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17:再会は爆音と共に その2

桜子、と名を呼ばれて蕩けそうな笑顔を浮かべた男性は凪を腕に囲って髪に頬を摺り寄せる。

その度にぱさぱさと艶やかな黒髪が揺れて、時代劇に出てくる若武者のようだとぼんやりと考えた。

日本に居たころは日本人形のような和風美少女だった桜子は、身長を40cm近く伸ばして今や凪をすっぽりと身体の中に収めるくらいの差が出来ている。

首を上げて必死に見上げた顔立ちは、彼女の下の兄と何処となく面影が重なった。

凛々しくも美しい若武者のような男性は、青年と少年の間の色香を放っている。

年齢は操作されて無さそうだけれど、桜子には秀介にはなかった独特の艶かしさがあった。

服装は襟を立てた腰の部分にベルト代わりの太目の紐がある黒のロングコートに、ハイネックと同色のパンツ。何処で仕入れたのか知れないが、身体に沿った服は嫌になるくらい桜子の美貌を引き立てていた。

この場に女の子が居れば、うっとりと見惚れていただろう。それくらい美しさと格好良さが同居した魅力的な男性になっていた。

あまりのインパクトに、どうやってこの場に現れたのかとか、ダランに向かっていたんじゃないのかとか、その他諸々の疑問も遥か彼方に吹っ飛んでいく。



「桜子、苦しい」

「───我慢してくれ。私もずっと、凪に会うのを我慢していた」

「私だって桜子に会えるのをずっと我慢して待ってたよ」

「っ・・・そうか」



一層嬉しげに漆黒の瞳を輝かせた桜子は、痛みを感じないぎりぎりの強さで凪を抱きしめる。

嬉しそうに聞き慣れない滑らかなテノールの声を響かせる幼馴染は、少しばかりの違和感を感じてもやはり中身は変わってない。

それにしても、と桜子の身体でほとんど見えない洞穴に視線を向け、未だに動く気配のない存在を気に掛ける。



「ねぇ、桜子」

「ん?なんだ?」

「さっき桜子が蹴った獣ね、秀介だったんだけど」

「そのようだな。まったく私の凪に襲いかかろうなどとは信じられん不埒者だ。天誅を下してやったが、一発では足りない気もするな」

「いや、多分アレ以上やったら洒落にならないから。そうじゃなくてさ、一応秀介が転生したのはこの世界の最強種『羅刹』っていう生き物らしいんだ」

「そうなのか」

「そうなんだよ。今の私には龍の護衛がついていたんだけどね、世界のヒエラルキーの中でも頂点に近い存在の彼すら逃げることしか選択肢がないくらい、強いんだよ」

「ふむ、そうか」



考え込むように顎に手を当てた桜子は、微かに小首を傾げた。

羨ましいくらい真っ直ぐな黒髪が、その動きに連動してさらりと揺れる。

纏まりのない癖毛に嫌気がさしていた凪は、昔は彼女の髪に憧れたものだった。

今でも迷いなく美しいと断言できる黒髪に、癖で手を伸ばすとそのまま指を通す。

他の誰にも許さないだろう近すぎる接触を厭うでもなく、むしろ上機嫌な猫のように目を細めて頬を摺り寄せた桜子は、くつくつと笑った。



「それなら、私もその龍より強いな」

「え?」

「何故なら───」



言葉を続ける前に、凪をお姫様抱っこして一瞬で移動した桜子は、目の前で呻り声を上げる獣に挑発的に口角を持ち上げる。

その表情はほとんど伸長が変わらなかった日本時代とまったく変わらなくて、思わず眉を下げて笑った。

桜子は性別は違う親友兼悪友とやりあうとき、良くこんな顔をしていた。

男女の差はあれど桜子と秀介の実力は伯仲しているどころか、桜子のほうが上だった。

毎度毎度本気で秀介も挑むのだが、桜子でも女の子相手に彼が本気で力を出せるわけもなく、力押しすれば勝てそうな場面でも咄嗟に無意識に加減をしているように見えたけど、それは二人のためにも口にしたことはない。

桜子は彼に加減をされてるなんて認めたくなかったろうし、秀介も本気のライバルと認めた相手に全力を出し切れてないなんて考えてなかったろうから。

彼らの繋がりは凪も入り込めぬ性差を超えた親友だった。

しかしそれを寂しく思ったことはない。何故なら二人は揃って凪に対して過保護で、何をするにも優先してくれていた。

負の感情を抱く間もなく凪を構い倒し、凪を間にしての接触が中心だったので、寂しく感じる間もない。

彼ら特有の過激なスキンシップを止めるのも凪の役目で、今もそうなるのだろうな、とぼんやりと思った。


抱き上げていた凪をそっと端に下ろした桜子は、道場で試合をする前のように瞳の色を濃くする。

彼女が勝てなかったのは、二人の兄と父だけ。

負けず嫌いな桜子が必死に努力して、他の相手なら同年代も年上でもあっさりと倒せた彼女は、異世界に移動して、ついにあの三人だけには勝ち星を上げれなかった。


すっと腰だめに構え、右手を振るうと日本刀とそっくりな系統の何かが現れた。

どこから取り出したのか、瞬きの間に現れたそれに驚いていると、背中を向けたままちらりと視線を寄越した桜子は余裕たっぷりに微笑みを浮かべる。



「私の種族も『羅刹』だ」



どん、と空気が音をたて、衝撃に身体が浮きそうになるのを地べたに伏せてなんとか堪えた。

目の前で自分より遥かに大きい黒の獣を前にしても、桜子はまったく怯んでない。

ついでにきっちりと研いである鈍い銀色の輝きを放つ刀身を振るうのにも、躊躇はないらしい。



「貴様、幾ら理性がなかろうとも、私たちの記憶を沈めたとしても、傷つけていいものと悪いものすら忘れたか」

「ガるぅぅぅうる!!」

「この莫迦者が!貴様、何のためにこの世界に転生した!何のために1000年のときを過ごす決意を固めた!?」

「うるぁあアアぁ!!」

「狂うぞと忠告した私の言葉も、私たちを忘れて生きろと忠告した凪の言葉も無視して、それでも選んだものはなんだ!?」



ぼきり、と嫌な音が耳に届き、伏せていた顔を咄嗟に上げる。

目の前の桜子の腕が変な方向に曲がっているのを見つけて、息を呑んだ。



「桜子!!」

「───大丈夫だ、凪。私はこいつと同じ世界最強種だぞ?回復力も並じゃないんだ。それに、お前も知っているはずだ」



折れたままの腕と反対側に刀を持ち変えると、かちゃりと刃を返した桜子は、左手で秀介の胴体を一閃した。

咄嗟にみね打ちに転じたのはわかったが、先ほどと勝るとも劣らぬ耳を塞ぎたくなるような音が響く。

やられたことはやり返す。

まさしく彼女の、否、現在は彼である桜子のモットー通りの行動に、痛くないのに痛みを想像して歯を食いしばった。

あれは絶対に肋骨が折れたと思う。

以前秀介が桜子の兄二人に痛めつけられたとき、受身を取り損なって肋骨を折ったときに変な呼吸の仕方をしたが、それと同じ状態だ。

肩が上下して睨み付ける瞳には、最早第三者になった凪の姿は映っていなかった。



「私は、あいつより強い」



ちらりと見えた横顔は、我が親友ながら痺れるほどに格好いい。

凪が人並みに乙女心を持っていたら、きゅんきゅんと胸をときめかせただろう。

しかしどれだけ桜子が美男子になっていても、通常の乙女心を抱かぬ凪は綺麗だなと芸術品を鑑賞するような感覚で彼女に見惚れるだけだった。


背後で肋骨を折られた黒い獣がひゅうひゅうと苦しげな息を吐く。

その姿に余裕の態度で振り返った桜子は、両手で刀を持つと悪友に向かって微笑んだ。



「忘れたなら、強制的に思い出させてやるまでだ。凪を傷つけた罪、その身でしっかり払ってもらう」



どうやら桜子は静かに全力で切れていたらしい。

血が流れている手を押さえて隠していた掌を退け、赤く染まったワンピースの裾を見下ろす。

もしかして『羅刹』は嗅覚も優れているのだろうか。

掌から流れていた血は恐るべき治癒力で止まっていたが、白い骨は未だに覗いている。

たとえばこのまま治癒が開始された場合、このぽかりと開いた穴は傷跡として残るのだろうか。

破傷風とか感染症とかかからないのかと疑問に思いつつ、とりあえず清めるための水もないので、もう一度ワンピースの裾で血を拭う。


激しい音と地響きが繰り返される中、至近距離での轟音から現実逃避していた凪は、ぼうっと考えた。

彼らが運動するには狭すぎるように感じるこの場所は、果たしてどれくらいの間衝撃に持ってくれるだろうか。

突き出た岩場の端から見下ろす雲海は美しいけれど、落ちても受け止めてくれそうにないな、なんて暢気に考えつつ、昔から慣れた『仲良し喧嘩』の行方を遠巻きに見守った。

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