序章 現在0-1
「愛している」
夫となった人はそう言って私を一瞬だけ抱きしめると、すぐに離しベッドに横になり、取り残された私はベッドの脇に立ちつくし夫を見下ろした。
結婚して数カ月、彼は誓いの口づけを除いて、こうして毎晩抱きしめること以上のことを私に決してしない。
寝付きがいい夫はもう眠ってしまったらしく、私に向けた背が規則正しく上下している。
(それなのにどうして『愛している』なんて言うの?)
私を拒絶する背中に心の中で問いかける。だけど、一度だって本人に聞いたことはない……だって答えを私は既に知っているから。
(貴方にあるのは私への罪悪感だけ)
その罪悪感故に貴方は私と結婚した。
その罪悪感故に貴方は私に愛を呟く。
だけど、罪悪感しかないから貴方は決して私に触れない。私を本当に愛することはない。
(頼んだら抱いてくれるのかしら?)
そんな意地の悪い事を考えて、絶対にそんなこと言える訳がないと自嘲した。
何しろ彼が私を愛していないことを知っていたのに、彼の罪悪感を利用して私は彼に結婚を受け入れさせた。
それだけでも彼には申し訳なく思っているというのに、これ以上の何かを望むことは我儘の他の何物でもない。
頭ではそう分かっているというのに、どうして私の心はこんなに傷ついているのだろう?
(だって、私は貴方をずっと愛しているから)
瞼をつぶれば出会った頃の彼が私に笑って手を振ってくれる。今となっては決して見ることが出来ないその姿を思い浮かべて嬉しくなってしまう。そんな自分が無性に虚しくなって溜息をついた。
(せめて自分の本当の気持ちを告白しないことが、私の最後のプライドよね)
私は毎晩、『愛している』と告げる夫に一度もその答えを返したことがない。