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16:さすがにここは流されない その4

乗っている相手が機嫌よくぴょんぴょこ跳ねるお陰で、上下する身体に眩暈がする。

胃が揺さぶられて、丁度乗り物酔いに近い───と言うか、それそのものの症状に悩まされながらぐったりと身を預けた。

そうすると余計に機嫌が良くなって動きも激しくなる悪循環の負のスパイラルに嵌った凪は、肺に溜まった空気を吐き気と共にゆっくりと出す。


現在の凪は、ガーヴの背中におんぶお化けよろしくと身を預けている。

彼ははじめは片腕を荷物を持つよう腰に通して上半身と下半身をぶらぶらさせたまま持ち運ぼうとしたのだがラルゴに止められ、次いで肩に担ごうとしたところをガーズに止められた。

お姫様抱っこは凪自身が強固にお断りさせてもらい、おんぶという折中案をサルファが出した。

わがままを言える立場ではないが、お姫様抱っこという羞恥心と戦うのは、ラルゴやウィルに片腕に乗せられるのに慣れた凪でも難易度が高い。

いや、別に沢山の衆人の視線があるわけでもないけれど、羞恥心とは誰が見てなくとも自分の中から湧き出るものだろう。

少なくともここに凪以外の目が4つある。お姫様に憧れる乙女でもないので、正常な感覚だと思いたい。

とにもかくにもお荷物の凪が除外されたことにより、一行の速度は格段に上がった。

決して軽くない荷物だろうに、しがみ付けばしがみ付くほどテンションと機嫌を上げていくガーズの足取りは軽い。

密接する体温やそこから汗ばむ肌を不快に思わないのだろうかと疑問を感じるが、口にして藪から蛇を突くわけにもいかないので気を逸らすべく視線も逸らす。

ガーヴと凪では悲しいほど歩幅も違うので風景の流れる速度も雲泥の差だ。

つい先ほどまで風景を見る余裕なんてなかったので新鮮と言えば新鮮だが、何処を見渡しても密林なので全然斬新さはない。



「ナギー、静かだけど生きてるか?」

「縁起でもねぇこと言ってんじゃねぇ、クソガキ!お嬢はローテンションが基本装備なんだよ!」



あっけらかんとした口調での問いに怒りを滲ませて答えたラルゴだが、フォローになってない気がするのは凪だけだろうか。

確かに感情を露に表現しないのでローテンションが基本装備と言われても否定できないけれど、もうちょっと言葉はなかったものか。

はんなりと眉を寄せた凪をすぐ横から除き見たサルファが、唇に手を当てて上品にくすくすと笑う。

ちなみにガーズと無精髭の狼は見て見ぬふりを通している。

ガーズに関してはこの遣り取りに口を出せばラルゴに言い負かされるし、無精髭の狼は基本職務以外の厄介ごとは気にしないようにしてるようだった。

凪の見張り兼護衛という職務は忠実にこなしているし、文句の付け所はないので問題はないし、賢いと思う。



「ローテーションが基本装備?それって根暗ってことか?」

「違う!ただちょっと・・・その、ちょっとだけ変わってるだけだ!」

「それは全然フォローではありませんよ」



素直なガーヴの問いに視線を彷徨わせてなんとか搾り出した答えに、すかさずサルファがツッコミを入れた。

まったくもって同意だが、サルファ自身も『変わってる』発言にはフォローしてくれないらしい。

『変わっている』というのは『ユニーク』という意味だから気にする必要はないが、ついっと眉を持ち上げて視線を送れば、糸目を更に細めた彼は楽しそうにくつくつと喉を鳴らした。



「おしゃべりはそこら辺にしておけ。『虎』の娘が生きているなら問題はない。じきにカラコの泉に着く。各々気構えをしておくように」



何故か上から目線で告げたガーズに、ラルゴの視線がすっと細まる。

そしてつつつっとサルファによると、その巨体を屈めて聞こえよがしに手の甲で口元を隠しながら言葉を発した。



「おい、センセイ。あいつ、女にもてねぇだろ?」

「いえ、あの顔ですし、狩りの腕前も頭もいいのでもてないわけではないのですが、何分あの性格ですから・・・」

「そうだな。あの性格だからな」

「───っ、言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ!?」



きりきりと柳眉を吊り上げたガーズに、へっとばかりに嘲りの視線を向けたラルゴは、中学生の子供がするように頭の後ろで腕を組むと視線を逸らして口笛を吹き始めた。

その様子を眺めているガーズは、ついさっきまでのリーダーシップも忘れて血管が切れんばかりにこちらを睨み据えている。

亀の甲より年の功とは上手く言ったものだ。ガーズの視線など何処吹く風と気にしないラルゴの図太さに、思わず内心で拍手を送った。


そう言えば顔を合わせた初日に絶対に泣かせてやると誓ったガーズだが、虎視眈々と狙いを定め情報収集した結果、今朝ついに野望を成し遂げた。

彼は現代での『パクチー』っぽい薫りが強い食材が苦手らしく避けていたが、サルファを通じて彼の朝食に混ぜてやったところ、涙目になって食べていた。

笑顔で見詰める凪の視線を無視して避けることが出来ないのだから、彼もまた人(狼?)がいい。

男としての矜持か、それとも目の敵にしている相手に対する意地か知らないが、凪ならさり気無くラルゴにまわしているので、彼の生真面目さには感心するばかりだ。

ちなみにいつも共に食事をするわけではなく、今日は虎との会合があるから特例で、もしかしたら最初で最後の機会だったろう。

滂沱の涙は無理だったが、お陰さまで野望は果たせたので、もし虎に引き取られることになっても悔いはない。

ちゃんと衣食住を賄ってくれた恩を返すために、彼の好きな果物も無精髭の狼に助けてもらったものの、自力で取ってきたものを提供したのでプラスマイナスゼロで許してもらいたい。



「まあまあ、落ち着いてください。ラルゴの性格は根本が捻じ曲がってるんです。この年で修正は利かないので、若いガーズさんが譲ってあげてください」

「いや、俺よりお嬢のほうが歪んだ性格してると思う」

「素直になれない年頃なんです。いい年して未だに青い春を満喫してるんです。しかも若干露出狂気があって、一回り近く年下の少女に卑猥な言葉を言わせようとする変態じみた部分があるんです。厚かましくて図々しくて笊の目は粗いですけどいい龍なので、許してあげてください」

「・・・・・・もういっそ素直に貶してくれよ。最後のフォローなんてささやかすぎて、前半のインパクト欠片も払拭できてねぇよ、お嬢」



一応仲裁に入った凪にがっくりと肩を落とし、ついでに尻尾も落としたラルゴに気勢をそがれたのか、表情こそ変えなかったものの三角の耳をぴるぴる動かして微かに動揺を示した彼は、そうかと一言呟いて咳払いした。



「───話を戻すが、ともかくまもなくカラコの泉に着くから気構えをしておくように。ガーヴ、虎の娘はそろそろ降ろせ」

「何故だ、兄者。現時点でナギは俺様のものだからこのままでもいいはずだ」

「その娘がロバートの息子の許婚と言うなら、一応の体面があるだろう。もしかしたら息子も連れてきているかもしれない。相手はドルドル村『虎の一族』の代表だぞ。最低限の礼儀は尽くせ」

「・・・わかった」



不承不承ながら頷いたガーヴは、ひょいとしゃがみ込み凪を背負っていた手を放した。

久し振りの地面の感触を踏みしめて、ほうっと一つ深呼吸する。

乗り物酔いは目から入る情報と耳からの情報が脳内で錯綜して起こると聞いたが、それなら自分で歩けばその内マシになるだろう。

乗り物酔いは初めてだからこの感覚の辛さは厳しいが、すぐに車酔いしていた秀介の気持ちが少し理解できた。

確かにこれは毎回薬を飲むだろうし、電車での移動も嫌かもしれない。

もう一度深呼吸して目を開ければ、吐息が掛かるほどの距離に何故か琥珀色の瞳が合った。

くりくりと好奇心に輝く目を動かしたガーズに、僅かに首を傾げる。



「大丈夫か、ナギ?俺様の背中の乗り心地はどうだった?」



正直に言えば、運んでもらった上で言う感想ではなくなる。

感謝はすれど貶す理由は何一つとしてない。

足手纏いを背負って無駄な荷物を抱え込んだガーヴは、何かを期待するようなきらきらしい視線を向けてきて、その眩さに思わず目を眇めた。

未だに胸やけに似た感覚を訴える内蔵を服の上から押さえ、数を数えて何度も呼吸を繰り返す。



「とても助かりました。ありがとうございます、ガーヴ」



結局口からでたのは、日本人らしい曖昧な表現だけだったが、凪からの感謝を受けたガーヴは嬉しげに微笑むと盛んに尻尾を振った。

裏表のない笑顔に痛む良心を何とか宥め、控え目な微笑みをそっと返した。

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