14:人生なるようになる その4
凪が閉じ込められていた小屋は、どうやら村の外れにあったらしい。
連れてこられたときは体力の限界まで達していて、意識も朦朧としていたので確認できなかったが、隣にも似たような高床式の小屋があった。
こちらは貯蔵庫にでもしているのか、足と小屋の間には鼠返しもついている。
干草の小屋は地べただったのだが、草は鼠は食べないのだろうか。
何となく雑食のイメージがあるだけに、少し不思議だ。
つらつらと色々考えながらガーヴに連れられて歩くこと数分。
お世辞にも舗装されたとは言えない道は、それでも生い茂る草は抜かれていて地面が露出していた。
途中何件か見かけたここの家の素材は木ばかりで、何となくテレビで見たアマゾンとかの原住民の建物に似ている。
台風とか来たら一発で屋根が飛んで行きそうだ。スコールとか耐えられるのだろうか。
製作者が聞いたら余計なお世話だと言いそうだな、と思いながら、小さな子供のように手を引かれていた。
やがて凪が村に来たときに最初に見た場所に辿り着いた。
捕虜について交渉云々と話していたので、てっきり村長とか村の偉い人の家で話し合うと思い込んでいたのだが違うらしい。
密室に偉い人と閉じ込められても居心地が悪いだけだからそこは気にしないが、相手は『虎』の代表者と聞いていたので、扱いの粗雑さに暴れださないか心配になる。
これが当たり前ならいいけれど、今回のみの特別措置だったとして、現れた『虎』の『ロバート』とやらが不満を抱いたら困ること受けあいだ。
何しろ凪は『ロバート』なんて名前、とんと記憶にない。誰かが偽名を名乗って現れたのでもないだろうし、十中八九知り合いじゃないだろう。
赤の他人との気まずい対面の挙句とばっちりを食ったら最悪だ。
始まる前からテンションを下げていると、不意に凪の手を引いていたガーヴの足が止まった。
「ドイエル村『狼の一族』代表ガーズ、参上した」
「同じく『狼』のガーヴも同席致す」
まず口を開いたのはガーヴの兄だ。
得た情報は彼の名前が『ガーズ』というのと、この場所が『ドイエル村』という場所だということ、そして種族の前に村の出身地をつけて名乗るということ、そして凪には影も形もないように見える闇の中にもう『虎』がいるという事実だ。
確かに一口に『狼』と言っても出身地は異なるだろうし、これは実にわかりやすい身分表明だ。
しかし出身地をつけて名前を言うのが正式な名乗りなら、ラルゴに相談して凪も考えなければいけないだろう。
どうしたものかと思案していると、闇の中から声が響いた。
「───ドルドル村『虎の一族』代表ロバート、お待ち申した」
落ち着いた耳に優しい声に、もしかしてそれほど好戦的な『虎』ではないのかもしれないと期待が高まる。
『虎』と言えば傲慢とか、自信家とか、誑し(いやこれは一部の『虎』だけかもしれない)とか聞いていたので、それはとても嬉しい。
懸命に姿を探すが、隠れているのか気配を絶っているのか一向に見つけれない。
それでも諦めずにきょろきょろと視線を彷徨わせている間にいくつかのやり取りがされているが、右から左に流していく。
耳に入る言葉は凪でも判る良くある挨拶の類で、特に心に留めるほどの内容はなかった。
それから暫くやり取りが続き、不意に先ほどまでの固い口調を砕けさせたガーヴがくしゃりと笑った。
「固い挨拶はここまでにしようや、ロバート。こいつも落ち着かねぇみたいだしな」
「そうだな、ガーヴ」
「単調直入に聞く。この『白虎』はお前のところの一族の娘か?」
ガーヴの問いに音も立てずに目の前に現れたシルエットに目を凝らす。
突如暗闇に浮かんだ身体は見事なまでに逆三角形を描いていた。
ゼントのイメージが強すぎて『虎』は全てモデル体型と思い込んでいただけに、少し意表を突かれる。
「・・・その通りだ」
「・・・・・・」
「しかもその『虎』は、俺の姉の妹の伯母の親戚の祖父の娘の弟の子供で、至って親しい間柄だ」
「・・・・・・」
現れた『虎』は、月光で白い歯をきらりと光らせあっさりと嘘をついた。
しかも『姉の妹の伯母の親戚の祖父の娘の弟の子供』なんて最早他人に等しい。その上一瞬考え込んでしまう言い回しだ。
自信満々に親しいと言い切ったが、何のつもりだろうか。
無言で爽やかな笑顔を浮かべている男を見れば、にかっと笑みを向けられた。
確かラルゴは『虎は能力が高く見目麗しい』と言っていたが、確かに目の前の『虎』もその概念に当てはまる。
しかし好みは分かれるだろう。
何しろ小麦色に焼けた肌を鮮やかにむき出しにしている彼は、天性のボディビルダーだ。
月の光に筋肉がきらきら光り、ちょっと恐い。
筋肉オタクだったら喜んだだろうけど、こちらを笑顔で見たまま胸の筋肉を動かさないで欲しい。
若干引く。いや、正直に申し上げると、かなり引く。
それでも視線が絡んだので思わず営業スマイルを浮かべれば、瞳に熱が篭った気がした。
嫌な予感がする。
それも本気で猛烈に。
「・・・つまり、どういう関係だ?俺様には今の説明じゃわかんねえんだけど、兄者はわかったか?」
「いや、俺もはっきりとは・・・なんだかまるで他人と言ってるように聞こえる」
不思議そうに顔を見合わせる二人は、ふさふさの耳をひくひく動かしている。
こんな状態では感情が駄々漏れじゃないだろうかと、余計な心配をしてしまいそうだ。
そんな凪を置いて、『虎』のロバートが再び口を開いた。
「気のせいだ」
「・・・そうか?」
「そうだ」
「そうなのか」
きっぱり言われ、納得してしまった二人に内心で眉間に皺が寄った。
どうして彼がここまで凪と親しいとアピールするのかが判らない。
彼にとって凪は初対面で、尚且つ得体の知れない『何処かの虎の一族』の娘でしかないはずなのに、何故ここまで強固にアピールするのだろう。
その理由を探るためにも黙っていると、彼はついに爆弾発言を落とした。
「何しろ、このお嬢さんは俺の息子の許婚だからな」
「・・・・・・」
腕を組んで自慢そうに胸を反らすロバートも、やはり常識人とは違うらしい。
息子がいたのかとか、見た目は二十代前半だけど子供は何歳なのだろうかとか、どうして許婚とか、何を適当なことをとか色々と疑問や突っ込みが浮かんでは消えていく。
「・・・はぁ」
だが結局のところ最終的に零れ落ちたのは、やっぱり疲労感に満ちた重たいため息だけだった。