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2:今岡凪という人 その4

「ですがその前に桜子も起こしたほうがよくないですか?二度手間になりますよね?」

「それはお願いか?」

「いいえ、提案です」



抱き上げたままの凪の顔に吐息が掛かる位置まで近づいて確認した異界の神は、ふむ、と顎に手をやりぱちりと指を鳴らす。

桜子の身体はシャボン玉のようなものに包まれて浮いていたのだが、その音に弾けて落下した。

つまり空間には重力があるのか、と何となく感心していると、ついさっきまで意識がないように見えた桜子は空中で猫のように体を捻り足元から着地する。

ふわり、と制服のプリーツスカートが浮いて艶かしい白い足が露になった。



「・・・凪?凪!!?」

「大丈夫、ここにいるよ」

「凪、無事か───っ・・・?」



焦りも露に彷徨っていた視線が声を頼りに凪に集中した瞬間、桜子は息を詰めて切れ長の瞳をまん丸にした。

声も出ないくらいの勢いで驚き、ふらふらとしながら立ち上がる。

実家の道場でのしごきを終えた後でも凛と立っていた桜子なのに、激しい修練後よりも焦点が定まってない。

綺麗な顔を驚きで染め上げた彼女は、次の瞬間には凪専用の笑顔を浮かべて飛びついた。



「凪!無事だったんだな!!」

「うん」

「良かった!お前に何かあったら私は───」

「おいおいおい、何だこの女?俺が見えてねえのか?邪魔だな」

「私、自分より弱い相手に一方的に暴力行為を働く男は嫌いです」

「チッ、おい離れろ女。重い」

「じゃあ私が降ります」

「いや、お前はこのままでいい。空気より軽いぜ、お前は。それに友人までぶっ壊れてるってのは益々面白い」



凪の腰に桜子がぶら下がっている状態のまま、異界の神は性懲りも無く髪に口付けを落とす。

普段ならそれに気づいた桜子が黙っていないはずだが、泉に落ちたはずの凪の無事に感極まって気づいていない。

きっとこの良く判らない空間や、凪を抱いている彼も眼中にないのだろう。

自分に興味がないものに関して視野から放り出すところは彼らは良く似ている。

異国の神の凪への執着度も会話する限り中々のものだが、桜子の執着はそれを上回るだろう。

何しろ姿を確認していないが、故意に成長させられたプラス五歳の年齢のお陰で見た目は多少なりとも変化しているはずだ。

それなのに桜子は凪を視野に入れた瞬間驚きはしたものの躊躇なく本人だと確信した上で飛びついてきた。

ごろごろと上機嫌な猫のように喉を鳴らしそうな雰囲気で懐き倒す桜子に嘆息する。

過保護な幼馴染は、凪の姿が目に入らなければ落ち着けないらしい。

さらに触れていれば安心するらしく、手を繋ぐなんて日常だし泊まりに行けば未だにお風呂も一緒だ。

だが現在の上半身は細マッチョ、下半身は美少女に取り押さえられる現状はそろそろ疲れてきたので仲裁することにした。



「すみません、そろそろ話を進めてください」

「お?そうだな、時間が無いんだった。じゃあお前ら願いを言え」

「・・・何だ、この男。棒じゃなかったのか?何で凪を抱き上げてるんだ」

「桜子、細かいことは気にしない気にしない。五歳ばかし年を取った私をスルーして受け入れられる度量があれば大丈夫だよ。ところで話は変わるんだけど、私たち今から異世界トリップして元の世界に二度と帰れなくなるんだって」

「そうか。私たち、ということは凪も一緒という意味でいいか?」

「うん。本当は私だけが送られるはずだったらしいんだけど、桜子はついてきちゃったでしょ?」

「咄嗟の判断だったが間違ってなかったな」



絡み付いていた腕を放し嬉しげに笑った桜子は、緩く癖のついている伸びた髪を指先で弄んだ。

一変の曇りも無い表情は、彼女が心底喜んでいると告げている。

つまり桜子にとって、元居た世界の全てと別れても凪と一緒にいる暮らしが価値があるということだ。

異国の神は『友人までぶっ壊れてる』と称したが、確かに普通の感性を持っていればこうは行かないだろう。

大なり小なり元の世界に未練が生まれるだろうし、下手したら発狂しかねない混乱をするはずだ。

それなのに凪も桜子もあっさりと現状を受け入れた。

異国の神の判断力は流石だ。二人とも世界に対する感覚が壊れてる。

学校で机を並べてお弁当を食べるときと欠片も変わらぬ態度の桜子に、更に情報を追加した。



「それでね、あっちの世界に送られるんだけど、身一つで投げ出される代わりに願いを叶えてくれるんだって。私は三つで桜子は二つ。基本知識と家と二年間の生活費は貰えるけど、他は何も与えられないらしいよ」

「ふむ、それは好条件だな。無闇に放り出されてもどうしようもない。ならば秀介を連れて行かねば」

「うん、私もそうしようと思ってた」

「秀介?誰だそれは」

「私たちと一緒に泉を観に来てた幼馴染です」

「男か?」

「幼馴染です」

「そうか」



男かと嫌そうな顔で問う彼に、幼馴染と強調すればニパッと笑って頷いた。

泉を覗いたのならもう一人の性別が男性なのは知っているだろうに、心広く受け入れてくれるらしい。

秀介は凪と桜子がいない世界では耐えられないだろう。

男は要らないと言っていた彼が許容してくれるかが心配だったが、大丈夫そうなので胸を撫で下ろす。



「桜子は桜子のために二つとも願いを使いなよ」

「だが・・・」

「大丈夫。私、運動神経は無いけど要領は悪くないから」



少しだけ微笑んで見せれば、僅かな躊躇の後こくりと頷いた。

一度決めれば凪が譲らないのを桜子は良く知っている。

そして運動神経皆無でも、幼馴染の中で怒れば一番威力を発揮するのも凪だ。

滅多に怒らない分余計に怖いらしいが、二人以外に怒ったことがないので他人の判断は仰げない。

梃子でも譲らぬ頑固さを発揮する凪を知ってる桜子は、視界に入れていなかった異国の神様を始めて見上げ、柔らかそうな口唇を開いた。



「私を男にしてくれ」

「・・・は?」



流石に想像外の言葉に、久し振りに全力で驚いてしまったのは仕方が無いと思う。

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