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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第二部 現と虚ろ
102/113

13-4

 私は突然フィリーの背後に現れた人影を認めると同時に、机に飛び乗って、人影に飛び掛かる。だけど、


「っうわぁ」

「アイル?!」


 実体があるかと思われた女の体は、実体がなく掴むことができず、私は勢いのままに床に倒れこむ羽目になった。

 柔らかい絨毯が床には敷かれているので、痛みも感じずに私は床に倒れこんだまま体勢を立て直す。


『ああ、悔しや。悲しや』


 振り向いた先には、やはり女がいる。だが、振り上げた剣はだらりと下げられた手の中にあるだけで、敵意を失ったように天井を見上げて女は泣いていた。

 私はこちらに駆け寄ってきたフィリーに思わず呟く。


「何したの?」

「知らない…女だと思うんだけど」

「貴方を攻撃してきてから、泣き出したのよ?個人的に恨みがあるに決まってるじゃない」


 先ほどの子作り発言と言い、フィリー…私が知らない八年の間に最低な男になっていたらしい。


「信じられない」

「ホント、勘弁してくれ」


 うなだれるフィリーにジトリと視線を向けたいところだけど、泣き叫ぶこの女。正直、フィリーの修羅場だというだけで済ませるには、今は状況がありえない。

 厳重な世界塔の魔導障壁を潜り抜けた上に、外にはたくさんの兵。それどころか、外も何やらパニック状態だ。


「へ、陛下!大丈夫ですか!?何??ドアが開かない!!」

「おい、誰か!!」

「この女たちは何なんだ!?」


 どうも、鍵も閉めていないドアが開かないらしい。しかも、突然現れた女はこの人だけじゃないらしい。


「これは魔導術なの?」


 魔導関係にはとことん疎い私の問いに、フィリーは一瞬だけ目を閉じて何かを探るようにすると、眉をひそめた。


「この女が現れた瞬間から魔導の気配が濃くなったのは確かなんだけど、誰かが発動した魔導術っていう雰囲気じゃない…と思う。実体がない以上、実害はないんじゃないかと思うんだが」

「ドアは開かないみたいだけど?」

「……とりあえず、話してみよう」


 大声で泣き叫ぶ女、ドアを破ろうと外で衝撃音が続き、兵たちの怒号が響き渡る中、どうにも埒が明かないと判断したらしいフィリーが一歩前にでる。


「貴方は誰だ?」


 もし、フィリーが昔捨てた系の女性だったら、ものすごい逆鱗に触れる言葉だと思うけど、フィリーの問いかけに女は泣くのをやめて、ぎょろりとこちらに視線を向けた。

 そこに想像する激昂はなかったが、見開かれた赤い瞳には狂気が宿っているように見えた…と、そこで私はハタと気がつく。


―――この人、巫女色だ


 銀髪に赤い瞳の女性。巫女になれる唯一にして、絶対の条件。


『わらわはガネーシア。そなたこそ誰や?あの女の気配を辿っていたはずが、そなたのような男にたどり着くなど、ああ、悔し。ああ、悲し』


 ガネーシアと名乗った女性は、いやに古臭いというか、古典の演劇のようなしゃべり方でまくしたてる。

 その声には瞳に宿るほどの狂気より、ふつふつとした情念のようなものを感じた。

 しかも、彼女はどうやらフィリーを知らないらしい。フィリー修羅場説はとりあえずなくなる。


「私は世界王フィリー」

『世界王?そなたが?』


 ガネーシアは鼻で笑う。


『ああ、おかし。そなたが世界王?ありえぬわ。そなたからは―――ああ、そういうことか』


 赤い瞳が強い光を発した。それは危険な色で、私は目の前に立つフィリーの手を引いて私の後ろに庇った。

 瞬間、ガタガタと部屋中の家具が音を立てて動きだし、物凄い勢いで私たちというか、フィリーめがけて飛んでくる。

 それに対して私が回避行動をとる前に、フィリーが魔導障壁を展開する。それがどれほどの強度を持つかは分からないけど、勢いよくぶつかってくる家具たちは物凄い音と共にバラバラになって床に落ちる。


『その魔導の気配…やはり。わらわが、そなたの気配につられた理由に得心いった―――あの女、最後の最後で逃げおったのか』


 静かに言葉を発しながら、家具は次々と障壁にあたり、バラバラになった欠片がまたぶつかってくる。

 ガネーシアは魔導障壁が家具での攻撃で破られないことなど分かるだろうに、繰り返される攻撃は、もはや八つ当たりのようなものに見えた。

 それが数十秒ほど続いた後、ガネーシアはフィリーを見据えた。


『そなた、フィリーといったな。そなたに罪がないことは理解した。しかし、そなたがあの女から鍵を受け取っておる以上、わらわは、いや、わらわたちはそなたから鍵を奪うしないのじゃ』

「鍵?」

『そうであろう。そなたは鍵が何かも分からぬであろう。じゃが、あの女に奪われたわらわのワルプルギウスを奪い返すには、それが必要なんじゃ―――ああ、じゃが、今宵はもう時間切れのよう』


 いうや否や女の姿はまるで霞のように消えた。

 だけど、最後に声だけが残る。


『あの人間の王により、わらわたちが解放される扉は開かれた。あと少しじゃ。あと少しで、多くの皆が目覚めることとなる。鍵はその時、必ずや奪ってみせるからの』


 突然現れて、消えてしまったガネーシアに呆然とするしかないフィリーと私は、残された言葉の意味を考える余地もなく、彼女が消えた瞬間に、開いたドアから入ってきた兵たちによって引き離されることとになった。

 やはり突然現れたのはガネーシアだけではなく、世界塔中にたくさんの幻のような女が現れて、突然消えたらしい。

 フィリーはその報告やら、対策やらが追加されたために、この後は徹夜コースになるかもしれないとのこと。

 まあ、事態が事態。第一回夫婦会議とやらは、今回はこんな感じにほとんど何も話し合えないままに幕を閉じ…られるかと思いきや、フィリーは最後に爆弾を落としていく。


「あ、アイル。一番の目的を忘れていた。明日、この間言っていた教会からの事情聴取がある。オーギュストが付き添うから、一緒に行ってくれ」

「え?あ、それって…リリナカナイが言っていたやつ!!」


 バタバタしていてすっかり忘れていた。

 アイン枢機卿の裁判を再開させるための交換条件として、教会側が提示してきたのが私に対する事情聴取だった。


「って、いうか明日ってなにぃぃぃい?!」


 いきなりすぎるとフィリーに抗議しようとしたら、何故だか近づいてきたフィリーに両腕で拘束されて、変な声が出た。


「ちょ―――」

「ごめん。少しだけ……」


 本気で暴れれば振りほどけるけど、周囲に兵たちがいる前でそれもできなくて、抱きしめられたままになる。

 聞こえてくるのは、フィリーのものなのか、私のものなのか分からない心臓の音。それは一瞬、大きく跳ねて、その後、ゆったりとした音に戻っていく。

 数秒ほど後、フィリーは少しだけ離れて言葉を続けた。


「急になったのは謝る。こっちも、ここに来る前に急に言われたことなんだ」

「いや、でもっ…あー!もう、分かった!!文句は教会にでも言う」

「ああ、そうしてくれ。それで、『神籠りの儀』の事、ちゃんとアイルに説明したいんだけど、今日は時間がない。ただ、アイルが思っているのとは違うから、俺がアイルにちゃんと話せないのは―――いや、この話は事情聴取するヘリオポリスに聞いてくれ」


 そう言っているフィリーは、何故だかとても心もとなそうだった。


「ヘリオポリスって…教皇の?」

「ああ、枢機卿の誰かだと思っていたら、王妃の事情聴取である以上、教会もトップを出してきた。あの爺は敵に回せば厄介だし、教会のためには何でもやる人だけど、多分、事情聴取でそうは無茶はしないはずだと思う。『神籠りの儀』の事も、俺から聞くより多分、アイルが知りたいことを客観的に話してくれると思うから…俺からも言っておくから…な?」


 どうも、フィリーなりに先ほどの私の動揺を慮ってくれているらしい。

 確かにガネーシアの登場で混乱したけど、その話は私だって気になるしと、コクンと一つ頷いて、それで私ははっとする。


「そうだ!私もフィリーに言っておきたいことがある!!」


 時間がないので手短に思いながら、私の中でもまとまっていない。

 ファイリーンを攫った相手カインが、恐らくではあるが偽王グレイではないかと伝えると、フィリーの表情は険しくなる。


「分かった。その辺り、俺も確証を得られる何かがないか探らせてみる」

「ありがとう。後ね、そのこともあって、私、知り合いを一人こっちに呼び寄せたいんだけど…いい?」

「知り合い?」

「知り合いっていうか、第三の箱庭で私を助けてくれた恩人で、色々な事情に詳しい人なの…まあ、来てくれるか分からないんだけど、もし、グレイが関わっているなら、あの人が味方になってくれれば大きな力になると思うから―――」


 だからと言葉を続ける私に、フィリーは手を頭の上に置くと一つ頷いてくれる。


「分かった。詳しい話はまた今度。時間がないから俺はこのままいくよ。アイルは大人しくお休み」

「ありがとう」


 傀儡の世界王の王妃では、オルロック・ファシズの王妃では、表立ってフィリーを助けることはできない。

 それが歯がゆい。だから…と、私は去っていくフィリーの背中を見送りながら思う。


―――私は私ができることを、私しかできないことをしよう


 何もしないまま鬱々とするより、悩みながらでも何かする方がきっといい。私は心の中で言いきかせた。

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