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いつも、『愛していると言わない』を読んでいただいて、本当にありがとうございます。
長い説明ターンが続いていて申し訳ありません。今回と次回の最初くらいで説明は終わる予定です。
―――心臓を喰らった乙女と、喰らわれた聖骸
その関係の正確な所は分からない。だが、そこには歪な主従関係が成立し、乙女は聖骸の力と体を使って世界を戦いの渦へと巻きこんでいく。
しかし、その一方的な関係は、遂に破綻の時を迎える。荒神が人へ反旗を翻したのだ。
世界は乙女たちを中心とした人の覇権争いから、人対荒神へと移り変わっていった。
既に乱獲され、数では圧倒的に荒神側の不利。あっという間に決まるかと思われた戦いは、予想していない荒神の味方の登場で様相を変える。
乙女という選民主義に反する人間たちが、荒神との共存を望んだのだ。
長きにわたる灼眼の乙女という絶対君臨者の世界は、いつしか貧富や、強弱の差が大きな世界となっており、下層に生きる人々の反発は膨れ上がっていた。
人は心臓を喰らうという行為以外で、荒神と交流を持ったのだ。気が付けば人と荒神の連合軍が、乙女たちを旗頭にする権力者を追い詰めるようになっていった。
特に竜の姿をした荒神・ウィンドブルムは巨大な力を持ち、乙女や聖骸が束になったても敵うことがなく、人と荒神の希望となった。
―――そして、権力者たちは禁忌を犯す
権力者はその荒神・ウィンドブルムを倒すことさえできれば、劣勢を巻き返せると考える。
そのために乙女に聖骸にもっと、もっと力を与えなければと考えた。様々な実験が繰り返され、最後に辿り着いた結論は、単純なものとなった。
ウィンドブルムという巨大な大きな一つの力に、たくさんの小さな分散した力ではな敵わない。ならば、たくさんの小さな力を一つにしてしまえばいい。
それが、どんなに非人道的な手段であっても、当時の権力者たちは勝つために手段を選ばなかった。
彼らはまず、乙女たちを戦わせた。そして、たった一人最後に残った乙女に与えた。何を?
―――敗れた乙女の心臓を…
人と荒神との戦いが始まって、徒党を組む荒神を倒すことは難しくなった。そのため、人は新しい赤色の輝石を得ることができなくなった。
そこで人間は恐ろしい仮説を立てた。聖骸の心臓を食べることでその力を得るのだから、それを食べた乙女の心臓を食べれば、同じ力を得られるのでは?と…そして、それは成功してしまう。いや、成功しすぎた。
力は足し算で増幅せず、掛け算で増幅し、権力者たちはその力をたった一人に集約させた。唯一にして、たった一人の灼眼の乙女の誕生だった。
一方、敗れ乙女を失った聖骸たちは、石像のようになり動かなくなった。代わりにたった一匹残った、最後の乙女の聖骸が、5人の人の形をした存在に分かれた。
かくして、戦いの戦局は再び拮抗するものとなる。圧倒的な乙女と5人の聖骸の力に、人・荒神連合軍は何度も何度も戦いを繰り返す。
激しい戦いは、豊かな大地を荒れ地に変え、空は赤く染まり、人々は絶望の涙を流した。
そして、終わりの見えない戦いに、再びの禁忌を犯される。
明らかに連合軍より力を有している人間側が勝てないのは、乙女が心の弱い女性だからに違いない。
後に『人間の王』と名乗る、その人物は乙女が手加減をしていると考え、自分が力を使えば、すぐに戦いを終わらせられると考えた。
その手段として、彼女が力を得たのと同じ方法を試すことにする。乙女を剣で殺して、その心臓を食べようとしたのだ。
しかし、乙女の中にあるのは百を超える荒神の魔導力。彼女の心臓が貫かれた瞬間、それが一度に世界に放出されたのだ。
あふれ出した魔導力は、まるで、それまでの人の欲望を再現するかのように、更なる魔導力を求めた。
あらゆる生物に宿る魔導力を喰って巨大化し、世界の全てを死の世界へと変えていく。
―――闇の階
後世、そう呼ばれる魔導力の暴走。
世界に生きる全てのものが対立している状況ではなく、互いに生きることもままならない世界となった。
だが、世界が完全に闇に覆われる前に、それを止めたのは5人の聖骸だった。乙女を核に起こっている魔導力の暴走を、彼らは何とか封印したのだ。
だが、封印することで精いっぱいで、彼らは封印に一番大切な乙女を閉じ込める結果となった。それを解けば、再び世界は魔導力の暴走により破滅となる。それは乙女が最も望まないことだった。
―――かくして、たった一人の灼眼の乙女が『神』となった
5人の聖骸は、この戦いにおいて人の愚かさを知った。
力を与えれば与えるほど、もっと力をよこせと叫び、破滅へとひた走る人間。永遠に終わらない戦いに明け暮れ、大切な存在を失い続ける愚かすぎる存在。
せっかく救った世界も、人の手にあるうちは、いつかは失われてしまうだろう。
だから、5人は人間を管理することにした。
幸いなことに、この惨事で世界の半分以上の命が失われ、荒神も闇の階の影響か魔導力の大半を失い、もはや意思を持たぬ魔物へとなり下がった。
力と知識において、この世界で5人に敵うものはいなくなり、人々は彼らに導きを求めた。彼らは導くために『教会』を作り、乙女を『神』と崇めさせた。
そして、5人のうち一人を、王として人の上に立たせた。そう、初代世界王レインバック・ヴァトルは聖骸だったのだ。
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「それじゃあ…」
気が付けば、呆然とした声が出ていた。
理解が追い付かない。荒神、乙女、聖骸、次々に明かされる真実。そのどれもが、今までの世界の根底を覆すものだ。
「世界王は神の子とされておりますが、その存在は、まさしく人に非ざるものなのです。そして、それは全ての世界王に通じる」
「は?何をいって?ま、まあ、先祖は人間じゃないのかもしれませんが、後世の世界王は、世界王と巫女の、人間の子供でしょう?」
話の流れがおかしかった。言われる前に、発した私の言葉は、ヘリオポリスに先の言葉を言わせないための言い訳だ。
昨晩のフィリーのおかしな態度が蘇る。あれは…
「延々と続く世界王。それは血肉によるものではないのです。巫女とは、灼眼の乙女というか、神の魔導力に触れても壊れない女性。ちなみに神の魔導力は、巫女以外には毒となります」
先日、神域で闇の階が起こりかけて、溢れた魔導力に触れたことを思い出す。
元々、魔導力とは無縁の人生を送っていたので深く考えていなかったけれど、あれに触れた瞬間、体に激痛が走ったのだ。あれは、魔導力の量が多いということではなく、神の魔導力だったから…ということなのだろうか?
「神籠りの儀とは、巫女が神の魔導力をその身に宿し、過去、その魔導力の持ち主であった荒神を蘇らせる禁断の魔導術。巫女が孕むのは、人ではなく『神』」
「じゃあ、世界王は―――」
「巫女とも、前世界王とも血の繋がらない。神がおこす奇跡の魔導術の産物ですよ。神の魔導力の一部であるために、世界王は封印を解かずにそれを使うことができる」
(フィリー!)
心の中で名を呼ぶ。
世界王が特別なことは知っていた。だけど、こんな違いだなんて知らない。
『母さんを守りたいんだ』
だって、フィリーには大切にしていた母親がいた。父親がいて、母親がいて、それは私と同じはずだ…でも、違ったの?
私と同じ名前の、綺麗で、だけど、心が壊れてしまった女性。それはこの神籠りの儀と関係あるのかもしれない。
ヘリオポリスの話からすれば、二人に血縁関係はない。だけど、フィリーは少なくとも、母親として彼女を慕っていた。私にはそう見えた。
『リリナにとってもこの儀式は辛いことだけど、この儀式の本当の意味をアイルが知った時、君が俺の事をどう思うか…俺はそれが怖い』
同時にフィリーの昨日の言葉が蘇る。知らなかったとはいえ、私は見当違いなことでフィリーをきっと傷つけた。
衝撃の事実と同じくらいの大きさで、私は後悔の念に苛まれて、ぎゅっと拳を握りしめた。