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15:割と元気な捕虜生活 その4

アイコンタクトで無言の肯定を受け取ったラルゴの顔は、みるみる内に渋くなった。

あえて例えるなら、まだ凪の両親が健在の頃家庭菜園で収穫した苦瓜の苦味を抜いてない状態で齧った秀介の顔と似ている。

今までにないくらいに深い皺を眉間に刻み、金目がぎらりと物騒に光った。普段は丸みを帯びている瞳孔が縦に開いている。

頭の天辺から少し降りた位置で左右対称に立っている、尻尾と同じ爬虫類の肌をした三角の耳が不機嫌そうにひくひく動いた。

あの耳が動くところは滅多に見ないので、神経が通っていたかと少しだけ驚く。



「・・・お嬢、どういうことだ」

「ラルゴが倒れたとき、『狼』の少年が助けに行ったのを覚えてる?」

「ああ、勿論。あいつが肩を貸してくれたから、お嬢がやられる前に俺は間に合ったんだ」



『やられる前』の言葉に微かに眉を寄せる。この場合『やる』相手は『羅刹』と呼ばれた秀介だろうが、凪にとって彼は敵になりえない。

少しだけ悄然としない気分を顔に出さないよう注意しながら、一拍おいて話を続けた。



「彼の名前は『ガーヴ』。今お邪魔してるドイエル村の村長むらおさの息子さんで、私たちがあの日いた場所は彼の縄張りだったんだって」

「・・・くそが、そういうことか」



顎に手を当てて呻るような低い声を出した彼は、苛立ちを篭めた重たいため息を吐く。

太い尻尾がぶらりと揺れて、この尻尾が感情のままに動くのを見るのも久し振りだと、玩具を追う猫のように観察した。

右、左、と尻尾の先だけが小さなふり幅で盛んに振れる。『虎』の姿になっても猫科の気質を継いでないはずだが、規則正しさが面白くて視線が剥がれない。

一を言って十を理解してもらえたらしいので、説明が不要になったのも原因の一つだろう。

秀介や桜子が部活や鍛錬を終えるのを待つうちに、一人でも時間を潰せる習慣が出来ていて、興味を惹いたものを延々と観察することがあるが、今がまさにそれだ。



「ふふふふ、ナギさんは可愛い『虎』ですね」

「・・・・・・」

「ああ、僕のことは気になさらずに。揺れる尻尾を目で追うナギさんの横顔はとても愛らしくて観察し甲斐がありますし、厭きませんから」



いつの間にやらこちらを見ていたらしいサルファが、ひらひらと顔の前で手を振った。

その表情がなんとも微笑ましいものを見る笑顔で、少しだけ、いやかなり居た堪れない。

可及的速やかに場を取り繕うべく話題を探すが、凪が何かを言う前にラルゴが口を開いた。



「つまり、今のお嬢が監禁状態から開放されてんのは、新しく首輪を付けられたからってことか?村長の息子の拾得物なら、良くも悪くも手を出そうって馬鹿はいねえからな」

「拾得物・・・」



確かに間違ってない。ガーヴ自身も同じように表現していた。

しかしながら理解しつつも口に出されると、やはり色々と考えさせられる。

日本では基本的に『拾得物』は警察に届けた後に確か三ヶ月ほど広告し、拾い主が現れなければ拾得者が権利を得るはずだが、初対面から『なまもの』を生きたまま『拾い』挙句権利を主張するのだから、この世界の常識は中々に計り知れない。



「それならお嬢の護衛である俺もあの『狼』の坊主の持ち物になってんのか?」

「いいえ、ガーヴ君はあなたには一切興味がないようで。折角『龍』を拾ったのだから、有効活用すれば宜しいのに」

「じゃあ、お嬢だけが坊主の『拾得物』ってことか!?あの坊主、餓鬼っぽい顔してどんだけ助平なんだ!お嬢を己のものにしてどうする気だ・・・っ!きっとあんなことやこんなことをするに違いない、俺のお嬢が穢される!!」

「・・・助平なのはその発想しかないラルゴだし。私に触るのやめてくれます?心身ともに穢されそう」

「お嬢ー!!!」



伸ばされた腕をさらりと避ければ、心底絶望したとばかりに床に崩れ落ちたラルゴが、大根役者よろしく大袈裟に嘆いた。

よよよよよ、と悲嘆に暮れて泣いてないのに泣いたふりをする『龍』を無視して腕を組む。



「おやおや、ナギさんはラルゴさんには辛口なんですねぇ。ガーヴ君やガーズ君には丁寧で大人しいのに」

「ボケとツッコミの噛み合わせを考えた結果、この関係性が成り立ちました。ラルゴは私の護衛で、ガーヴやガーズさんとは立場も関係も違います」

「───ふふふ、そうですか」



糸目をこちらに向けたサルファは、凪の含んだ言葉の意味を明確に読み取ったらしい。

ラルゴは凪の護衛で信頼する味方。対してガーヴとガーズの兄弟は、凪を拾って面倒は見てくれるものの、単なる拾得者。

衣食住を賄ってくれる分だけ礼儀正しく接するし、今のところ無理難題を吹っかけられてないので逆らう気もない。

それでも心を許す理由にはなりえないし、働かずして三食を与えてもらった上に、ラルゴを看護してもらった恩を仇で返すのは心苦しいが、彼が全開したら、唯一所有していた財布から謝礼代わりのお金を置いて逃げる気満々だ。

自分の演技に酔っている『龍』に心配がないとは言えないけれど、彼がこの世界でただ一人の理解者なのだから信じ抜くしかない。

淡々とした表情で未だに良くわからない誰かになりきっているラルゴを観察していれば、くすくすと笑い声が聞こえた。

どうもこの食えない『お医者さん』には全てが見透かされている気がしてならないが、それを確認する術を持ちえない以上素知らぬ顔を続ける。

そんな凪に何を考えたのか、笑う口元を隠すために覆っていた手を退けると、こほんと一つ咳払いが響いた。



「そう言えば、一つ質問があるのですけどいいですか?」

「私に答えられる内容なら」

「あなたにしか答えられない疑問ですよ。どうしてガーヴ君は呼び捨てなのに、ガーズ君はさん付けなんです?」



がらりと変わった話題にひょいと眉を持ち上げて思わず目を向ければ、サルファはしてやったりと人の悪い笑みを浮かべていた。

糸目で笑顔が常備の癖に、随分と器用に感情表現してくれる。

この『狼』は人の意表を突くのがうまい。その点では絵本で呼んだ『悪知恵』が働く『狼』と少しだけ印象が被った。

いかにも人(狼?)が良さそうながサルファの、チラリと覗く性悪な部分が面白くて、僅かに唇を持ち上げる。

目の前の三文芝居より余程観察し甲斐があった。



「ガーヴは呼び捨てにしろって言われたんです。拾得者の言葉ですし従いましたけど、普通は『主』になるでしょうに、『様付けしろ』じゃなくて『呼び捨てにしろ』って言うのは斬新な気がします」

「そうですねぇ、ガーヴ君はナギさんに『主従』を求めてるわけじゃなさそうですし、ある意味納得の一言ですけどね。見た目ばかり大きくなって、本当に中身はお子様のままなんですよ。朴念仁兄弟で、ナギさんにも迷惑を掛けます」



凪に辛口だと言ったサルファこそ、結構辛口だと思う。

年下で、子供の頃から診てきたとは言え、一応村で一番の権力者の息子に対して『朴念仁』呼ばわりだ。

実際女性からの冷たい視線がざくざく刺さっても、ぎりぎりで迷惑は被ってないので、肯定も否定もしないでおいた。



「おーじょーうー!どうして俺を無視するんだよ、ツッコミはどうした、ツッコミは!」

「・・・ラルゴ、少し前からちょいちょい思ってたけど、下ネタばかりじゃ笑いは取れないよ。頂点に立ちたかったら、もう少しネタを考えなきゃ」

「そうか・・・って、何の頂点だよ!笑いか?笑いの頂点か?別に目指してねぇからな!」



ずびしと凪の頭部にチョップでツッコミを入れたラルゴは、最後のほうはツンデレのような口調になっている。

ボケもツッコミも器用にこなす『龍』に、このやり取りが出来るなら本当に体調が戻ってきてるのだなと、密かに安堵のため息を吐き出した。

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