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17:再会は爆音と共に その3

ずずん、ずずん、と身体の心から響く震動に何とか耐えつつ、ふうっと一つ嘆息する。

昔から秀介と桜子の本気の喧嘩は容赦ない。

異世界で最強種に変わってしまったゆえに増した破壊力をもってやりあうので、視界は土煙で塞がられてる。

しかし今様子が見えなくても、物心付いたときから脳裏に描けるほど見てきたのだ。

二人がどんな喧嘩をするか、凪は良く知っていた。



「───この戯け者が!」

「っ!」



ドーン!!



「だから男という生き物は精神的に軟弱で嫌なんだ!」



ガツン、と痛そうな音と共に聞こえた台詞に、地面に伏せながらひょいと眉を持ち上げる。

以前の桜子ならともかく、今の桜子も性別は男性らしいから、それはある種自分を貶めてるのと同意じゃないのだろうか。

捕まるところのない岩場にて、暢気にそんなことを考える。

ドカ、バキとやりあい礫どころか岩が飛んでる状況でも、何故か凪には何一つとして当たらない。

目の前に障壁が出来たように、全てが綺麗に弾かれた。

今の秀介がそんなことをするとは思えないので、桜子がきっと何らかの力を使って護ってくれてるのだろう。



「1000年を私たちと会うために我慢するといったくせに、その要因を傷つけてどうする!」

「がぁ!」

「私とお前が世界を捨てた理由は何だ!?人であることを捨てた理由は何だ!?今ここに存在してる理由は何だ!」

「ぐっ、うぁあああ!」



めきょ、ぐちゃと、耳を塞ぎたくなるような音が響き渡る。



「私たちは、『凪を二人で護る』と、子供の頃に誓ったのではなかったか!」



何かを殴る鈍い音と共に、ごきり、と嫌な音が再び聞こえた。

これは本当に大丈夫なのだろうか。

桜子が秀介に対して遠慮ないのは知っているが、いくら最強種族であっても、こんなタコ殴り状態で回復できるのだろうか。

一拍置いて岩が破裂したかと思うような轟音が響き、咄嗟に頭を抱える。


そして土煙が晴れる頃に恐る恐る顔を上げると、肩幅に開かれた足が見えた。

ゆっくりと視線を上げれば、満身創痍で服もぼろぼろになった桜子が、ぶらりと無防備に見える刀を下げた独特の構えで立っている。

前を睨み付ける視線は鋭くて、そちらに秀介を叩き込んだのだと察した。

そこは彼が住処としてるだろう洞穴の方向で、随分と入り口が広くなったくせに瓦礫だらけになっている。



「・・・桜子」

「なんだ?」

「あれ、秀介生きてるの?入り口は辛うじて広がってるけど、洞穴の奥のほうは全部埋まってるように見えるけど」

「そうだな」

「『羅刹』って、地中でも呼吸できるの?最強種族ってそこまでチートなの?」

「・・・いや、どうだろう?私はあの状況に陥ったことがないから、わからないな」

「ああ、そう。そうなんだ・・・」



ほんの少しだけ好奇心の混じった返答に、気の抜けた返事しか出来なかった。

確かに経験しなければ理解できないだろう。

その理屈は納得できるが、それならこの状態で放置するのはいかがなものか。



「助けなきゃ」

「いけないことはない。あいつは『羅刹』だ。これしきで、息絶えたりしない」

「どうして断言できるの!?」

「私が『羅刹』だからだ」



酷く静かな口調で、桜子は告げた。

刀を構えたまま、未だに前方に向けた視線は逸らすことはしない。

基本的に桜子は話しをするときに相手の目を見て話す。

綺麗な瞳に耐え切れなくなって、相手が逸らすほどじっと見詰めるのだ。

その桜子が未だにこちらを見ないということは、それだけの理由がある。

しかも話している相手は凪だ。自惚れではなく、自分が大事にされている自覚がある故に、彼女の言葉の重みがずしりときた。



「私たちは、この世界のヒエラルキーの頂点に立つ存在だ。そのために絶対的な個体数が少なく、生殖能力も低い。その分長命で無駄に生命力が強い。それが私たち『羅刹』」

「・・・桜子」

「案ずるな、凪。私は後悔していない。人でなくとも、お前と共にあれるのだから」



桜子から教えられた『羅刹』の情報は、一部でしかないのだろう。

淡々とした口調で語る彼女から負の感情は窺えない。

だからこそ名前を呼べば、ちらりと切れ長の瞳をこちらに向けた親友は、姿は変わってもまったく変わらぬ笑顔を浮かべた。

ともすればきつく見える美貌が、微笑みだけで優しく柔らかなものに変化する。

一番好きな桜子の表情に微笑みかけて、何かを考える前に身体が動いていた。


きっと自分の生涯の中で一番機敏な動きだったと思う。

混じりけない黒の瞳に驚きの色が混じるのを見て、ちょっとだけ笑った。



「───っ」

「凪!!」



どすり、とした衝撃が腹を貫いた。

痛いよりも熱い。背後からの悲鳴を聞きながら、日頃運動神経がない自分でも、桜子のためならここまで動けるのかと自嘲する。

目の前には、伸び放題のぼさぼさの髪をした男の姿。

長過ぎる前髪から覗く夜を抜いたような黒い瞳は、好戦的な色はなく、戸惑いにゆらゆら揺れていた。


どうすればいいかわからないと緩く首を振った彼に手を伸ばそうとし、もうほとんど自由が利かなくなっているのに気づく。

腕を持ち上げるだけの動作が酷く緩慢になり、結局触れることは諦めた。

呼吸をしようにも息を吸った瞬間に血が逆流して、喉が詰まって上手いこと出来ない。

頭を支えられなくなって視線が下に落ちれば、鳩尾の少し上の辺りを小麦色の肌をした腕が通っていた。

以前も強かったが、やはり種族が違えば根底が違う。

人を貫き、尚且つその状態を片手で支える怪力に苦笑し、どうしたものかと考えた。


これは確実に死亡フラグが立っている。

相手が桜子でなければ咄嗟に身体は動かなかっただろう。

自慢じゃないが、凪はそれほど博愛主義ではないし、考えもせずに自らを投げ出せるほど優しい人間ではない。



「秀介、貴様よくも───っ」



憎しみに彩られた桜子の声が聞こえる。

逃げなければ確実にやられる射程範囲内に居ながらも、秀介は動けずにいた。

凪を貫いた手をそのままに、逃げようともせずに微動だにしない。

この手を抜いたら、その瞬間に凪は失血死するだろう。

流れる血を留めているのは彼の腕だ。これが無くなれば、噴水のように血が噴出すに違いない。


凪と桜子の記憶を深い部分に沈めている秀介だが、やはり忘れてなかった。

彼は凪を殺そうとしたわけじゃない。今のは完全な不慮の事故だ。

ただ運が悪い事に凪の種族は『羅刹』ほど頑丈ではなく、相手が秀介だったので身体をすり抜けることもなく、また彼の攻撃目標が凪ではなかったため簡単に捉えられただけ。


緩く口角を持ち上げて、最後の力を振り絞って腕を持ち上げた。

声は出せない。つまり名を呼べない。

けれど最後の手がまだ一つだけ残されている。


桜子が秀介を殺す前に、凪の命の灯火が消えて二人も死んでしまう前に、神ですら利用してみせる。

なんとか持ち上げた指先が、耳に嵌ったピアスに触れた。

リング状のそれは異世界に渡る際に、強制的に異界の神に付けられた一品で、凪以外には触れられない代物だ。

いつもは存在すら忘れているが、今使わせてもらおう。



『───もっと早く呼べ、この馬鹿娘!』



初めて罵倒されたなぁと暢気な考えがどこかで響く中、凪の意識はふつりと切れた。

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