14:人生なるようになる その5
「お前の息子の許婚?そんな話初めて聞くぞ」
「俺様もだ、兄者」
きょとんとして顔を見合わせた彼らと、目の前の『虎』は親しいのだろうか。
そうじゃなければ対立種族と堂々と言っているのに、相手の息子に許婚がいるかどうか普通に知らないものだろう。
いや、もしかすると、ロバートが胡散臭い雰囲気と反して、『虎』の代表をするくらいの地位にいるから、立場として情報を得ているのか。
そうするとガーヴ兄弟もそこそこいい身分ということになるが、それなら何故ガーヴが毎日凪のいる小屋に足を運んだのか。
ぽつりぽつりと疑問が浮かぶが、この場に答えてくれそうな獣人はいない。
目の前の三人は夜分にも関わらずまったく声を潜める気配もなく話を続けているので、その中に入るのも難しそうだった。
「俺の息子の許婚を、一々紹介する必要もないだろう?俺たちは『虎』と『狼』。この地域一帯では縄張りを争う関係だ」
「・・・しかし、お前はただの『虎』ではない。時期村長となるべき者だ。そのお前の息子の情報を俺たちが知らないのもおかしな話だ」
「そうだな、兄者。俺様たちは常に『虎』の動向に気をつけてる。『虎』で一番の有力者の跡取りの子供に許婚が出来れば耳にするはずだ」
「俺たちを見張る間諜の報告で?」
「ああ」
「そうだな」
あっさりと認めたが、普通間諜の存在を敵の前でこれほど簡単に認めるものだろうか。
もっとどろどろした展開になるべきなんじゃないだろうか。
凪自身間諜なんて見たことはないが、常に後をつけてきたり、情報収集されたりするのはストーカーと似たようなものだろう。
それならロリコン趣味の変態で幾度か経験があるのだが、あの時は普通に生理的に気色悪いと思ったりした。
ちなみに凪は心の中で思っただけだが、二人の幼馴染は口から溢れんばかりの罵詈雑言を並べ立てた。
桜子はともかく、人生の中でストーカーに対面してるときほど秀介の口が冴える瞬間を他に知らない。
彼は凪と同じ家に住んでいるので間接的な被害も受けていたし、思い入れも深いのかもしれないが、描写できないほど濃い顔で指を鳴らす姿は正直恐い。
普段は朗らかなスポーツ少年をしていただけに、ギャップルールの適応が半端なかった。
腕を組んで現実逃避している間にも、物騒で暢気な会話は進んでいく。
「まあ、俺たちのほうも間諜を出しているが、そうあっさり認めるものじゃないだろう?もう少し隠すなり何なりしないと」
「そういうものか?だが互いに存在は知っているし、お前もそう言っているではないか」
「確かに俺も認めたけれどな」
淡い苦笑をした『虎』は、腕を組んで立ち位置を変えた。
月明かりが直に当たる場所に立ってくれたので、先ほどよりも顔がはっきり見える。
無駄に爽やかな笑顔が若く見せていたが、もしかしたら思うより年を経ているのかもしれない。
『狼』の兄弟とは違い、全身から若さと故の情熱とは違う、どっしりした落ち着きが感じられた。
「───ともかく、その娘は俺のとこの息子の嫁にするために別の村から連れてきたんだ」
「別の村から?」
「そうだ。お前らにとって『白狼』が稀少であるように、俺たちにとっても『白虎』は稀少で価値がある。他所の村から引き取って、後の村長の嫁にするために育ててもおかしくないだろう?」
「それは、確かに。・・・でも、育てるって、ナギはそんなに子供でもないんじゃねえか?」
「いや、見るからに子供だろう。未発達で未成熟だ」
めっきり真剣な顔で失礼なことを言うガーズに、ひっそりと眉間に皺が寄った。
確かに未発達かもしれないが、これでも元の世界にいたときより成長している。
Cほどないが、Bよりは大きいし、身長だって伸びていた。
子供っぽく見えるガーヴにすら女に対して不器用と言っていたが、不器用というより普通に失礼だ。
話を聞く限り彼も『狼』の中では立場がありそうなのに、これでいいのだろうか。
瞳を眇めた凪に気づいたのか、仕方無さそうに笑ったガーヴが頭を撫でた。
不振に思われないために拒絶しないでいるけれど、首ががくがく揺れて、ついでに視界も揺れている。
「違うぞ、兄者。そういう意味じゃない。ナギは年齢が俺たちと同じくらいじゃないかと思ったんだ」
「・・・何故だ」
「なんだろうな、・・・あえて言うなら勘だ」
随分と不確定要素で断言するものだ。
こちらを見下ろす瞳を見詰め返せば、にっと彼特有の無邪気な笑顔が返された。
身長と顔立ちで年齢が上と判断したていたけれど、もしかしたら確かに同年代かもしれない。
ガーヴの言葉に首を傾げたガーズは、ひくひくと三角の耳を動かす。
暫しの思案の後、ゆっくりと口を開いた。
「ガーヴの勘なら当たるかもしれん。何しろお前は証拠を集めて推理するより、勘のほうが余程当たるからな」
「ははは!その通りだぜ、兄者!深く考え込むと俺の場合は当たらないからな!」
「・・・おい、ロバート。この娘は何歳だ?」
ひたりと視線を見据えられ、『虎』はゆらりと尻尾を揺らした。
猫特有のくねりとした蛇のような動きだ。
思わず両手で掴み取りたい気持ちにさせられたが、その代わりに何をされるかわからないのでぎゅっと拳を握り締めた。
凪とロバートは初対面。
年齢など彼が知っているはずもない。
どうするのか見物していると、アメリカ人を思い出させる大袈裟な仕草で肩を竦めた。
「これだから君は駄目なんだよ、ガーズ。女性の年齢を聞くものじゃない」
「・・・つまり、お前は答える気はないんだな?」
「その通り」
ぱちり、とウィンクされて、ぞわぞわしたものが背筋を駆け抜けた。
正直に申し上げて、気障な仕草は似合っているが、向けられたくはないものだ。
華麗にウィンクした『虎』に苛立たしげに舌打ちした『狼』は、鼻を鳴らして嘲った。
「───ふん。お前が答えたくないなら、本人に聞くまでだ」
「女性に対して直接年齢を聞くのか?」
「そうだ。おい、娘。お前は何歳だ」
きっとこの人は顔はいいが、今まで何回かチャンスを不意にしていると思う。
率直な態度に微かに苦笑して、問いに答えるべく唇を開いた。