14:人生なるようになる その6
「私の年齢は17歳です」
「っ」
「!?」
「・・・」
三者三様の驚きが返された。
先ほどまで常に不機嫌なんですかと聞きたくなるくらいむっつりした表情を維持していたガーズは、素直に目を丸くしている。
弟のガーヴのほうはぴんと三角の耳を立たせて、尻尾をぱさりと一度だけ振った。
無駄に白い歯を月光で煌かせたロバートは、無言で爽やかな笑顔をキープしている。しかしながら若干その唇が引きつってるのは、見間違いじゃないだろう。
「なんだ、じゃあナギは俺様よりも年上か」
「・・・・・・」
「それどころか兄者よりも上だ!子供みたいな顔してるのにな、ははははは!」
瞬く間に驚きを彼方に吹き飛ばしたガーヴは、興奮したのか止めたはずの尻尾を盛んに振っている。
何故かきらきらと瞳を輝かせて、握っていた手を放すとぎゅっと抱きついてきた。
抱きしめられると丁度肩の辺りで視界が遮られる。大体頭一つ半から二つほどだろうか。
凪からすれば見上げる身長差があるが、世間一般にはそれほど大きくない。
先入観で凄く大きい気がしていたが、よくよく見てみればガーズもガーヴとほとんど違わないし、普通に日本の中高生並だ。
この村に来て比較対象がいなかったせいで、判断力が遥か彼方に飛んでいたらしい。
初対面のときにそこまで背は高くないと思ったのを、すっかり忘れていた。
「・・・ちなみにお兄さんはお幾つですか?」
「貴様に『お兄さん』と呼ばれる筋合いはない!」
「・・・・・・」
こんなやりとり、少し前に見たことがある。
凪に対して話しかけたお陰でラルゴにすげなく扱われた彼らも、こんな微妙な感じになったのだろうか。
別にガーヴに対して不埒な考えがあるわけでもないのに、なんともコメントし難い感情だ。
「駄目だぞ、兄者。目上の獣人は敬わなくちゃな!」
抱きしめた───というより、抱きついたままぐりぐりと人の頭に顎を乗せる彼は、一体凪のどこら辺を敬ってくれているのだろう。
まったくポイントが見つけれず、肩口に押さえ込まれた額に力が集中して痛みを感じた。
「すみません、放して下さい」
「え?何でだ?」
「え?何でだって聞くんですか?」
「普通聞くだろ」
「・・・そうですか、普通聞くんですか」
それはまた凪の『普通』と大分違うらしい。
腕を突っ張る分だけの距離を与えられたが、首を曲げて見上げる顔は近すぎる。
恋人でもないのに吐息が触れるかもしれないなんて、我侭で寂しがりな神様だけで十分だ。
嘆息して助けを求めるために隣のガーズを見上げれば、数度の瞬きの後意図に気づいてくれたらしく、仕方無さそうに首を振った。
「ガーヴ、そんな格好でも一応娘だ。無意味に抱きしめるのは止めろ」
「何故だ、兄者。こいつは俺様のだぞ」
「・・・拾ったのは、お前かガーヴ」
「そうだぜ、ロバート。ナギは俺様の縄張りに落ちていたんだ。だから勿論、俺様のもの」
悪戯っぽい人好きのする笑顔を浮かべたガーヴは、再び凪をその腕に抱きこんだ。
最近気づいたのだが胸板に顔を押し付けると、冗談じゃなく呼吸困難で窒息する。
しかしながら足掻けば足掻くほど腕の力が強まるので、陸に打ち上げられた魚のように力が出なくなってくるのだ。
少ない体力の底が見え始めたところで再び諦念に包まれて、静かに呼吸を繰り返す。
無抵抗でいるのもこれでいて存外に難しい。
「・・・玩具を見つけた子供の独占欲か。言ったはずだ、ガーヴ。そのお嬢さんは俺の息子の許婚だと。それを前提に置いた上での発言か」
「勿論だ。ついでに俺様からも言わせて貰うが、互いの領地に落ちていたものに関しては不可侵で、足を踏み入れたものには捕虜として所有者が最大の権利を有するのも互いの取り決めだろ?本気で息子の嫁にする気だったなら、俺様たちの縄張りについて教えていなかった自分を責めろ」
子供っぽく無邪気だったガーヴの雰囲気が一変し、ふわりと身体が重力を無視して浮き上がる。
何事かと目を瞬かせる間に、いつの間にか彼の腕の中に納まっていた。
先日ラルゴを引き摺ったときも感じたが、すらりとした細身の体型でも彼は随分と力がある。
突然の展開に目を瞬かせるだけの凪は、呆れを含んだ眼差しでこちらを見ていたガーズと目が合い、ふんと鼻を鳴らされた。
何が気に入らないのか知らないが、話を聞く限り年下だろうにつくづく失礼な『狼』だ。
「その娘に関する対価はなんだ?」
「・・・俺様が欲しいのはこいつ自身だ。等価交換できるものなんて何もないぜ。これに関しちゃ親父殿も口出しできない決まりだし、息子の嫁は諦めるんだな」
「そうは行かない。『虎の一族』の繁栄に、能力が高い『白虎』はとても役に立つ」
「───お前の息子は一番上が5歳だろ?同年代の女を見繕ってやるほうが、よっぽど子供想いってもんだぜ」
「父としてではなく、時期村長としての判断だ。もっとも、息子もそのお嬢さんなら気に入ると思うがね。・・・まあ、今日のところは諦めて日を改めるとするよ。今度はちゃんと日が昇ってる時間帯にお願いできると嬉しい」
淡い苦笑を浮かべながら肩を竦めた『虎』は、静かな瞳でこちらを見詰めた。
闇の中で煌く瞳は縦に瞳孔が開いている。
爽やかな笑顔に反して、身体全体に言い知れない圧力を感じた。
「・・・理解した。最終的に処分が決定するまで、『狼の一族』ガーヴの客人としてきちんともてなすと約束しよう」
「ありがとう、そうしてくれると俺も安心だ。それじゃあ、お嬢さん暫しのお別れだ。次に会うと気はちゃんと連れ帰ると約束するよ」
「そのためには俺様を説得しなきゃ無理だってこと、ちゃんと頭に入れておけよ」
華麗にウィンクしたロバートから護るように凪を抱き込んだガーヴは、好戦的に瞳を煌かせた。
もしロバートが言うとおり『虎』が凪を欲する理由が『白虎』という部分にあるなら、残念ながら役に立てそうにない。
何しろ『虎』に化けているだけの凪の身体能力は、涙が出るほどお粗末なものだ。
一般的な『人間』の中でもクラス内どころか学年でぶっちぎりのドベだった。
決してドジッ子ではないが、何故か運動神経皆無なのだ。
歩いていていきなり何もないところで転んだりしないが、こちらが全力で走っているつもりでも、近所のおじいちゃんおばあちゃんのジョギングに軽く抜かれるレベルなのだ。
こんな凪の血を『虎の一族』に混ぜたなら、確実にレベルが下がること請け合いだが、話が終結しつつあるこの場では説明する時間も無さそうだった。
「偉大なるドイエル村『狼の一族』の村長の息子たちよ、本日は貴重な時間を頂き感謝する」
「・・・次の会合は七つの太陽が昇り、七つの月が沈んだ後、太陽が中天に座したときと致す。場所はカラコの泉で宜しいか」
「勿論。温情ある配慮に感謝する」
そうして頭を下げたロバートは、瞬きの間に姿を消した。
現れたときと同様に唐突に見失い、しなやかな動きは感心するしかない。
やはり彼らの血族には凪の血は混ぜないほうがいいと思う。
しみじみと考えながら見送っていると、身体を支えていた腕がぱっと離れた。
消えた『虎』と違って本能なんてほとんどない凪は、無様にも抱きかかえられたままの格好で地面に落ちる。
受身なんて取れないお陰で、もろにお尻から地面に着地し、上体を屈めて悶絶した。
「・・・ふん、とろくさい」
「だから言ったろ、兄者。ナギは『虎』とは思えないくらいだって。ケツに痣出来てたら兄者のせいだぞ」
「これしきの高さから着地も出来ん『虎』など聞いたこともない。よってその『虎』が鈍いのが悪い。間抜け面さらしている暇があるなら、とっとと立って歩け。それとも、この程度で動けなくなったか?」
実にパンチが効いたいいざまだ。
臀部から響くじくじくした痛みに奥歯を噛み締めると、顔を俯かせて眉間に皺を寄せる。
「・・・勿論、一人で動けます」
艶やかに微笑を浮かべ戦闘態勢を整える。
きっと明日の昼には出来てるだろう蒙古班を脳裏に描けば、自然と口の端がひくひくと引きつった。
───絶対に泣かせてやる。
皮肉を交えてしか会話が出来ない『狼』を前に、心の底から湧き上がる何かに従って、あれこれとプランを練り始めた。