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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第二部 現と虚ろ
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閑話 声を大にして言いたい(ヘリオポリス後編)

 復讐を誓った時から、年月ばかりが過ぎていった。


 世界王がいないレディール・ファシズは衰退の一途を辿り、その対応に追われる私の復讐は遅々として進むことがなかった。

 しかし、八年前、転機が訪れる。筆頭魔導士がフィリーを連れ戻したのだ。

 ケルヴィンが世界王として健在である以上、フィリーに世界王としての力はない。だが、驚くべきことに、フィリーは神の魔導力を引き出すことができた。

 ケルヴィンが亡命後、巫女色を持つ女性たちに、神の魔導力を孕ませ、子を産ませた。しかし、どの子供も神の魔導力を引き出すことはできなかったのに、なぜフィリーだけ?

 その理由は未だ不明のままだ。苦々しいが、ケルヴィンが協力しているオルロック・ファシズでの研究成果なのだろう。

 それでも、我らにとってこれは僥倖だった。そして、半年前、事態が再び動く。


『お久しぶりです、猊下』


 亡命したケルヴィンから、筆頭魔導士を通して話がしたいと申し出があったのだ。それは再び、魔導鏡越しによって行われた。


『私が作り上げたフィリーはお役に立っておりますか?私の勝手でレディール・ファシズを滅亡させてしまうのは忍びなく、代わりになればと送らせていただいたのですが』

『フィリー陛下は、よくやってくれておりますよ。<ケルヴィン様>』


 フィリーの話によれば、彼の亡命はケルヴィンの意志は関係ないとのことだった。

 しかし、この言い様からすれば、フィリーもまたこの男の思うとおりに動かされているだけなのだろう。


『それは良かった。しかし、聞くところによると、フィリーはまだ王妃を定めていないとか。もともと、世界王として不安定な彼に王妃がなくては、そちらとしても不安が尽きないでしょうね』


 笑みを浮かべた裏で煮えたぎる憎悪に、ヒヤリ…と何かがつたった。

 ケルヴィンの言葉は真実だ。

 フィリーは世界王として正しく機能しているが、その精神面は歴代の世界王に比べると不安定さが目立った。

 この手の事象は、王妃を与えれば解決することが検証済みではあり、教会も王妃を選べるようにフィリーに様々な女性を会わせたが、彼は王妃を選ぼうとする気配もない。

 強硬派の中には無理やりにでも王妃を宛がってしまおうという意見もあったが、それは世界王を狂気に走らせる愚策でしかないと諫めた。

 王妃は世界王が自ら選ばなくては意味がない事は、歴史が私たちに教えてくれており、王妃選定に関しては策を尽きかけていたところだった。

 そんな現状を表情に出しているつもりはなかったが、沈黙を肯定と受け取ったのか、ケルヴィンは得心したように頷き笑った。


『ははは。やはり、フィリーは王妃を選びませんか』

『その言い方。何かあるのですかな?』

『フィリーは既に王妃を定めているのですよ。だが、世界王、いいえ、荒神としての自覚に薄い彼はそれをオルロック・ファシズに置いてきた』


 定めれば、そう簡単に世界王は気持ちを変えない。荒神とはなんと厄介な性質を持つのか。

 そして、ケルヴィンが今になって、それを言い出す。彼は王妃を餌に、再び私に何かをさせるつもりであることは明白だった。


『まあ、私の話だけでは、猊下も信用できないでしょうからね。王妃だと思われる人物と、フィリーに話をさせてもらえませんか?その反応で、彼女が王妃か否かは、貴方が決めればいい』

『いいでしょう。筆頭魔導士に手配させます』


―――後から気が付く。私はこれに頷いてはいけなかったのだ…と


 ケルヴィンが準備した女に会って、すぐさま彼女を王妃とすることを決めたフィリーは、目に見えて安定した。

 彼にどの程度の自覚があるかはわからないが、その女性は間違いなくフィリーが定めた王妃だと、私は認めざるを得なかった。

 結局、私はケルヴィンが勧め、フィリーが定めたオルロック・ファシズの娘を王妃として迎えることを受けいれた。


『では、アイルフィーダは私の養女として、表面上政略結婚という形で、そちらに送り込みます。加えて、断絶していた国交の回復、及びそちらにオルロック・ファシズの領事館の設置の件はお願いしますね』

『先に王妃を送り込んしまって、私が裏切るとはお思いにならないのですか?』


 暗に約束を反故すると匂わせても、ケルヴィンは魔導鏡の向こうでいけ好かない笑みを浮かべるだけだ。

 奴の真の目的は不明なまま。王妃を嫁がせること、国交の回復、領事館の設置。それのどれもが、押し付けられた無理難題だ。

 だが、それがなされた後に、ケルヴィンが何を求めているかが見えてこない。今更、捨て去った陣営に、ケルヴィンは何を求めている?


『問題はありませんよ。猊下がそれを拒否されたところで、私には他にも伝手がある。それは研究報告書の事でご理解いただけているでしょう?』

『相変わらずの底意地の悪さだ。その他の伝手ならば、もっと簡単に事が運ぶでしょうに。私の嫌がる顔を見たさに、貴方はまずは私を窓口にする』


 この男への復讐は、まだ準備が足りなり。

 近づかなければ、それは遅れる一方だ。だからこそ、生理的に受け付けなくても、私はこれを好機だと思わなくてはいけないのだ。しかし、それを気づかせるわけにもいかない。


『ははは。そんな風に思われてるなんて心外ですね。…ああ、それならば、猊下にとっての吉報を一つ。そちらに向かわせる王妃は『貴方のお孫さん』ですよ』


 さらり、と。

 本当に世間話でもしているかのように、あっけなくケルヴィンはそれを告げた。

 言葉を理解するのがついていかない私を嘲笑うかのように、ケルヴィンは畳みかける。


『『貴方のお孫さん』は中々に逞しく成長したようでしてね。『あの』実験体ほとんどが死んだ実験に耐え抜いて、現在もまだご存命だ。まったく驚きです』

『それが私の孫であるという証拠はあるまい』


 一瞬、我を忘れた後、私は理性を取り戻す。この男とのやり取りで、何度私は絶望を経験してきたことか。孫が生きているといわれた後で、次に何を言われるか身構えずにはいられなかった。


『信じる信じないは猊下の自由です。貴方がその様であるならば、アイルフィーダにはその事実は伏せておきましょう。そのあたりの判断は、実際に会ってみてご自身でなさるがいい。では、またお会いできるのを楽しみにしてますよ』


 別れの言葉は返さない。

 沈黙で見返し続ければ、魔導鏡はその役割を終えて、年老いた男を映すただの鏡に戻った。

 痩せて窪んだ奥にある瞳は昏く、何の未来も、希望も映していない。そんな私が復讐以外に再び希望を見出してしまった瞬間。

 私は確かめずにはいられなかった。


『ヘリオポリス。彼女がアイルフィーダだ』


 結婚式を挙げる前、フィリーと共に遠目から見た女性が、自分の孫であることは一目瞭然だった。

 娘には似ていない。しかし、亡き我が妻にその面差しがよく似ていた。

 愛おしい…と、そんな感情を久々に覚えた。ただ、血が繋がっているだけの、それも私だけが一方的に知っているだけの関係だ。

 それでも、教皇という立場に立ち、陣営のために様々なものをそぎ落とし、何とも、誰とも繋がっていないような孤独に苛まれ続けてきた私にとって、アイルフィーダは最後に残った私が繋がれる存在だった。

 会えたことが嬉しかった。傍で生きているというだけで幸せを感じた。だから、今更それをあの子に告げるつもりはなくても、アイルフィーダを守ってやりたかった。

 だから、事情聴取を無理やりに自分がすることにした。

 今の立場であの子にしてやれることは少ないし、ケルヴィンに悟られて、あの子を私の復讐に巻き込むわけにもいかない。

 だが、せめて王妃という存在の重要性と、それに伴う危険性を知ってほしかった。王妃となった以上、これから起こるすべての事に、彼女は関わらない訳にはいかないのだから。

 それに私の復讐も……



―――大気を震わせる獣の声が私を現実に引き戻す


 蘇った聖骸の咆哮。

 闇の階以外でこのアッパー・ヤードがこのような危機に見舞われるなど聞いたことがない。だが、これもある意味、全ての始まりに過ぎないのだ。

 そして、これで私の復讐も、もう後戻りはできない。


『父様』


 娘はこんな私を許しはしないだろう。

 レディール・ファシズのためだと家族を傷つけ続けた私が、最後の最後に自分のためにレディール・ファシズを危険にさらし、更には孫もその渦中にいるのに助けもしない。

 私にできるのは、せめてアイルフィーダの無事を祈ることくらいか?

 いや、この神なき世界で何に祈る?こんな私が何を祈る?

 決して声に出して言うことは叶わない。その資格もないのだろう。それでも―――


『アイルフィーダ。どうか、お前だけは幸せに』


「猊下。お急ぎを!」


 急かす従者の声に、今度こそ意識を目の前の事態に切りかえる。

 ケルヴィンへの憎しみ、レディール・ファシズへの献身、家族への罪悪感。

 のしかかる全ての感情の重みに気が狂ってしまったのだろう、私は自身の矛盾に胸を貫かれる痛みすら、すでに感じなくなっていた。

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