14:人生なるようになる その2
小さな小屋の中で、もうどれくらいの時間を過ごしただろうか。
覚えていないが、少なくとも二日は経過していると思う。
それもここの人間、ではなく獣人、が一日三食でご飯を食べるなら、の計算でだが。
凪はずっと閉じ込められていたが、お人よしの『狼』たちは、ご飯と水は差し入れてくれた。
光が差し込まない中でこれは一日の目安になり、未だはっきりしている意識の中でカウントを続けている。
今食べている素材の味を活かしたコク美味スープはここに来て7食目の食事だ。器に盛られている状態なのでとても飲み下しやすい。
煮込まれた野菜がどろどろになってるので嚥下できるから、フォークやナイフもいらない。
むしろフォークやナイフがいらない煮込み系のスープばかり飲んでいた。
中身は物凄く貧弱であっても、凪の外見は立派な『虎』だ。
ラルゴから与えられた知識によると、傲慢になっても許されるほど実力のある種族らしいし、そんな獣人に武器になるかもしれないものは渡せないのだろう。
もし持っていたとして、百万分の一の確率でそれを利用して脱出をしようとしても、絶対に成功しない自信はあるが、そんなのこの村の『狼』にわかるはずがない。
凪の運動神経が残念なことになっていると知っている『狼』はガーヴくらいだったし、何故か彼はそれを言いふらしていないようだった。
もっとも言ったところでどうなるか、なんて想像もつかないし、何らかの展開があっても基本は無抵抗主義を貫くだろう。
平和主義プラス事なかれ主義なので、荒事には本当に心底向いてないのだ。
想像するだけでため息が出る展開にうんざりしながら、最後の一口を飲みきると口元を拭った。
このスープが入ってる器は割りと小振りで、凪のお腹には丁度いい。
最初の1、2回ほどは体力回復のために食事を求めていたが、5回目辺りにはもうすっかり丁度よくなっていた。
何しろこの暗闇で何かをしようと思うほど、アクティブな性格をしていない。
3回の食事の中で1回は顔を出すガーヴのお陰でラルゴの情報も入ってくるし、無駄に暴れる利点が見つからなかった。
すっかり慣れた干草の匂いを吸い込みながら、簡易的に作ったベッドにごろりと寝転ぶ。
そこらに落ちていた布を纏めた干草の上に敷いただけだが、背中のちくちくした感触に目を瞑れば、割といい寝床だった。
起きるごとに干草を集めて膨らみを作るのは、結構時間つぶしになる。
大分目が闇に慣れていても、近くの干草を使えば遠くのものまで足を伸ばさねばならないし、過剰労働でもなく丁度いい運動だった。
毎食ご飯も出るし、初回以外は水も水汲みに入れられいるので、節約すれば飲みたいときに喉を潤せる。
正直なところ、密林で置いてけぼりにされるより、遥かにマシな状況だった。
「それにしても───本当に、排泄が必要ない身体でよかった。そうじゃなければ色々な意味で大変だったよ」
これだけは本当に心から言える。
もし排泄が必要な身体のままなら、色々な意味で困ったに違いない。
この小屋にはトイレなんてハイソなものはないし、まさか穴を掘ってするのも嫌だ。
食事の量も普通なら少し足りず常に腹を空かせる状態かもしれないが、小食な凪にはベストでしっかり体力も回復している。
小腹が満たされれば心も落ち着くし、トイレにも悩まされないので冷静になれた。
いざとなればウィルの加護もある。監禁されていても本気で困ることもないし、抵抗もなく静かにしている凪に、最近では差し入れをしてくれるおばさんの視線も変わってきていた。
「やっぱり、全体的に見ると運はいいんだよね・・・何日も閉じ込められてるけど」
出入り口がある方向を見つめながら、ふうと嘆息する。
何度も出入りする様子を見ていたので、どちらに扉があるかなんてすっかり覚えてしまった。
「まぁ、覚えたからと言って何をするでもないけどね。って言うか、行動を起こしても結末が見えてるし。どうせ捕まるなら、最初から抵抗する意味がないし」
ぐるぐると肩を回しながら呟く。
誰に言われずとも、自分の運動神経の無さとピンポイントな運のなさは理解していた。
「それにしても・・・暇」
ここに閉じ込められて何が一番辛いって、何もすることがないことだろう。
干草のベッドを作って改良したり、朝の干草を集めたり、ストレッチしたり眠ったりしているが、待てど暮らせど『狼』たちからのリアクションがない。
対立種族を捉えたのだからもっと何かがあるかと思っていたのに、本当に何も音沙汰がない。
もしかしてこの放置プレイが罰則なのかと考えたが、その可能性も薄いだろうと考え直した。
放置プレイを罰にするなら、食事も水も与えないはずだ。
それならどうしてずっとこの場所に凪を置いておくのか、全く理解できなかった。
器を地面の上に置き、落ちていた干草を拾ってねじり合わせる。
暇つぶしにひも状のものを幾つも連ねているのだが、我ながら暗い時間潰しだ。
もう少し光源があれば捻ったものを編みこむなり何なり出来るだろうが、残念ながら視界が利かない場所でそれが出来るほど匠ではなかった。
すでに膝丈の小山が出来るほどの量を作成済みだけれど、ここを出る時にもしもらえたら、その時に使い道を考えよう。
そんなことを考えながら捻り続けること暫く、不意に目が眩んで硬く瞼を閉じた。
「───ここから出ろ『虎』の娘。お前の迎えが来た」
「・・・はぁ?」
どうやら小屋の扉が開けられたらしい。
久し振りの明かりに、目の奥がつんと痛んで生理的な涙が浮かぶ。
眩しさの中なんとか目を細めれば、逆光に浮かんだシルエットが目に入った。
「迎え?」
とんと覚えのない言葉に首を傾げつつ動かない凪に痺れを切らしたシルエットが、あっという間に距離を詰める。
強い力で腕を掴まれて、くっと眉間に皺が寄った。