小噺1
*活動報告の再録です。
俺の名前は荒城秀介。
当年とって十歳の、爽やかスポーツ少年である。
趣味はサッカーで、本気でやってるのは空手。
家の近くの道場で物心ついたときには習っていた腕前は、今では全国区のレベルだ。
そんじょそこらの相手なら、多少年が離れていても勝つ自信はある。
しかしそんな俺でも絶対的な点滴は存在する。
それもごく身近な、面倒なポジションで。
「───誰が我が家の敷居を跨いで良いと許可をした」
じろり、と綺麗な一重の瞳を眇めてこちらを睨んで来た男は、苛立ちも隠さずに低い声を出した。
硬い黒髪を短く刈り込んだ彼の名は、高屋敷忠行。
高校1年にしては屈強な体つきをしていて、見た目から只者ではない雰囲気を発している。
「兄さんの言うとおりだ。お前は俺たちの可愛い妹たちに蔓延る害虫だ。とっとと去ね」
忠行よりもっと直接的な表現をしたのは、彼の弟であり、高屋敷家の次男の秀頼だ。
妹そっくりの切れ長二重の瞳を瞬かせ、底が見えない黒い瞳をじっと向ける。
忠行と違いさらりとした艶やかな黒髪を持つ彼は、丁度襟足の辺りまで届くショートカットだ。
時代劇に出てきそうな、美麗な若武者を思わせる。
彼の兄も十分に整った顔立ちをしているが、こちらは弟よりも野生的な魅力を持っていた。
共通するのは一本筋の通った精悍な雰囲気だろうか。
末っ子である桜子も合わせて美形三兄弟と近所でも有名な彼らだが、その内の上二人はとんでもないシスコンでも有名だった。
そして───それは血の繋がりがない、秀介にとって一番に特別な相手も含まれていた。
「だからっ!俺は凪を迎えに来たんだって言ってるだろ!我が家はもう夕食の時間なんだよ!カラスが鳴いたら帰ろって言うだろ!うちでは時報が鳴ったら帰るんだよ!」
凪の両親はもう他界しているので、彼女は荒木家に住んでいた。
養子縁組をしてるわけではないが、後継人を秀介の両親が務めているのだ。
ちなみに荒木家ルールでは本当は時報がなる前に帰らなければいけないのだが、唯一の例外が数十歩歩けばたどり着く、気心知れたご近所さんである。
凪と秀介と桜子の気があった幼稚園時代から、ずっと続く腐れ縁だ。
ちなみに凪と秀介は生まれた病院も同じで、母親同士が親友だったこともあり更に親密と自負している。
けどこれを言うと、付き合いの長さが関係の深さじゃないと桜子と喧嘩に発展するので、最近は控えていた。
幼稚園に通い始める前に、彼女の過保護な兄弟は友達が出来るかさぞかし心配していたらしい。
ああ見えて可愛い者が大好きな二人は、日本人形のように可愛い桜子を目に入れても痛くないほど溺愛していた。
たかだか幼稚園児だった秀介が覚えてるくらいだから、本当に強烈だったのだと、今なら思う。
しかもその強烈なシスコン二人は、友達だとはにかんだ笑顔で引き連れてきた凪を見て、心臓を打ち抜かれたらしい。
確かに幼稚園時代の凪は、天使もかくやという美幼児だった。
ふわふあのひよこのような柔らかな癖毛は限りなく金色に近い色で太陽の光を照らし、淡い茶色の長い睫毛が縁取る澄んだ青い瞳は海より蒼く、まろやかな頬の線や、日本人離れした白い肌はハーフらしい特徴を露にしていた。
更に身長が小さかったこともあり、可愛い物好きの彼らの心は破裂したらしい。
友達を紹介したいと桜子に言われて一緒に家に案内された初日は、完全に秀介は輪の外だった。
兄二人の視線は可愛い可愛い日本人形のような美少女と、可愛い可愛い本場のビスクドールを髣髴とさせる美少女に何を着せるべきかを口論し始めていた。
ちなみに桜子は秀頼の腕に抱き上げられて、むっと唇を尖らせていたし、凪にいたってはいきなり忠行に抱かかえられ反応も出来ないでいる。
あれだ。あの感じは、ハムスターとかを驚かすと一時的に行動が固まってしまう感じの動きだ。
固まった凪を気にせず持ち上げて高い高いをしてあやそうとした瞬間───大泣きした凪に、冗談じゃなく忠行は顎が外れた。ついでにショックで固まった。
凪を泣かせたことでカッとなった秀介は、動かないままの男の弁慶の泣き所を思い切り蹴ると、バランスを崩して落ちてきた凪を何とかキャッチする。
「っ、桜子!?」
どうやら桜子も同じような手法でダッシュしたらしく、未だに泣いている桜子の両脇を固めた。
「───こいつ、たかいとこだめなんだよ。まえにちょうしにのってきからおりれなくなって、だれもみつけれなくて、そんでトラウマになったんだ。だからこいつにたかいたかいは───ってかそれいぜんにさわろうとするな。こいつはおれのおさななじみなんだからな」
「っ!それをいうなら、わたしだってなぎのしんゆうだ!わたしもいいんだ!───わるいのはぜんぶにいさまたちだ。これからしばらく、わたしにはなしかけないで!」
黒髪を扇形に広げながら断言された言葉に、彼女を最愛とする兄二人はぴしりと固まった。
あれから早幾年。
元々溺愛されていた妹である桜子はともかく、秀介との関係は一向に改善していない。
この二つの門をどうやって越えるべきか・・・ない知恵を必死に絞って考えていると、思わぬところから天の助けがあった。
「あ、秀介。迎えに来てくれたの?」
「───まぁな。お前が遅いと母ちゃんと双子が心配するだろ」
「そっか、なら帰らなきゃね。遅くなって御免」
玄関から靴を履いて石畳を歩く姿に、にかっと笑う。
毎日見ているが、毎日見ても飽きないくらいに綺麗な少女だ。
見た目のお陰で話しかけられないのは桜子も同じだが、当たりは柔らかい凪はそれでもクラスメイトと普通に会話はする。
近づけるだけに距離が測れて、結局近づけないのが凪のテリトリーの守り方だった。
もっとも秀介にはそんなもの何も関係ない。
ふん、とそっぽお向きながら手を差し出せば、すかさず手とうで打ち落とされた。
溜まらぬ痛みに空いていた手で手首を握った秀介の腕に、そっと白くて小さな手が添えられる。
「大丈夫?」
「んなの、当然だ!」
たとえ大丈夫じゃなくても、好きな女の前では意地くらい張らせてくれ。
じんじんと痛む手首を抱きつつ、こちらを見る二対の瞳に挑戦的に目を煌かせる。
「そんじゃ、帰るぞ。今日はハンバーグだ!」
「やった。私秀介のお母さんのハンバーグ大好き!」
たった一言の魔法の言葉を放てば、意外に食に執着がある少女はあっさりと乗ってきた。
踵を返そうとする秀介の腕を引っ張り、身体を反転させると、二人の兄貴分に深々と頭を下げる。
「今日もお邪魔しました。とても楽しかったです」
「っ、そうか、そうか!凪ならまたいつでも来い。楽しみにしてるからな」
「───次に来る時は予めご自宅に連絡し、夕食をともに食べよう。なんなら泊まっていっても構わない」
「はい!ありがとうございます!」
にこり、と身内と認めてる相手にしか見せない笑顔を浮かべた凪に、高屋敷兄弟は微かに頬を染めて苦笑した。
彼らの感情が重度のシスコンから来てるのか。
それともまた別の意味彼らなのかは、まだ当分しりたくねえなと、彼らに見られないよう苦虫を噛み潰したような顔で一つため息を吐き出した