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15:割と元気な捕虜生活 その9

ばたばたと音がするくらいの勢いで尻尾を振るガーヴは、サルファの言葉から判断する限り、感情の制御が出来ない子供に分類される。

実際年齢が14で十分子供だし、尻尾や耳どころか普通に顔に全てが出ていた。

嬉しければ嬉しい。頭にくれば怒る。喜怒哀楽がはっきりしていて、とても素直だ。

もっともそれだけが全てではないのもわかっている。

『虎』の代表者ロバートと対峙する際、ドイエル村の村長の息子としての顔をしていたときのガーヴは、いかにも凛々しくしっかりした将来有望な『狼』に見えた。

これもある意味ギャップルールの適用パターンかもしれない。



「・・・痛い。物凄く太ももが床にごりごりしてます。骨が木にあたって痛いです」

「んー?お前細っこいからすぐに骨に当たるんだよ。もっと太って、ふくよかになれ。今のままだと、抱いたときに骨が当たるぞ」

「いい案があります。ガーヴが私に抱きつかなければいいです。そうすれば私も骨をごりごりと床に押し付けなくてもいいですし、無駄な恨みを買わずに済みます」

「怨み?『虎』に対してならともかく、ナギ個人に怨みなんて持つ奴がいるのか?」

「いますよ、思い切り」



『あなたやガーズさんに恋してる女の子に』


口には出さず心の中で嘯くが、目の前の見た目はともかく中身は幼い『狼』は、当たり前だが半眼になった視線だけでは通じない。

成熟すればさぞかし格好良くなるだろう顔を可愛く傾げ、感情豊かな耳を折り曲げる。

今まで会ったどんな獣人より、ガーヴは感情が表に出やすい。

ラーリィの家で保護されていた子鼠たちのほうが年下だが、自分たちの置かれた環境を知る彼女たちは見た目より大人だった。

いいや、正確に言えば子供らしい子供ではいられなかった、が正しいのだろうか。

村長の息子として立つガーヴも同じだと思うけど、凪に対する態度は彼のほうがもっとあけすけだ。


柔道の技でもあるまいに、全身を上手く拘束されて、疲れた息を吐き出す。

もがくどころか動けない。完全にホールドされていた。

この世界にはセクハラという概念そのものがないのだろうか。

ラルゴといいウィルといい、日本人のパーソナルスペースを大切にする精神は、中々通用しないものだ。



「んじゃ、足も絡めてやろうか?背中と頭は庇ってやってるし、それで解決だ!」

「いやいやいや、解決じゃないでしょう、どう考えても。訴えられますよ」

「訴えられるって誰に」

「私にです」

「どこに訴えるんだ?ここは『狼の一族』の村で、お前は対立種族の捕虜だぞ」

「・・・・・・」



にいっと悪戯っぽい笑顔を至近距離から向けられ、その通りだと不覚にも納得してしまった。

大人になりきっていない、どこかあどけない顔立ちで、存外に狡猾な言葉を吐き出す『狼』に嘆息する。

確かに捕虜として村長の息子に文字通り首輪を繋がれている状態で、いったいどこの誰に訴えるつもりだったのか。

思わず顎に手を当てて考え込んでしまうと、身体に圧し掛かっていた重さがなくなった。



「うわ!?なんだ!?」



視界を遮る『狼』がいなくなると、二本の太い足が見えた。

『狼』よりもなお黒い肌の持ち主は、この場に一人しかいない。

凪の、普通にしていれば頼もしい護衛の『龍』だ。


寝転んだまま上を見上げれば、脇の間に腕を差し込んだラルゴが、ガーヴを羽交い絞めにするように持ち上げている。

村長の息子にそんなことしていいのかと思わなくもないが、サルファが咎めないからいいのだろう。

今までのパターンからして、本当に駄目なときには彼の教育的指導が入る気がする。

暴力を振るうところは想像出来ないが、あの細い糸目を開眼して長々と説教はしそうだ。

というか、つい今さっきまでそうしていた。

そして件のサルファはというと、未だに床に寝転んだままの凪に掌を差し伸べて助け起こすと、にこにことした微笑みを捉えられたガーヴに向ける。

その表情を見たガーヴが、もがくのをやめて、ひくりと顔を引きつらせた。



「ガーヴ君」

「・・・・・・」



たった一言名前を呼ばれただけなのに、彼の揺れていた尻尾がぴたりと止まる。

いつも元気に立っている三角の耳もへたりと倒れ、気がつけば尻尾が股の間で丸まっていた。

この光景、お隣の『大二郎さん』が飼い主のお婆ちゃんに説教されてるときこんな感じだった。

耳も尻尾も垂れて、ついでに無言で目が助けを求めていた。幼い頃は目は口ほどにものを言うとは、ああいう状況かと感心したものだ。



「君は意識していないようですが、もう小さな子供じゃないんです。女性にみだりに抱きつくものじゃありません」

「でも、ナギは俺様のものだぞ」

「・・・おやおや、僕の言葉が理解できないようですねぇ」

「っ!?」



うっすらと糸目が開眼し、緋色の瞳に映されたガーヴが息を呑む。

股に挟まれて丸くなっていた尻尾の毛がざわりと逆立ち、『狼』でも猫のように毛が波打つのかと変に感心してしまった。

主従関係で行けば立場はガーヴが上だろうに、子供の頃から面倒を見てきたらしいサルファには全面的に頭が上がらないらしい。

そう言えばいつもラルゴが寝ている部屋に案内してくれていたのはガーズだったので、彼ら二人の揃ったところはほとんど見てなかった。

少しだけ新鮮な光景だ。いや、ガーヴをガーズに置き換えれば、ころころ掌で転がされる光景は大して新鮮でもないか。


身体を押さえつけているラルゴと、説教されているガーヴ、ついでに説教しているサルファを他所に、気がつけば凪は完全な傍観者になっていた。

仕方ないのでまた床に体育座りして木目を数えるべく、さっき途中まで数えた目印の傷を探す。

だがそれを見つける前に、猫の子を扱うように襟首をひょいと掴まれて宙ぶらりんにされた。

母猫に首を噛まれて持ち運びされる子猫のように、両手両足がぶらりと垂れ下がる。

じわじわと首に締め付けられる感覚に、段々息が苦しくなってきた。



「・・・・・・」

「おい、駄目な『虎』の娘。喧騒の中で一人静かにお前はそこで何をしている」

「・・・・・・」

「聞いているのか?何故俺の質問に答えない」

「・・・・・・っ」

「おい、」

「───お嬢から手を放せ、『狼』。それじゃ話したくても声が出せねえだろうが。お嬢は繊細な作りしてんだよ」



流石に苦しくなってきて、手と足を動かしてもがいていたら、掴まれていた襟がいきなり放され呼吸が楽になる。

しかし落下するとき独特の浮遊感に、これはお尻から直撃コースかと覚悟を決めた。

だが地面に落ちる前に、片手で身体を掬い上げられ、衝撃に備えて閉じていた瞼を開ける。



「・・・ラルゴさん、先ほど僕が言った言葉を忘れたんですか?」

「覚えてるさ、センセイ。耳にたこが出来るくらい、ぐだぐだ言われたからな。けどな、男女云々以前に今の俺はお嬢の護衛だ。こいつ護るのが役目なんだよ。───俺の目が黒い内は何度も不覚を取るつもりはねぇ」



顔を上げれば金色の目を挑戦的に煌かせ、にいっと口角を上げてラルゴが立っていた。

呻るような声が聞こえてそちらに視線を向ければ、悔しげに唇を噛んだガーズが手首を押さえてこちらを睨んでいる。

凪の襟を掴んでいた手を、ラルゴに握られたのだろう。

彼の怪力は凪も良く知っている。何しろあれくれ者ばかりが集うため、分厚い木で作ってあったギルドの机にあっさりと罅を入れた挙句、本人はけろりとしていたくらいだ。

面の皮と同じくらい皮膚も厚いし、今は取り上げられている凪には重過ぎて動かせない槍とも斧とも見える不思議な武器も、軽々と片手で扱うくらいのパワーファイターでもある。

冒険者としても名が知れているようだし、そんな経験豊かなラルゴ相手に、10以上年下のガーズじゃ手も足も出ないだろう。

事実触れれば斬れそうなほどの目つきで睨んでいるガーズの視線を、ラルゴは余裕綽々に受け流していた。


ちらり、と視線を現在の凪の拾得者に向ければ、彼はガーズと違い、仕方無さそうに眉を下げて笑っていた。

隣のサルファは多大に呆れの含んだため息を吐きつつも、ガーヴが文句を言わないからか、一応無言を通している。

もしかしたらラルゴに小言を言っても右から左に流れるだけだと諦めたのかもしれない。


三者三様の態度を眺めつつ、抱き上げるラルゴの腕をとんとんと叩いて下ろすように促した。

こちらを見詰める金目が少しだけ名残惜しそうに眇められたが、結局凪の意思を尊重する。

とん、と爪先が床に付いたところで、さきほどから言いたくて仕方なかった言葉を口にした。



「ラルゴ」

「なんだ?」

「ラルゴの目は金色だから、一生黒くならないと思うよ」



自分でもどうでもいい空気の読めないツッコミと思いながらも言わずにいられない性分に、厭きれたと嘆息したのは一体誰だっただろうか。

お陰で張り詰めた空気は緩み、これで漸く話が出来ると、脱衣所の木目から目を放した。

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