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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第二部 現と虚ろ
104/113

13-6

 ヘリオポリスは表情を変えないまま、席を立ち背を向けた。私は咄嗟に口をついてしまった言葉を悔いる。

 ヘリオポリスが言うところのヒントは、彼が『ケルヴィン様』と敬称をつけて呼んだ事に間違いない。だけど、それがイコール両者が繋がることになるとはならない。

 私の想像通り繋がっているにしても、いきなりの直球で聞いてはいけない内容だ。

 これではヘリオポリスに、逆に叩かれるか、逃げられる…私は自分の失敗に、奥歯を噛みしめた。


「なるほど、仰る通り貴方様は情報戦に長けている訳ではなさそうだ。思いついたことをぽんぽん口に出していては、これから先、海千山千の枢機卿たちには到底かないますまいて」


 私は反論できずに、口を噤むしかない。

 だが、ヘリオポリスは背を向けたまま笑って言葉を続けた。


「まあ、そういったお人柄が好ましい場合も多いでしょう。フィリー陛下が策略家であります故、貴方様はそれでよろしいのかもしれません」

「策略家…ですか?」


 フィリーは傀儡の世界王として振舞っているつもりでも、ヘリオポリスにはとうに見破られているようだ。

 それにしても、私の印象としてはどちらかというと、頑なというか、思い込みが激しいというか、傀儡というほど単純ではないけど、割と分かりやすい類の印象のあるフィリーだ。思わず聞き返してしまえば、ヘリオポリスは肩を揺らして笑う。


「ククク。なるほど」

「???」


 私に分からない何かを納得したらしいヘリオポリスは笑いをおさめると、それについては言及せず話題を変えた。


「さて、先ほどの王妃様のご質問に対する答えですが、イエスであり、ノーでもあります」


 振り向き、私に合わせた視線はもう笑ってはいなかった。


「ケルヴィン様ととある取引きを、私はしております。ですが私ほど、あの方をお恨みしている人間も少ないでしょう。故に私は、あえてあの方を『ケルヴィン様』と呼んでおります」


 老獪と呼ばれ、他人にその胸の内を晒すことなどありえないだろうヘリオポリスが、その一瞬、憎悪を隠そうともしなかった。

 隠さなかったのか、隠せなかったのか分からないが、その強烈な負の感情に私は圧倒される。


「感情のままにあの方の話をすれば、私は自分をコントロールできなくなる。それは私のあるべき姿ではない。なので、自分の心を冷静に保つために、あの方の話をするときは、殊更に丁寧に言葉を選ぶようにしているのです」

「は、はあ」


 私ならば更にストレスが溜まりそうな考え方だと思ったけど、そこは敢えてつっこまないというか、つっこめないというか。


「ああ、私情をお話しして申し訳ない。要するに、私はケルヴィン様と取引きした結果、貴方様をお守りすることなりました。ですが、貴方様がお考えになるような、決してそれはケルヴィン様やオルロック・ファシズへの癒着がある訳ではないのです。故にイエスであり、ノーであると申し上げました」

「取引きとは、何ですか?」

「それは内緒です。ですが、こうして貴方様を枢機卿の手からお守りしている事実があるのですから、信じていただきたいところですな」

「守っていただかなくても、私には私の思惑があって、この事情聴取を引き受けたのです。むしろ貴方にそれを邪魔されたようなものですが」


 リリナカナイからもたらされた事情聴取で、教会が私をどう扱っていくかの真意を確かめるつもりだった。だけど、ヘリオポリスのせいでそれが叶わなくなったのも確かだ。


「先ほど言いました通り、貴方様をお守りするのはケルヴィン様よりの取引きの一つだ。貴方の思惑など、私の関知するところではないのですよ」


 取り付く島がない。でも、私だってこのまま二人の掌で転がされているだけではいられない。


「ヘインズ議長は、私が王妃であり続けることを望んでいるということですね。そして、猊下はそのために私をお守りくださると」

「ええ」

「それは何故でしょう?<闇の階>は阻止しました。私は任務を全うしたはずです」

「フィリー陛下がいらっしゃる限り、<闇の階>という脅威は永遠になくなることはないでしょう」


 仰る通り。ケルヴィンとの話でも、いつが任務の終わりだという規定はない。そもそも、ケルヴィンは私に任務を与えたというよりは、私にフィリーを押し付けた様なものだ。

 だけど、その思惑は未だに不明だ。


「私が猊下とヘインズ議長が繋がっていると、教会にバラすとはお思いにならない?」

「そんな脅しは無駄ですよ。貴方や陛下の言葉など、握りつぶすことなど造作ない」

「……でしょうね」


 私やフィリーが騒いだところで、ヘリオポリスの地位は揺るがない。だからこそ、こんな堂々とケルヴィンとの繋がりを私に話せるのだろう。

 ヘリオポリスから情報を引き出したいにしても、手数が少なすぎて八方塞がりだ。大体、オーギュストと練った様々なシミュレーションの斜め上を行く展開なのだ。


「そ、そもそも<闇の階>とは何なのでしょうか?ヘインズ議長は私に多くを語りませんでした。今後も可能性があるとおっしゃるなら、私は少しでもそれが何なのか知りたいのです」

「……」


 問いかけには無言が返ってきた。

 立ったまま見下ろされ、実際の戦闘力なら私の方がきっと強いはずだが、彼の背負う気配が圧倒的過ぎて私は自分が委縮しているのを感じた。

 『老獪』と呼ばれるのは伊達でない。

 だが、委縮した自分など敵に曝せるわけがない。それが例え虚勢だろうと、私はヘリオポリスに真っ向から視線を合わせて見返す。多分、どちらも引かないだろうと思われた視線のぶつかり合い、

 だけど、ヘリオポリスは一瞬、顔をゆがめると、再び私に背を向けた。


「猊下?」

「何でもありません。よろしい、私が知っていることをいくつかお話ししましょう。そういえば、フィリー陛下よりも<神籠りの儀>について話してほしいと言われておりましたからな」


 そういえば、昨日、フィリーがそんな事を言っていた。やっと、ヘリオポリスが口を開く質問ができたようだと、内心で安堵しつつ思案する。

 世界王が背負う、世界を破滅させるリスクである<闇の階>。

 世界王が誕生するための、巫女が臨む<神籠りの儀>。

 知らないことを理解できると安心できる。だけど、知りすぎる事への恐怖もある。知らなければよかったと、知ってから後悔することは少なくないのだ…それでも―――


「よろしくお願いします」

「さて、どこから話したものですかな…ああ、とりあえず、この本がいいでしょう」


 ヘリオポリスは本棚へと向かうと、いくつか本を物色して、その中の一つを取り出すと私の向かいの席に戻ってきて、本を開いた。

 見るからに分厚く、古そうな本は開いた瞬間、埃の匂いを感じた。そして、開かれたページは私には少々難解な古い文体と、挿絵のページ。

 そこに描かれていたのは、大きな魔物と小さな少女。向かい合う両者。魔物は少女に剣で貫かれている。そして、


―――着色されていない絵の中で、唯一彩られている少女の瞳は『赤』


「この絵に描かれているのは巫女ですか?」

「左様。実はこの部屋の中にある本は、全て門外不出の教皇だけが管理できる本なのです。これはその中でも非常に重要なことが書かれている」

「え?あんなに無造作に並べられている本がですか?」


 思わず周りを見回した。誰でも入れそうな部屋に、重要そうな本があるとは防犯上問題ではなかろうか?


「この部屋は随時、三賢者が監視しております故、どんな場所よりも堅固な守りとなっておるのですよ。同時に彼等は代々の教皇を監視している」

「あの、意味がよく…」

「順を追ってお話いたします。まずは、この絵から説明いたしましょう。これが今の世界が回るシステムの根幹。巫女が生まれた瞬間です」


 話は途方もないほど、昔から語られようとしていた。

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