだ」
「はてさて…そうでしたかな?」
いつもは独壇場というわけではないが、お偉方の会議の中でヘリオポリスは何だかんだと、自分の思い描いた通りの結論へと会議を導く。
なのに昨夜からの会議ではそれがなく、結果、道標がない話し合いは、どんどん終わりが見えなくなってしまった。
次期教皇を見定めるために、ヘリオポリスが敢えて口出しせずにいる可能性はあるが、俺にとっては、あんな会議ほどイライラとするものはなかった。
そんな焦りを見通すかのように、のんびりとヘリオポリスは笑う。
「そのようにやきもきされるのなら、いっそ陛下が会議を取り仕切ってしまえばいいのでは?」
「馬鹿を言うな。世界王が出張っては、かえって会議が別の事で紛糾する」
「まあ、派閥争いが激化するだけでしょうな…さて、時間がない中、そんな文句を言うためだけに私を呼び止めたわけではありますまい。私も人と約束があるので、用件を手短にお願いしますよ」
話は明らかに途中だが、ヘリオポリスは強引に話題を変えた。この件に関してヘリオポリスは何も言うつもりはないという明確な意思表示だ。
それに対して意見はあったが、時間がないのも本当だった。
「王妃の事情聴取。教皇が取り仕切ると聞いた」
「ええ。約束とはその事です。この会議と会議の間にさせていただくことになりました」
「この忙しい時に、教皇が時間を割く必要があるのか?」
「陛下は事情聴取を中止させたい…ということですかな?」
質問に質問を返されて言葉に詰まる。
お互い時間がない中で、腹の探り合いをしている場合ではない。暗に言われて、冷静にいなくてはと思いつつも、焦りを自覚する。
「いや…そうじゃない。そもそも事情聴取を受けるといったのは、こちらだ。それを反故にするつもりはない。呼び止めたのは、頼みがあったからだ」
事情聴取なんてやる必要を感じないが、それを無理やりやめさては、教会どころかアイルフィーダも怒り出しそうだ。
ただ、それをヘリオポリスが行うということに妙に引っ掛かりを覚えるだけで…しかし、腹の内を見せる気配もない狸には聞いたところで、その真意を話すはずもない。
俺は思考を切り替えると、簡潔に用件のみを言葉にした。
「王妃に『世界王』の話をしてくれ」
「…ほお」
ヘリオポリスはその一瞬、彼にしては珍しくその表情に感情を見せた。
それは決して肯定的な感情ではなく、困惑とも嫌悪とも見える、多分あまりいい感情ではない。
しかし、それを見極める前にヘリオポリスは笑顔の仮面をかぶりなおして、俺に了承の意を伝えた。
「かしこまりました。陛下。王妃様にお伝えするのは、代々教皇の務めですから、私から話をさせていただきます」
「よろしく頼む」
「はい。では、王妃様をお待たせしては申し訳ありませんので、これにて」
時間がないのは本当だろう。だが、それ以上に話を切り上げたいといわんばかりに、部屋を出ていったヘリオポリスを見送る。
そんな彼の感情の動きが理解できなかった。
特にヘリオポリスの機嫌を損ねるような話題はなかったと思う。にもかかわらず、あの狸が表情すら変えてしまうほどの何かが、この数分の間に?
取り残された部屋で疑問に頭を捻れっていれば、ドアをノックする音が響いた。外に残してきたレグナかと思ったが、聞こえてきた声は予想外のものだった。
「フィリー陛下。デュヒエでございます」
壮年の男にしては、若々しく雑味の少ない声は静かな部屋によく響いた。
「お話ししたいことがございます。少しよろしいでしょうか?」
「……入ってくれ」
現れたのは痩身に、枢機卿だけが着ることのできる深緑のローブを纏わせた男。顔色は悪いのに、瞳だけがいつもギラギラとしている。
彼はユーディス・デュヒエ。リリナカナイの父親で、八年前、俺をレディール・ファシズへ案内した男。そして―――
「リリナカナイに何かあったか?」
「いえ、あれは未だに目を覚ましません。それより、円卓派の奴らです」
『それより』か。実娘に対して、何と情の薄い言葉だ。
だが、この男の肉親、いや他人に対する情の薄さは八年前から知っていた。いや、情が薄いという言葉も生ぬるい。この男は、本当に自分以外の人間をただの道具くらいにしか考えていない。
リリナカナイ(自分の娘)も世界王(俺)も、ユーディスにとっては目的を達するための道具だ。
「円卓派…か。今は派閥争いをしている場合ではないだろう」
「何をおっしゃるのです!この有事だからこそ、我らの真価が問われるのではないですか」
(お前と一緒にするな)
心の中で低くつぶやいた。
そもそも、教会の中は大きく三つの派閥がある。
一つは『教皇派』。ヘリオポリスを中心とした最大派閥で、教会への権力を集中させ、それによりレディール・ファシズの平穏を維持しようとする一派だ。
一つは『世界王派』。世界王に権力を返すべきだと主張する一派だが、その実は世界王を傀儡にして権力を握りたい人間の集まりだ。デュヒエはここに属し、許した覚えはないが、俺もここに属していることになっているらしい。
最後が『円卓派』。古くから存在する『無限の円卓』と呼ばれる貴族たちの集まり。教会とは別にある貴族社会の中で、教会から権力を奪取するべきだと考える一派で、そこに属する枢機卿たちは『円卓の枢機卿』とも呼ばれる。
枢機卿の中は貴族出身のものも多く、世界王や教会という象徴的なものよりも、人間として自立すべきだという考えがあり、意外と民衆からの支持も厚い。
次期教皇選挙も近づく中、いわゆる世界王派のリーダー的存在であるユーディスは、敵対派閥の動向が気になるらしい。
―――彼の目的は『次期教皇』だった
『ニーア様。私が必ずレディール・ファシズへお連れして、世界王へとしてさしあげます。だから、どうか私の娘を巫女に!そして、私を教皇にしてください』
八年前、この男の戯言に従わなければ、俺は世界王にはなっていなかったかもしれない。だが、それさえなければ、俺はアイルフィーダを傷つけることもなかっただろう。
―――この男さえいなければ
などと思うのは逃げだ。決めたのは自分。
だから、この考えに捕らわれる時、自己嫌悪ばかりが心を支配する。だが、同時にこの男にも何らかの報いがあってしかるべきであろうとも思うのだ。