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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第二部 現と虚ろ
105/113

13-7

 ヘリオポリスが話し始めたのは、レディール・ファシズに古くからあるお伽噺だった。


 人語を理解する醜い化け物の、悲しい恋の物語。

 化け物は、森で見かけた美しい乙女に恋をする。しかし、恐ろしい自分の姿は、乙女にとって恐怖の対象でしかないことを知っていたので、ただ見ているだけの片恋だった。

 ある日、乙女は病に倒れる。手の施しようがない重い病だ。乙女の周囲は諦めて泣き続けていたが、旅人の青年が現れて助言する。


『化け物の心臓を煎じて薬にすれば、万病に効く妙薬となります』


 その言葉に村人たちは、その言葉に一縷の望みを託し、乙女のために化け物退治に赴いた。

 村人たちが普段は入らない森の奥までやってきたことに驚いた化け物は、隠れて様子を伺い、村人たちの話を盗み聞いて得心した。

 そして、叶わない恋に身を焦がすより、せめて愛しい乙女のために命を投げ出したいと願って、抵抗をしないままに人々に討たれて絶命する。

 化け物の心臓を煎じて作られた薬によって乙女は、一命を取りとめた。しかし、元は青かった彼女の瞳は、赤く色を変えていた。

 乙女と旅人の青年は、結婚し幸せに暮らした。



▼▼▼▼▼



「古すぎて、どれくらい正しいかはわかりませんが、このお伽噺の元となった事柄が、巫女の始まりと言われています」


 それは教会の根幹を覆す話だった。

 巫女の始まりは、神に許され、初めて世界王を身籠ったローゼ・ロザリアであるはずだ。

 それに巫女の始まりというには、物語は巫女というより、化け物に焦点が当たっている物語であるように思う。


「これは我らが神と崇める存在ができる前の話なのです。神もなければ、それを信じる、信じない陣営の対立もない。世界王も巫女もなく、ただ、豊かな大地が広がって、人と、ここで化け物として描かれている『荒神』とよばれる存在があるだけでした」


 教会が神と崇めるものは、世界中から集められた魔導力の塊。それが教会にとっては、唯一であるが故に、名を必要としない絶対神。

 なのに、その教会の頂点に立つ教皇が違う神を語ることに、私は強い違和感を抱く。


「『荒神』というのは、あくまで人側がつけた呼称です。彼らには彼らを定義する存在としての名前がある。しかし、その名前は我ら人には認識できないものでした。『荒神』…と昔の人が恐れ敬ったその異形の存在は、人智の及ばぬ存在だったのです」


―――だけど、人はそれを討った


 お伽噺が本当なら、それが真実。そして、巫女の始まり。果たして、それがどうやって現在に繋がっているのだろう。

 食い入るように見つめる私に、ヘリオポリスは更に話を続けた。



▼▼▼▼▼



 誰が言い出したことか、始めたことかは分からない。

 だが、世界各地に存在する荒神と呼ばれる、異形の魔物の心臓を食べれば、異能を授かることができる。そんな実しやかな噂が、世界に広がった。

 もちろん、荒神に仇なすことを恐れる人も多かった。しかし、とある女性が力を手にして、大国を築くほどの力を得た。

 赤い瞳に銀の髪を持つ女性の名は、現在知れられる所ではないが、いくつのも伝承が伝わっている。


 当時、荒神は隠れ住んでいるもの、人と共存するもの、人を支配するもの、その在り方は様々だった。

 その女性は、荒神が支配する地域に生きており、それを打倒したのだ。

 女性は魔物を従え、空を飛び、稲妻を操り、川を干上がらせ、大地を割くほどの異能を発揮し、その力で慈悲を求める者には助けの手を伸ばし、抗うものは容赦なく退けた。

 そして気が付けば、国というものを作り上げ、その頂点に立っていた。

 そんな英雄譚が、人々から荒神に対する恐怖を奪い、欲望を掻き立てる結果となる。

 荒神の心臓は『赤き輝石』と呼ばれ、人による荒神狩りが始まった。世界は赤い目を持つ異能者たちによる、覇権争いの渦に巻き込まれていくこととなる。


 現在の知識をもって考えれば、『異能』とは魔導と考えることができるだろう。

 前文明の人々は魔導力を持たなかったか、それを使う術を知らなかったようだ。だが、荒神の心臓を食することで、それが解放された。


 横行する荒神狩り。しかし、それは必ず人側が勝利するものではなく、大きな犠牲を払うことも少なくなかった。

 また、不思議なことに、妙齢の女性以外が『赤色の輝石』を食べても、力を得ることはなく、それどころか無残な死を迎える結果になるという。

 様々な実験が繰り返された中、理由は分からないがその変わらない事実に、荒神狩りには老若男女が携わったが、『赤色の宝石』を得るのは選ばれし乙女だけとなり、以後、彼女らは『灼眼の乙女』と呼ばれることとなる。



▼▼▼▼▼



―――ボーン、ボーン


 柱時計の鐘の音が、時を知らせる。話に引き込まれていた私は、その音にはっと我に返る。

 時間にして十数分。だけど、濃密な話を聞き続けたことで、脳が熱を持って疲労を訴える。私はそれを耐えるように、米神を押さえた。


「お疲れですかな?」

「はい。正直言って、お話をきちんと理解できているか自信がありません」

「私も先代教皇より話を聞いたときは、同じようなものでしたよ。実際、この話は教会では教皇・世界王・巫女しか知りません。後は教皇が必要あると認めた時のみ、王妃にこの話を伝えることを許される」

「じゃあ、フィリーやリリナカナイも?」


 頷くヘリオポリスに、私はさらなる質問を投げかける。


「ですが、どうして王妃はそれを知る権利があるのでしょう?」

「妃を選ぶ。それが世界王に唯一許された権利です。その存在に、世界王は真実を伝えたがる。それが彼らの性。それを違えれば、世界王は心を病む。それは世界王を闇の階へと駆り立てる。それゆえの措置だと言われています」


 答えは答えになっていない。眉をひそめた私に、ヘリオポリスは苦笑を浮かべた。


「まあ、急がれるな。その辺りはこれからの説明でご理解いただけよう。説明は順にしなければ正しく理解できますまい。さて…『赤き輝石』を得た『灼眼の乙女』は、必ず傍らに異形の魔物を連れていたと言われています」


 新たに本のページをめくって、ヘリオポリスが示した挿絵。

 そこには『灼眼の乙女』と思しき女性たちが戦っている様子と、その横には必ず魔物のような存在が描写されていた。

 乙女たちは魔物を自分の剣や盾としていたり、それに跨って戦ったりと、魔物の形態によって描かれ方は様々だった。


「彼らは荒神の成れの果て」


 言いながらヘリオポリスは、挿絵の一つを指さす。


「ほら、胸のあたりが空洞で描かれているでしょう?荒神は心臓を食べられ、一度死んだ後、再び蘇る。そして、心臓を食べた乙女の守護者となるのです。彼らは蘇った後、こう呼ばれる『聖骸』と」

「『聖骸』…ですか?」


 その名前には聞き覚えがある。

 アッパーヤードの東西南北に祭られている、神を守護する聖獣。それが闇の階により、魂の抜け殻となり、魔導力の源となった。それが私の知る『聖骸』だ。


「王妃様が知る説明は、後世に後付けされたものですな。彼らは魂の有無に関わらず『聖骸』と呼ばれる存在なのです。心臓を乙女によって奪われた生きる骸。そこから、名付けられたのでしょうな」

「聖骸はどうして、あのような姿に?」


 誰も真実を知らない創世記なんて、誰かによって想像されたお伽噺のようなものだ。その全てが真実だなどとは思っていない。

 だけど、次々に明らかになる事実に、私は混乱して何もかもが嘘のように思えてくる。


「私は元々、魂という存在は信じていないのですよ」

「は?」

「信仰を預かるものとして、あるまじきことかもしれませんが、目に見えないものは信じられない質なのです。大体、魂という目に見えないものがあったとして、果たしてそれをとらえる方法など―――」

「えっと…」


 何かのスイッチが入ってしまったヘリオポリスに、若干たじろぐ私だが、恐る恐る声をかければ、額に手を当ててヘリオポリスも笑う。


「ああ!話がずれてしまいましたな。聖骸があのような姿になったのは、魂ではなく、彼らにとっては魂よりも大切なものが奪われたからです」

「魂よりも大切なもの?」


 ヘリオポリスはオウム返しで尋ねる私に、声を潜めた。


―――灼眼の乙女、です


 しゃがれた声が響いた瞬間。窓も空いていない部屋に、ふいに風が流れた。パラパラと机の上の本のページがめくられる。

 開かれたページは一面に挿絵が描かれていた。

 目が深紅で描かれた乙女。その乙女に跪く、角が生えた異形の荒神。それは心臓を抉り出して、自らの手で乙女に心臓を差し出していた。


―――何かが、おかしい


 何がとは言えない。だけど、彼から聞く話にも、描かれている挿絵にも、私はどこか納得できない違和感を覚えた。

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