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16:さすがにここは流されない その2

今日も空はいい天気だと思いながら、凪には険しい獣道を根性で歩く。

涼しい顔してすたすたと進む狼や龍の体力が心底羨ましい。

凪なんてもう天気や風景で気を散らさなければ、青息吐息の現状だ。

時計を持ってないので歩き始めてからどれだけ時間が過ぎたか知らないが、もう身体が悲鳴を上げ始めていた。

自慢じゃないが体力も持続力もない。いや、精神的な意味ではこつこつとした粘り強さは持っているが、言葉通りに身体が付いてこなかった。

整備されていない獣道を普通に歩くだけでも辛いのに、その上この密林の気候が更に体力を奪う。

むわりとした湿気を含む空気が肌を撫でるたびに、うんざりとため息を吐きたくなった。

じんわりと汗を掻いた肌にスカートがひらひら纏わりついて、更にテンションが下がっていく。

一応今日は虎の代表者との会合だからせめて見苦しくない格好を、と着せられたが、やはりスカートは森を歩く格好ではないと思う。

凪の非力さや運動神経の無さをこの数日で理解してるだろうに、あえてこれを着せた相手を怨みたくなり恨めしい視線を向けた。


現在の凪は、ドイエル村の住民が一般的に着ている生成りのワンピースだ。

ドイエル村の女性が身につける衣装は、年齢や仕事によりくっきりと分かれる。

例えば年下だが凪と同年代になるアイラは、男性が着るものとほとんど変わらない長袖のシャツをズボンの中に仕舞って、大きめのベルトで締めた上にジャケット的な薄手の羽織を着る。

それに対して村で生活する狼たち、家庭に入った女性や老人、更に小さな子供たちはワンピースのような服を着る。

前者は男性と同じように狩りに出かけて獲物を獲り、後者は村での生活の中で家事などで激しく動くこともないかららしい。

この村で小屋に閉じ込められていたときに料理を運んでくれて、居候として手伝いをしている内に少しだけ親しくなったおばさんが教えてくれた。

思えば親切なおばさんだった。

丁度旦那さんが凪の見張り兼護衛の、あの無口な狼だったからというのも理由の一つにあげられるかもしれないが、それでも破けた服を着ていた凪に古着を与えればいいところをわざわざ仕立ててくれたり、風呂代わりの水場への案内や村の何処に何があるかや、ここで通じる常識なども教えてくれた。

だからこそ、もう会えないかもしれないので、最後の恩返しとして手作り作品を渡してきた。

閉じ込められていた小屋に残されていた、暇つぶしの『ねじり干草』をしなやかな木の小枝に潜り合わせて手提げの籠を作ったのだが、ただただ無言で抱きしめられた。

凪がこれから何処に行くか、薄々気づいていたのかもしれない。


ちなみに閉じ込められていた小屋は家畜として飼っている鳥の餌だった。

鳥小屋は結構な臭気が漂っていたので、心の奥底から餌用の小屋に閉じ込めてくれたことに感謝した。

やはりここぞというときには悪運がついている。



「・・・お嬢、大丈夫か?」



問いかけてきたのは、凪の隣を歩くラルゴだ。

彼は以前森を抜けたときの凪の惨状を知っているので、体力が削れて木の根っこなどに引っかかって転ばないようにとフォローの態勢に入っている。

またもやラマーズ呼吸さながら、ヒッヒッフーと何か生み出しそうな息を繰り返す凪に、眉を下げて問いかけた。

差し伸べられた手が今にも自分を抱き上げようとするのを制し、必死に右足と左足を交互に動かす。

時間に間に合わないならともかく、余裕をたっぷり持ってくれたらしいので、自分で出来るところは自分でちゃんとしたい。



「ふん、本当に『虎』とは思えん脆弱さだな。その速度で約束の時間に間に合うのか?」

「・・・・・・」



心底厭きれたとばかりに、わざわざ・・・・振り返って睥睨のまなざしを向けたガーズに、無言を貫く。

そんな質問答えれるはずがない。

何故なら凪は待ち合わせの場所である『カラコの泉』とやらが何処にあるか知らないし、そのためのペース配分がこれでいいかわからない。

彼の疑問に答えれるのは、凪のこの体力のなさを見て判断し、ついでにその泉までの距離を知る狼たちだろう。

自問自答すればいい内容だ、と率直な内容を内心で嘯くが、口にする余裕はない。

最早凪の口は息を吸って吐くだけの機能しか使用できない状態だ。

それでも出立した頃に比べれば太陽は天辺に近くなってるので、そこそこの時間を休み無しで歩き続けている。

正直そろそろ自力で立つのも辛くなってきた。中学のマラソン大会が10キロだったけど、あれの8キロ地点を通過したときと似ている。

余裕でトップを爆走できるはずの桜子が鈍足の凪に付き合ってくれたが、完全にどべだったにも拘らず二人して拍手で迎えられた盛大な記憶が蘇った。

これはもしかして走馬灯だろうか。それとも疲れすぎていて碌にものが考えられないだけなのか。



「ナギ、目が据わってるぞー。兄者はこれでいて一応気を使ったつもりなんだ、許してやってくれな」



こちらもまったく疲れ知らずな狼は、尻尾をはたはたと機嫌よく振った。

頭の後ろで腕を組み、にかっと悪戯っ子のような笑顔を向ける。

端正な顔立ちをした彼の笑顔は子供っぽくて可愛いが、全然テンションは上がらない。

代わりに呼吸の頻度が上がった。このままでは過呼吸で倒れるかもしれない。

いい加減自分だけの力で動くのは難しいかと、視線を周囲に彷徨わせる。

道に落ちてる棒切れに体重を掛けると随分と違うと気づいたのは、この異世界に来て最初に学習したことだ。

丁度いいものはないかと視線を下に彷徨わせて、身体を屈めようとした瞬間。



「よっ」

「ッ!?」



軽い声と共に、腰に手が回されて簡単に持ち上げられた。

何が起こったかわからない。

瞬きする間に視界が変わり、本気で暫く息が止まった。



「!?・・・!!?」

「ふはは!やっぱナギはトロイよなー。何で『虎』の、更に言えば『白虎』のくせに、なんでなんだ?」

「・・・っ、そ、なの」



わかりません、と整わない呼吸で続ける前に、目の前に壁が出来た。

憤然とした表情で腰に手を当てる龍の姿に、大きく揺れていた狼の尻尾がゆっくりと止まった。

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