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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第二部 現と虚ろ
107/113

13-9

 世界王が人間ではないという事実は、私を思いのほか打ちのめした。


 だけど、それはフィリーが人間じゃないという事実より、それを私に知られることを恐れていたフィリーの気持ちを思っての事だった。

 正直、まだ実感がないだけかもしれない。

 それでも、今までの接してきたフィリーが偽りになるわけではないのだから、私は人間ではないという事実に拘りたくなかった。

 フィリーはフィリーじゃないかと、彼に言ってあげたいし、それが偽らざる私の感情だ。だけど、フィリー自身は、私が何を言おうと多分、素直にそれを受け入れられない。

 私が無理しているとか、同情しているとか、そんな風にフィリーは思うのだ。それを否定しても、きっと中々信じてはくれないだろう。昨日の態度から、そんな事は容易に想像がついた。

 人間と人間じゃないもの、変えられない事実が分かり合えない感情を増やす。

 それを少しでも少なくするためには、ヘリオポリスの告げる事実を私になりに整理してかなくては…、私は感情から論理的な思考へと切り替える。


 そもそも、世界王と巫女の関係性については、不思議に思ってはいた。

 婚姻関係はないのに、次代の世界王は巫女の子ではなければならない矛盾。

 その理由の一つが、次代の世界王に必要なのが、当代の世界王ではなく、神の魔導力を孕むことができる巫女である事なのだろう。

 しかし、世界王を人間であると取り繕うために、教会は当代と次代の世界王を父子として扱い、そのために世界王と巫女は番とされた。

 だけど、それならば、恋愛感情の有無に関わらず婚姻関係であった方が都合がいいはずだ。なのに、そうではないのは、どうしてなのか?


「話を続けさせてもらっても、よろしいですかな?」

「あ、すいません。お願いします」


 思考はいったん中断して、ヘリオポリスに向き直る。いけない、話の途中であることも忘れていたなんて、やっぱり私も動揺している。


「乙女が人間の王に討たれた時、その魂はバラバラになったとされています。まあ、魂というよりは、その巨大な魔導力だと思うのですが、その大半は封印され、今は神としてレディール・ファシズの原動力となっております」


 何百年も使い続けても、なくならない魔導力の源。それはどれほど膨大なものなのか。


「しかし、封印しきれなかった魔導力の欠片は、赤い結晶となり空から降り注いだと言われております。その結晶を浴びた人間の大半は苦しみ、死亡者も出たと記録されておりますが、女性の中には体調に変化はなく、髪が銀色に、瞳は赤に変色した事例が見受けられるのです。恐らく、乙女の資質を秘めた女性だったのでしょう」

「それが現在の巫女だと」

「はい。髪と瞳が変色した女性の子供は、その色を受け継ぐ者もあり、それは現在にも脈々と続いております。その特色である、神の魔導力に触れられる体質と共に」


 私のように受け継がない場合もあるけれど…などという、卑屈はこの場では不要だろう。


「初代巫女ローゼ・ロザリアも、元は髪も瞳も黒かったと言われています。それが闇の階後、変色した。彼女は巫女として、残された聖骸の一人は世界王として、残りの聖骸も、レディール・ファシズを導くために尽力しました。そして、神となった乙女を崇め続け、その魔導力を使用・管理するために、神の魔導力から生まれる荒神が必要なのです。貴方様がお知りになりたかった、神籠りの儀の真実は以上です」


 ヘリオポリスは淀みなく話を続けているけれど、所々、重要な部分を省略されている気がする。私の理解力が足りないだけかもしれないが、今の話の意味がよく分からない部分がある。

 一つ一つ話せば長くなるというのもあるのだろうけど、彼も100%全てを私に話しているわけではないということだ。


「さて、ここからは王妃である貴方に心得て頂きたい部分をお話しさせていただきます」

「心得…ですか」


 重々しい、世界の話から急に規模が小さくなったと感じた。だけど、話は私の予想を裏切って続いていたのだ。


「そもそも、王妃というのは、巫女という番がいる以上、世界王に不必要な存在です。ですが、どうして、それが当たり前のように存在するか、お分かりですか?」


 それは私も先ほど思った問だった。分からないと首を振れば、当然でしょうとヘリオポリスも頷く。


「世界王は荒神…もしかしたら、聖骸なのかもしれませんが、その違いはあまりないと考えられます。彼らは乙女との関係性からも分かるように、何かに依存・執着する傾向がとても強い。しかし、世界王は何故か巫女には依存も、執着もみせないことが多い。彼らは巫女色をもたない人間にそれを見せる―――それが『王妃』と呼ばれるようになりました」

「世界王と王妃は、政略上の関係性ではないということですか?」

「現状はともかく、神の魔導力を持つ世界王が、政略結婚を必要とするはずがないのです。むしろ、巫女との関係性の方が、世界王にとっては政略的な意味合いが強い。本来、王妃はいても、いなくてもいい存在なのですよ…ですが、歴代の世界王は例外なく王妃を娶ってきた」


 ファイリーンの講義でも、確かに世界王は王妃を持つものだと習った。だけど、それは持たされたものではなく、彼らが欲したものだということ?


「人と荒神の間に立ち、魔導力の守護者としての責務がある世界王は、常に精神的に不安定です。その支えを、世界王は巫女ではなく、巫女色を持たない人間に求める。そして、それを亡くした時、支えを失った世界王は不安定となり、それは神の封印の不安定に繋がる。結果、封印が崩れかけ闇の階を引きこ起こすこともある。だから、我々は巫女とは矛盾した存在ではあっても、王妃制度をなくせない」


 言葉を切って、ヘリオポリスは私をヒタと見据える。


「要するに王妃とは、世界王の心の安定のために必要な存在。故に、こうした内々の話も、教皇権限で王妃には話すことができる。何しろ王妃の心無い言葉や態度一つで、狂ってしまった世界王もいたといいますから。そんなことになる前に、釘を刺すのも教皇の務めなのですよ」


 ここまでの現実離れした話から、いきなり自分に関係する話がふってこられて、カウンターパンチでも喰らった気分である。

 しかし、これでケルヴィンが私が闇の階を止められると言ったわけが理解できた。私ではなく、『王妃』という存在が抑止力になるということなのだろう。多分。


「さて、これで一通りの下準備は整いましたな。では、私が伝えたい本題に入りましょう」

「え?」


 ここまでで結構な時間が割かれたし、色々な疑問が解け、王妃の役割の話も聞いた。ここから、更に何を畳みかけようというのか。

 それが顔に出ていたのだろう。ヘリオポリスは苦笑した後、その顔色を変えた。


「事態は切迫しております。私は昨日、三賢者の一人よりレディール・ファシズの終わりの始まりを告げられました。恐らく、フィリー陛下は望む、望まざる関係なく、闇の階を起こすこととなりましょう」

「ちょ、ちょっと、待ってください!闇の階はこの間、止めましたよ?」


 その話は先ほど、私から説明したばかりではないか。焦って出す声は、みっともなく上滑りしたものとなった。


「先日の一件は、三賢者とは関わりのないものでしょう。私は三賢者にレディール・ファシズの今後を話された後、どうしても、陛下と貴方にこの事を伝えたかった。しかし、貴方方に直接接触すれば、周りが怪しみますからな…、そこで巫女に提案した事情聴取を利用させていただきました」

「急に呼びつけれられた理由は分かりました。ですが、仰っている話が全く理解できないのですが、三賢者とは?終わりの始まりとは何なのです?」


 ここまで理知的に、淡々と事実を説明してきてヘリオポリスの瞳に焦りが見える。

 私にこれからの話を理解させるために続けてきた、長く重い過去の出来事を話している間は隠してきたそれが、色濃いほど事態の切迫さが理解できた。


「三賢者とは聖骸です。乙女が残した、五人の聖骸。一人は世界王となり、三人は三賢者として、教会の陰の支配者としてレディール・ファシズに君臨し続けてきた。その彼らのうちの一人が、三賢者をやめ、人間を見捨てたのです」


 五人のうち、一人は世界王。三人は三賢者。

 では、あと一人は?という疑問は当然残るけど、頭を抱え、吐き出すように言葉を続けるヘリオポリスに、そんな質問をできる雰囲気はなかった。


「今になって、何を考えたのか分かりませんが、彼は自分の乙女を助けたいと言い出したのです。乙女は神の魔導力の中だ。彼女を助ける。それはすなわち、神の封印を解くという事。闇の階を起こす事と同義です」

「三賢者という存在が、私にはどれほどのものなの分かりませんが、フィリーさえ封印を守り切れば大丈夫な話ではないのですか?」


 ヘリオポリスは言葉なく首を横に振る。


「分かりません。三賢者は人間とは違い、永久を生きる人智の及ばぬ存在です。陛下の封印を無理やり解く方法を知っているかもしれませんし、封印を解く他の方法を知っている可能性もある」

「なら、こんなところで私に訴えるより、枢機卿たちを集めて、それこそ対策を練るべきじゃあ…」

「枢機卿たちは三賢者の正体を知らないのです。力が及ぶのは、フィリー陛下のみでしょう。どうか、すぐに陛下にお伝えをお願いしたい。そして、貴方には陛下の傍で、闇の階がおこらぬように見守っていただきたい」


 昨日の一件で会議漬けのフィリーに、更に難題を突きつけるのは気が引けるけれど―――あ、


「猊下」

「はい」

「昨日の件、その三賢者の一人が関わっているという可能性は―――」


 幽霊みたいな女性が告げた、『鍵』という言葉。フィリーに対する負の感情。人智の及ばぬ現象。

 思いついた言葉に、ヘリオポリスがためらいがちに頷く。


「確証はありませんが、何らかの関係はあるやも―――なんだ!?」


 話の途中で、地響きがなり、大きく床が揺れた。本棚の本が、バサバサと音を立てて落ちる。

 突然の事にヘリオポリスが外にいる衛兵に声をかけ、彼らとともにオーギュストも血相を変えて部屋に入ってくる。


「大変よ、アイルちゃん!せ、聖骸が!!」

「え?」


 タイムリーすぎる単語に、それが単なる偶然とは思えなかった。


「聖骸サルパトニゥムが動き出して、世界塔に向かっているのよ!」


 言葉の意味を理解した瞬間、私はヘリオポリスの顔を見た。愕然とした、絶望をうつす表情。

 たぶん、私以上にヘリオポリスは正しく事態を把握しているだろう。多分、三賢者がいうところの、レディール・ファシズの『終わりの始まり』が始まったのだ。

 だけど、教皇である彼は絶望したままではいられない。すぐに厳しい表情を作ると、衛兵たちに様々な指示を出す。

 もはや、彼が私にかまっている時間も、余裕もない。しかし、最後に私を振り向いて、


「王妃よ。どうか、フィリー陛下のお傍に。そこが一番安全です。そして、私の話をお伝えください」


 返事も聞かずに、それだけ告げると足早に部屋を去っていく。

 その間も、断続的に続く振動や轟音は、世界塔だけじゃなく、レディール・ファシズの全ての人間を恐怖に陥れている事だろう。私だって怖い。


「私たちも逃げるわよ!」


 廊下からは、悲鳴や怒号が飛び交っている。それは昨日の夜の騒動の比ではない。


「何処に逃げるの?」

「え?」


 世界塔は強力な魔導力で守られた、世界で一番安全だと思われる場所の一つだ。この場所が危険なら、どこも危険だ。

 聖骸が何の目的で、ここに近づいているのか定かではないし、今はどのあたりにいるのかも分からない。

 恐怖で逃げ出したいという強い気持ちが、せあがってきて苦しいくらいだ。だけど、それを無視して、私はヘリオポリスの言葉に従うことにした。私にできるのは、それだけだから。


「オーギュスト。私、フィリーに会いたい。会って、話したいことがあるの。フィリーのところへ連れて行って」


 オーギュストは絶句したけれど、私は自分の意見を曲げる気はなかった。

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