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15:割と元気な捕虜生活 その5

「・・・サルファさん、大丈夫ですか?」



入り口から顔を覗かせたのは、門番のように陣取っている『狼』の男の一人だ。

腰からは短剣を下げ、眼光は鋭い。

『狼』の男たちは筋肉質でも痩身で、身長も飛び抜けて高いわけじゃない。彼らが目つきが多少きつくても、ラルゴのほうが悪人面だ。

発せられる雰囲気も、『龍』だからか、それとも歴戦の経験を積んだ『ラルゴ』という冒険者だからか、どちらにせよただものではないので、あれに慣れてしまうと感覚が鈍る。

言外にこの『虎』が何かしたのかと訝る『狼』に、冷めた眼差しを向けた。

凪に疑いをかけるのは結構だが、この部屋には扉というものが存在しない。

入り口に掛けられたのは暖簾のような薄い布だけなので会話は筒抜けのはずなのに、あの会話を聞いて凪が何をどうしたと言うのだろう。

どう考えても目覚めたばかりの『龍』が乱心したと泡を食う場面ではないのだろうか。



「大丈夫ですよ。『龍』の御仁が目覚めたばかりで混乱していらっしゃるようです」

「・・・・・・ですが、その『虎』が何か無礼を」

「ふふふ、僕も見くびられたものですね。ナギさんのように可憐な女性すら押さえ込めないと思っているのですか?」

「いえ、決してそんなつもりでは」



うっすらと開いた糸目の間から映る緋色の瞳は、見張りの『狼』よりも余程迫力がある。

サルファより上背があるくせに尻尾を丸めて股の間に入れた姿を眺め、『狼』もイヌ科かと隣の家の老犬を思い出した。

やはり彼は只者ではない。見た目は優男だが、醸し出す雰囲気がおどろおどろしい。


しっかりと上下関係を踏襲する姿に微かに唇を持ち上げれば、がっちりと視線が絡まった見張りの『狼』は屈辱に奥歯を噛み締めて目尻を赤らめた。

思わず自分の意思でもほとんど動かない尻尾がゆらりと揺れる。

見せ掛けだけの『虎』である凪は、『虎の威を借る狐』で全然構わない。



「『虎』の娘風情が・・・っ」



感情が抑えきれないとばかりに振り上げられたては、狙い違わず凪に向かってきた。

おかしなことにその動きはしっかりと目で追えたけれど、避ける反射神経など持ち合わせていない。

そして避ける必要もない・・・・・・・・ので自然体で立ち尽くしていると、よりによって顔面狙いの一撃は風圧が掛かるほどすれすれのところで止まった。

瞬きせずに拳の行方を眺めていたので、その原因もわかっている。

凪の背後から抱え込むようにして腰を引き、『狼』の手首を掴んだラルゴは、今までで一番低い声を出した。



「・・・テメェ、今何しようとした?」

「っ、!?」

「俺のお嬢に手を上げようとしたのか?ふざけんなよ・・・」

「ひ、ぃ、ああ」

「いくら相手が『虎』でも、女の顔に躊躇なく拳を向けるような輩が村長の家で使われんのかよ。程度が知れるな」

「貴様、我等が長を侮辱するのか!!?」



抱きしめられた腕はいつもどおり優しいのに、鳥肌が立つくらいの怒りを宿したラルゴに、彼の正面を見てなくてよかったと心底思う。

察するに、現在の彼は悪鬼のように怒りに顔を歪めているだろう。見てしまったら、凪に向けられた怒りじゃなくても夢に見て魘されそうだ。

これまでになく苛立ちを露にするラルゴを前に、村長への忠誠心ゆえか、腕を捕まれてないほうの『狼』がいきり立った。

しかし青褪めた顔は恐怖に引きつり、条件反射で動いた口をぱくぱくと金魚のように動かしている。

滝のように流れる汗を見て、少し前に『鷹』や、凪とは違う正真正銘の『虎』に強襲されたときを思い出した。

だが助け舟を出す気はない。圧倒的弱者だと理解した上で顔を狙って殴りつけてくるような男を、助けようと思うほどいい子ではない。



「サルファさん・・・!」



凪とラルゴの関係は、『親しい友人』として『狼』の中で広まっている。

普通は友人がいきなり殴りかかられれば憤るだろうし、『虎』の娘には助けを求められなかったのだろう。

悲鳴に近い声で救援を求めた『狼』に、きょとんとした表情でサルファは首を傾げた。



「なんですか?」



心底どうかしたのかと不思議そうに問うサルファに、見張りをしていた『狼』二人は息を呑んだ。

一触即発の雰囲気の中にありながら、反応がいつもどおり平静すぎる過ぎるのだ。

それでも何とか気を取り直すと、耳を伏せて必死に言葉を続ける。



「助けてください、サルファさん。この『龍』の御仁をお止めください!」

「いくらガーヴ様の客人でも長様を侮辱した彼に責はあります!これは献身的に看護した我らに対する侮辱です!」

「───そうですかねぇ、僕には相応の態度に見えましたけど」

「サルファさん!?」

「ここ数日でナギさんが『虎』としては規格外な性格をしていて、なんとも非力な存在であるのは周知の事実です。対立種族でも女性の顔に躊躇なく暴力を振るうような下種な存在が居ては、『狼』の、引いては我ら一族を率いる村長が非難されても仕方ありません。ラルゴさんはナギさんと親しい間柄のようですし、余計です。先ほどの会話を聞いていたなら、君たちもどれだけラルゴさんがナギさんを可愛がってるかわかったでしょう?」



男性とは思えぬほど細く長い指を顎に当てたサルファは、くすり、と小さく声を漏らした。

笑いながら怒る『獣人』は、怒ってますと露にする『獣人』と比べ、底冷えするような怖さがある。

一見爽やかな王子様風だったあの『虎』も、微笑みながら発する邪気が半端なかった。

薄々勘付いていたが、やはりサルファも彼と同類だった。


ラルゴの腕の中で納得の結論を出し終えると、唐突に伸ばされた手に身体が固まる。

動けぬ内に動物として本能的に恐怖を感じる首に触れられ、びくりと反射で震えた。

そんな凪を宥めるように更に抱き込んだラルゴが、間髪居れず触れた手を払う。しかし当たる前に、サルファはすっと掌を引いた。



「君にはあの首輪・・が目に入らないんですか?」

「・・・・・・」

「あれはこの村を統べるお方の息子がつけた印です。彼女の所有権は僕たちの主のものであるのに、君たちはそれを忘れて手を上げた」

「ですが、それはっ」

「言い訳をするのなら、本人の前でなさってください。君たちは処分が決まるまで謹慎です」



微笑みを深めたサルファが手を叩くと、新たにどこからか『狼』が現れた。

見張り番をしていた『狼』たちと似たような体格だが、もう少し年を経ている。

口に蓄えた髭がなんともダンディと言えればいいが、無精髭はじょりじょりとしていそうだった。



「連れて行きなさい。ガーヴ君の所有物に狼藉を働こうとしました」

「・・・ハッ」



低い声で一言返すと、仲間を呼び二人を促して連れて行く。さすがに腕を組んで連行する、なんて展開にはならないらしい。

退室する寸前に心底憎悪を篭めた視線を向けられて、ぐっと眉間に皺を寄せる。

どう考えても八つ当たりだ。もしくは逆恨みに違いない。

面倒ごとが一つ増えたことに嘆息しながら、首につけられた『所有の証』に手を触れる。

首輪を付けられるのは気分がいいものじゃないが、やはりこれがあるからこそ現在の安全を保障されているのだと骨の髄まで見せ付けられた。

たとえ首の皮が擦れようとも、凝りそうなくらいの重量があっても、安全と引き換えなら仕方ないとため息を吐く。

黒い首輪は凪には無理でも、ラルゴなら外してくれるだろう。

更なる厄介ごとに巻き込まれる前に、さっさとこの村から逃げ出したいものだと、元を質せば全ての元凶である神様じゃない何かに心から願った。

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