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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第二部 現と虚ろ
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閑話 声を大にして言いたい(ヘリオポリス前編)

『父様!大きくなったら巫女様になりたい!』


 泣きたいほど懐かしく、胸が締め付けられるほど切ない声がした。



▼▼▼▼▼



 事態は私が思うより、はるかに早く進んでいた。人間を見限ったと告げた三賢者の本気は、本物だ。

 どこまでが彼の仕業なのか、どの事件すが彼と繋がっているかも分からない。

 ただ、聖骸が動き出すという事態。彼ないし、彼が入知恵でもしなければ、起こりえない事態だ。


「王妃よ。どうか、フィリー陛下のお傍に。そこが一番安全です。そして、私の話をお伝えください」


 告げて後ろは振り向かなかった。いや、振り向けなかったと言った方が正しいだろう。

 振り返ってしまえば、王妃の…いや、アイルフィーダの顔を見れば、違うことを言ってしまったに違いない。


『もう、レディール・ファシズには関わるな。頼むから、この地から離れて幸せになってくれ』


 言われたところで、私との関わりを知らない彼女にとっては、こんな懇願。理解できず、理由もわかるまい。

 いや、理解される事も、理由も必要ない。いっそ、告げてしまおうか?


「猊下、いかがされましたか?」


 立ち止まり、自室へと踵を返した私の背に声がかかる。瞬間、あの男の声が重なった。


『猊下、いかがされましたか?その様に顔色を悪くして』


 その男の名は、第36代目世界王・ケルヴィン。教皇よりも高い地位にありながら、揶揄するために私を『猊下』と呼び続けた男。

 その存在を思い出した瞬間に、足は再びアイルフィーダから遠ざかる。

 私は何度、教皇という立場に、あの男に、家族を不幸にされていくのだろう?

 幸せにする術を知りながら、それをしなかったのは私だ。恨むべきは自身であるにも関わらず、愚かな私は境遇に、他人にその責任を擦り付けてしまうのだ。


―ーーそう、全ては三十数年前、私が教皇になったばかりの頃


 長いレディール・ファシズの歴史の中で、気が付けば三賢者という存在は、表舞台から姿を消し、教会という人で成り立つ存在が力を強めていった。

 三賢者たちは気まぐれであり、時に人に悪魔のような残酷を命令を下し、時に人に神のような慈悲を与えた。だが、それも本当に稀であったために、人はその存在をいつしか、伝説のような、神話のような遠い存在に感じるようになった。

 故に、その有難みも、恐怖も忘れ、人は彼らが与えてくれた奇跡である『世界王』も『巫女』も、自分たちの道具として扱うようになる。

 そして、それは三賢者の怒りに触れるところではなかったらしい。


―――だから、人は何度目かの禁忌を犯した


 かつて、灼眼の乙女や荒神を使って、繰り返された実験。その結果、もたらされた大きな戦いや、世界を破滅へと導く闇の階。

 その歴史を知ってなお、更に力をと望む人は、『世界王』と『巫女』に対して実験を行うようになる。


 ただ、巫女が次代を生んだとしても、『代替わりの儀』を行わない限り、世界王は世界王としての力を持たない。世界王は常に一人であるという特異性を考え、実験には配慮が配られた。

 しかし、巫女色を持てば誰でもなることができる巫女については、その限りではなった。

巫女色をもつ女性たちは巫女を決めるためという大義名分で集められ、巫女になり表舞台に立つ者はたった一人、それ以外は実験対象として扱われることとなる。

 巫女になればなったで、荒神という人ならざる者を産まなくてはならない。荒神を孕めば、再び実験を繰り返され、その結果、心を病む巫女も少なくなかった。


 次代の世界王を産んだところで、それを喜び、ともに生きてくれるはずの世界王には、心を許す王妃がいる。

 かといって、巫女が公式的なパートナーを持つことを、教会は許さなかった。教会は巫女に孤独を強いた。

 また、彼女らに課せられる実験にも様々あり、その程度は彼女らの出自に影響された。身分がある家の出の女性ならば、身体検査程度で済み、孤児や身売り同然の女性ならば、人体実験にまで実験は及んだ。

 教会に聖職者などいない。

 私も含め、そこにいるのは限りない欲望を叶えるために、他者を踏み台にし続ける亡者たち。教会はその巣窟だった。


 しかし、その実態を知らないゆえに、巫女に憧れる少女は多い。

 いや、我らがそう仕向けたのだから、当然なのだ。実験対象が多ければ多いほど、実験の成果は上がっていく。だから、それは当然なのだ。


『父様!大きくなったら巫女様になりたい!』


 銀の髪に、赤の髪。巫女色を持って産まれてしまった私の愛娘が、子供の頃に笑顔で私にそう告げたのは。

 教会に属する人間として、娘が巫女色を持った以上。巫女の選別にかけない訳にはいかず、当然選定の中に娘を入れた。

 しかし、娘には身体検査のみをさせ、すぐに巫女候補から外した。自分の娘を、みすみす不幸に晒す親はいない。残念だったなと、声をかけ、娘も選ばれないものは仕方がないと諦めたのに安心した。

 あの男さえ、余計なことを娘に言わなければ、すべては上手くいったのだ。なのに―――


『ケルヴィン様に真実を聞きました…私は、お父様を許さない!』


 ケルヴィンの対となる巫女は、娘の親友だった。没落貴族の娘で、名はアイルフィーダ。彼女は次代の世界王を孕み、そのまま心を壊してしまった。

 その後、ケルヴィンはアイルフィーダだけではなく、他数十人のレディール・ファシズの人間を連れて、オルロック・ファシズに亡命。その中に娘もいた。

 娘は教会に、私に失望し、ケルヴィンに従って、オルロック・ファシズに行ってしまった。

 妻はすでに他界している。家族がいなくなった私は、寂しくなかったとは言わないが、それでも離れていても娘が幸せならば、それでよかったのだ。なのに―ーー


『娘さんは失踪しました』


 声はひどく楽しげだった。


『とある男と結婚したのですがね。彼は巫女色を持つ子供が欲しかったために、彼女と結婚し、産まれた子供はそれを持たぬ者だった。そのため母子を切り捨て、彼女はそれに耐えられず、心を病んでいなくなった』


 亡命から数年後、いきなり私に連絡をつけてきたと思えば、ケルヴィンは嬉々として娘の不幸を私に語って聞かせた。


『豪雨で増水した川に身を投げたといわれています。恐らく命はないでしょう…可哀そうに』

『貴様ぁああ!!』


 教会に入って常に平常心であれと言われ続けた私が、数十年ぶりに声に出した感情は、荒れ狂うばかりの憎悪だった。

 だが、ケルヴィンはそれすらも楽しそうに笑った。


『私に怒っても仕方ないでしょう…猊下?全ては世界王や巫女を自分たちの道具にしている、貴方たち教会のせいだ。教会が私たちをまっとうに扱ってくれさえすれば、少なくとも猊下の娘は、貴方に失望し、貴方の元を去ることは無かったはずだ』


 それは正論だった。

 だが、感情が先立つその時、正論は火に油を注ぐ様なものだった。ケルヴィンとの対面が、魔導の鏡越しでなければ、私は間違いなく奴を殺そうとしただろう。

 この男がいまだに世界王として機能していたとしても、そんなことは関係なかった。


『貴方の憎悪にまみれた顔が見られただけで、中々に興味深いものがありますが、今回連絡したのは、それとは別の話ですよ。ほら、今、話したでしょう?娘さんには子供がいる。貴方にはまだお孫さんが残っているんですよ』


 穏やかで、優しい、慰めるような声音。

 だが、突きつけられた事実は、私の心臓を冷たい剣で突き刺した。


『いかがいたしまたか、猊下?その様にお顔の色を悪くして』


 悪魔は、言わんとすることを私が正しく理解したことに、ひどく嬉しそうに笑った。

 ケルヴィンが、あの男が、私に突き付けたのは、孫の命を盾にした脅しであった。

 奴は孫の命と引き換えに、長年積み重ねた世界王と巫女の研究レポートを要求した。教会でも厳重秘匿扱いの資料だ。

 それを渡して終わるわけがなく、オルロック・ファシズに利用されるだろうその資料。その結果、レディール・ファシズを危機に陥れることは明白だった。

 故に私は孫の命を盾に取られても、奴の要求を拒むほかなかった。

 吐くほどに後悔した。何を犠牲にしても、孫の命を助けたかった。だが、私は教皇である事を忘れられなかった。


『そうですか。残念です。では、彼女には一番死亡率の高い、実験材料と扱わせてもらうことにしましょう』


 悪魔は私が断ることなど見通していたかのように、あっさりと引いてしまうと、通信を切る。

 後から調べさせたが、私の孫はオルロック・ファシズの魔導研究所に収容されたことが分かった。

 研究所内の事までは調べられなかったが、あの男の事だ。言葉通り、孫を死亡率の高い実験へ送り込んだに違いない。

 しかも、私が断ったところで、他の枢機卿を使って奴は、まんまと研究レポートを手に入れたのだ。


―――許せなかった。許す必要を感じなかった


 情報を流した枢機卿は断罪し、それからの私はオルロック・ファシズを、ケルヴィンを、娘を捨てた男を、あちらの全てに復讐することに心血を注いだ。

 その結果、私は二十年にも及び教皇の座に座り続けることとなる。

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