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15:割と元気な捕虜生活 その3

「ガーズ君を許してあげてくださいね、ナギさん。彼は他部族にも、女の子にも慣れてないんですよ」

「思春期なんですね」

「ふふふ、そうですねぇ」



唇に手を当てて、くすくすと上品に笑うサルファに首を傾げる。

医者という割には、清潔であっても他の村人と似たような格好をした彼は、ウィルほどではないが短い髪を微かに揺らした。



「いえ、僕から見れば君もガーズ君もほとんど変わらないんですけど、やっぱり女の子は大人になるのが早いと思いまして」

「そう言えばガーズさんのお兄さんとお酒を飲んでいたと仰ってましたね」

「おや、名前で呼んでいるのですか?仲良しさんでいいことです」

「良くしていただいておりますが、仲に関してはそれほどでもありません。サルファさんはガーズさんたちのお兄さんと親しいんですか?」



さらりと否定して見せれば、微かに目を開いた彼は、言及せずに会話を続けた。



「ええ、そうですね。僕は昔からかかりつけのお医者さんですから、彼らが子供の頃から診ています」

「子供の頃から・・・ちなみに話題に出てきたザインさんは、何番目のお兄さんなんですか?」

「彼は一番上ですよ。昔はやんちゃな子供だったのですけど、今では随分と落ち着いて、本当に子供が大人になるのは早いです」



ほうっと細い目をさらに細めて嘆息した彼に、『そうですね』と相槌を打ちつつ頭は別のことを考える。

目の前のサルファという『狼』は、一体何歳なのだろう。

見た目は肌の艶もよく、他の『狼』の面々に比べると肌の色も白いため、華奢で若々しい印象があった。

しかし立ち上がれば痩身でもガーズより身長が高いし、偶にうっすらと見開かれる瞳が意外と獰猛なのも気づいている。

若く見えても雰囲気は老獪しているし、つくづく謎で興味深い。



「どうかしましたか?」

「いいえ。───それより、ラルゴの様子はどうでしょうか」

「そうですね、ここに運ばれてきた当初より、随分と元気になりましたよ。『龍』を診るのは初めてですが、信じがたい回復力です。さすが希少種と言うべきでしょうか」

「あと何日くらいで動いたりしても大丈夫しょうか」

「どうでしょう・・・『龍』の生態に関して詳しくないのではっきりと何日、とは言い難いですが、近く自由になると思います。多大な傷を負うと『龍』が休眠期を取るのは有名ですけど、休眠期の『龍』は治療に集中します。お陰で爆発的に治癒力が上がって傷が癒されると文献で読みましたが、事実折れた骨ももう繋がってますし、目覚めの周期も短くなっています。今日もそろそろ目覚めると」

「ん・・・」



言葉が終わる前に、閉じていたラルゴの瞼が持ち上がる。

周囲を確認するように視線を彷徨わせ、凪を見つけるとふわりと笑った。



「おはよう、お嬢。今日もいい朝だな」

「・・・おはよう、ラルゴ。どちらかというともう昼だよ」

「おお、そっか」



くあっと欠伸をした彼の口からは、鋭い犬歯が覗いている。

何でも噛み砕く頑強な顎にはぶつぶつと無精ひげが生えていて、心なしか髪も乱れていた。

尻尾があるので常に横向きで寝ているのだが、凪が来るといつも気配を察してか目を覚ます。

反射で目尻に浮いた涙を拭いつつ上体を起こそうとし、サルファが慌てて静止した。



「まだ身体に力をかけないでください。肋骨も腕も骨が折れていたんです」

「知ってるよ。ついでに言えばもう治った。むしろ寝すぎて身体が鈍ってる」



今まで面倒見ててくれた主治医の言葉をさらりと無視して、結局ラルゴは身体を起こした。

少しだけ伸びた前髪を指先で弄び、むっと唇を尖らせる。

最近は寝顔か、うつらうつらとする表情ばかり見ていたので、感情に素直な瞳を懐かしく感じるのが不思議だ。

視線に気づいたのかこちらを向いたラルゴは、もう一度にっと笑うと凪に腕を伸ばした。



「・・・なんで抱き上げるの」

「んー?ここのとこずっとお嬢不足だったからなぁ。補給だよ、補給」

「ウィルみたいな台詞だね」

「うげ、汚染されたか。最悪だ」



心底嫌そうな声を出しつつも、腰を抱く腕は放さない。

本当に補給されてるみたいだ。頭の上に顎を乗せてぐりぐりとされ、天辺が少し痛い。

ひっそりと眉根を寄せながら、久し振りに動けるから心が弾けてるのだと自分に言い聞かせる。

そもそも怪我の原因が凪にあるようなものだし、満身創痍で護ってくれた手を振り払うほど辛辣にもなれない。

ラルゴの腕がもっと色めいたものを含んでいたなら生理的な拒絶感が膨れ上がったかもしれないが、それもなかった。

彼の種族は『龍』だけれど、まるで大型犬に懐かれている気がする。

寂しがり屋の子供と似た縋りつく強さのウィルの抱擁とは違うが、ラルゴの抱擁も同様に凪に警戒心を抱かせないのは、きっと二人とも自分を傷つけないと心のどこかで信じてるからだろう。

───それにしても。



「・・・ラルゴ」

「なんだ?」

「臭い」

「・・・は?」

「臭い。汗臭い。臭いが移る」



一週間近く寝たきりだった彼は、清拭はしてもらっても、身体を洗ってない。

寝ていても寝汗は掻くし、この部屋は虫除けの香もたいてあるので絶妙に臭いがブレンドされていた。

膝の上に抱えられたまま眉間に皺を寄せた凪に、情けなく太目の眉が下がる。

自らの腕を持ち上げて鼻の近くまで持ち上げると、くんくんと臭いをかいだ。



「・・・そんなに臭うか、俺」

「むんむんに」

「むんむん・・・・・・。おい、そこの『狼』さんよ、ちと頼みがあるんだが」

「風呂はここにはありませんよ。熱いので基本的にお湯に入る風習がないんです。水浴びに適した場所ならこの屋敷にもありますけど、いきなり水を浴びるのは」

「身体が驚くって?医者はどの種族でも似たようなこと言うんだよな。俺たち『龍』は、餓鬼のころから基本的に食って寝れば回復するって言われて育つんだ、自分の身体は自分が一番わかってるさ。手間掛けさせちまうが、案内してもらえねえか?」

「・・・わかりました」



思い切り仕方なさそうに重たいため息を吐き出したサルファに、素知らぬ顔でラルゴは笑った。

ついさっきまで寝込んでいたくせに、起き上がる早々もうペースを取り戻している。

諦めに近い表情で手を叩いて他の『狼』を呼ぶサルファのほうが年上だろうに、男くさい顔で笑みを見せるラルゴのほうが老けて見えた。

口にしたら存外に繊細な部分がある彼が傷つくだろうから、言うつもりはないけれど。



「ああ、そうです。一つだけ」

「んあ?なんだ、センセイ」

「・・・先生?」

「医者のセンセイなんだろ、あんた。だからセンセイ。手厚い看護に感謝する。俺は『龍』のラルゴだ、好きに呼んでくれ」

「それではラルゴさんと呼ばせていただきますね。僕は『狼』のサルファです。看護したのは上からの命令ですので、気になさらず。それで一つ警告が」



にこりと微笑んだサルファは、器用に凪を片手で抱いたまま立ち上がったラルゴの進路を塞ぐように立った。

心なしか浮かんだ笑みが普段より雰囲気が鋭くなっているのに、持ち上がった唇は愉しそうに緩んでいる。

訝しげな表情のラルゴに人差し指を立てて、ちょいちょいとメトロノームのように振った。



「ナギさんはここに置いていってください」

「・・・なんでだ?」

「『龍の一族』はどうか知りませんが、『狼の一族』・・・少なくともここの『狼』は同姓もしくは子供か夫婦でない限り、一緒に水浴びはしません」

「別に一緒に浴びろとは言わねぇよ。水浴びしてる俺の近くに」

「・・・置いておくのもやめてくださいね。思春期の可愛い娘さんに、おっさんの水浴びを見せ付けるのは不憫でなりません」

「おっさん!?ここでもおっさん呼ばわりか!?俺はまだ28だ!」

「おやまあ、そんな見た目で僕より年下ですか。それなら年長の言葉は聞かなくてはいけませんね」



ふんわりと一見すると穏やかな微笑みを維持したまま、サルファは凪の脇に手を突っ込んで木の床の上に降ろした。

ラルゴが『おっさん』呼ばわりされて怯んだ一瞬の隙を突いた鮮やかな手際だ。

やはりおっとりした空気を纏っていても、根本で『狼』は『狼』ということだろう。

まるで小さな子供にするように頭を撫でた掌を見送り、渋い表情のラルゴへと視線を移した。



「補足しますと、それ以前にナギさんはガーヴ君の、しいてはこの村の村長の息子さんの所有物です。外部の『龍』に、自由にする権利はありませんよ」

「───はぁ!?」



見目を老けていると指摘されたときより驚いた様子で、ラルゴがまじまじとこちらを見詰めた。

驚愕したときの表現で『顎が外れる』というものがあるけれど、果たしてそれは『龍』にも適用されるのだろうか。

ご飯を食べるときより大口を開けたラルゴを眺め、肯定の代わりにひょいと肩を竦めて見せた。

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