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2:今岡凪という人 その5

突拍子が無さ過ぎる親友の言葉に目を見開く。

これを言ったら怒るだろうが、昔から少しばかり変わった部分がある子だと思っていたけれど、まさかここでこの台詞が出てくるとは考えてもいなかった。

慎重な桜子のことなのできっと願いも吟味して決めると思い込んでいたが、中々あっさりと決めてくださった。

しかもよりによって『男になりたい』とは。

じっと一直線に凪を見詰めるオニキスの瞳に、こてりと首を傾げる。

見れば見るほど麗しい美貌の親友に、『男に』と望んだ理由が少しだけ判った気がした。

何しろストーカーや痴漢の被害にあっても普通の男の子にもてたためしがない凪と違い、完璧な和風美少女の桜子は呼び出しなど日常茶判事だったし実家の道場まで追いかけるファンもいたし、無駄にもてるので嫉妬した女の子の呼び出しや彼氏を取られたと誹謗中傷する子まで居た。

同じ女とは思えない苦労をしていた桜子なら、確かに異世界では男のほうが暮らしやすいのかもしれない。

混じりけない闇色の瞳をぼんやりと見詰めながら考えていると、凪を抱いているほうと反対の腕を持ち上げた異界の神は頭を掻いた。



「男か。そりゃ構わねえけど、そんな願いでいいのか?」

「ああ。生れ落ちた性別などこんなラッキーが無ければ変えれないだろう?」

「ラッキー?ははっ、もう二度と元の世界に戻れねえのにラッキーとは、面白い女だ」

「人により幸運は違う。私はずっと、もう長い間ずっと男になりたかったんだ」

「ふむ、お前こいつに懸想してんのか。くくくっ、厭きねぇなあ。お前らのとこじゃこういうのを『類は友を呼ぶ』って言うんだろ?魂が綺麗に歪んでる」



愉快だとばかりに体を震わせて異界の神は笑っているが、凪は今度こそ間抜けにもぽかんと口を開けた。

今、何かさり気無くあっさりと重大な事実が投下されなかったか。

今までの人生で全く予想もしていない切り口からの発言がなかったか。

反応できないくらい驚いている間にも空回りする脳みそを嘲笑うように、頭の天辺に乗せられた手が遠慮なく髪を撫で繰り回す。

体格差はそのまま力の差になっているのか、がっくんがっくんと揺れる視界はますます考えをシャッフルした。

異界の神が何を考えてるか判らないが、空間に響く笑い声から彼が常時機嫌がいいのだと窺える。

これもまたスキンシップの一つかもしれないが、首が千切れる前に止めて頂きたい。

そんな凪の切羽詰った想いを感じ取ったのか、桜子が彼の手を止めようと腕を伸ばして、そのままスカッと通り抜けた。



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「はは、俺に触れようとしても無駄だ。俺に触れるのは俺が気に入った存在だけ。つまり今のとここいつだけだな」



驚き過ぎると人は言葉を発せない。

だがいい加減口を開けすぎて痛かったのでそちらは閉じつつ、自分を抱き上げる彼を見上げる。

凪の全体重を軽々と支え体温すら伝わるのに、桜子の体は空気を掴むようにすり抜けた。

恐る恐る手を顔に当ててみると、動きに気づいた異界の神はにっと口の端を持ち上げて空いている手で凪の掌を包むと頬に当てる。

凪よりも濃く、桜子より色素の薄い肌は少しだけ固い感触を伝え、彼が人外の存在だと否応なしに感じさせられた。



「さっきは重いって言ってたじゃないですか。触れたから重いんじゃないんですか?」

「いいや、俺に触れてるお前にぶら下がったから重いって言ったんだ。さっきも俺には触れてねえ。そもそも俺に触れていいのはお前だけだ。お前は俺の『愛し子』だからな。当然だ」



機嫌よく笑う異界の神は、長い髪を指に絡ませて弄ぶ。

雰囲気が軽いし内容を説明されても適当だったので受け流していたが、もしかしたら彼の気に入ったとの言葉は思うより重たいものなのかもしれない。

瞬きすらせずにじっと見上げていると瞳を細めた彼はそのまま桜子へと視線を戻した。



「もう一つは?」

「凪を守るための強さが欲しい」

「自分のためでなくともいいのか?」

「構わない。凪が守れるなら、それでいい」

「いい気概だ。ならば強さも与えよう。だがその場合最早人ではないと覚えておけ」

「ああ」

「桜子、それは」

「いいんだ、凪。これは私の心からの願い。男となり、どんな何からもお前を守る」

「桜子は女のままで私を守ってくれてる」

「・・・男になりたいんだ」



異国の神の言葉に躊躇なく頷いた桜子は、艶やかな笑顔で『男になりたい』と囁いた。

万端の想いが篭められた、胸を締め付けられるような声にそれ以上何も言えなくなる。

強い眼差しには気づくことのなかった、否、気づかないようにしていた想いがありありと浮かび上がりそっと視線を逸らした。



「それで?俺の可愛い愛し子の願いはどうする?」



好奇心に煌く赤い瞳を向けた彼は、視線にあわせるよう腕を上げる。

言葉通りに凪の体重などほとんど感じてないのだろう。

小動物でも見るような眼差しは、蕩けるほどに甘ったるい。

そんな彼の瞳を見返しながら、凪もゆっくりと願いを口にした。

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