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14:人生なるようになる

静かな室内で、体育座りした膝に顔を埋める。

干草の匂いが充満するこの場所には、窓がないため時刻的には太陽が昇っているはずでも光は入らない。

年代を感じさせる作りの癖に、きっちりと隙間がないなんて、どれだけ見事な設計をしてくれたんだ、と悪態が喉元まで競りあがったが、口にしても無駄なのでごくりと飲み込んだ。


現在凪はガーヴの故郷である村に来ていた。

『羅刹』と呼ばれる秀介との接触の後、倒れたラルゴを介抱するために移動したのだが、これがまた根性と気力がいる作業だった。

なにしろラルゴは元の世界の単位にして2メートルは超える巨漢。縦も横もより遥かに大きい。

それは凪よりも上背があるガーヴと比べても同じで、初めは一人で運ぼうとした彼に、自分を守ろうとして傷ついたのだからと補助を申し出たのだが、後悔はないものの歯を食いしばりすぎて血管が切れるかと思った。


ガーヴは自分の住んでいる村はすぐそこにあると言っていたくせに、歩けど歩けど姿は現さず、太陽の傾きから算出するに、実に一時間以上は歩いたはずだ。

右肩を担いだ彼と反対の左の肩の下から支えたのだが、バランスを崩す身長差もさることながら、見るからに見事な筋肉で武装されたラルゴの重さったらなかった。

凪もガーヴも必死に頑張ったものの、歩みは遅々としたもので、普段は眠っている根性を奮起させたものの、舗装されていない獣道を歩くのはかなりきつかった。

一人で歩いても確実に息切れしていたろうに、ラルゴという重みが身体に圧し掛かっているだけに、村に付いたと同時に膝が折れて立ち上がれなくなった。

お陰で漸くバランスを取っていたガーヴもラルゴを支えたまま地面に転がり、その音で村人たちが集まり、それからあれよあれよと言う間に『納屋』的な場所に放り込まれた。


恐らく室内に充満する干草の匂いは、動物の餌ではないだろうか。

束にして撒かれた様子は、北海道の牧場を撮影したテレビで見たことがあるのと酷似している。

ちくちくと背中を刺す干草に地味に凹みながら、疲れたため息を吐き出した。

ガーヴがさり気無く口にした言葉に危機感を覚えたにも拘らず、あっさりと全てを忘れた自分に嫌気がさす。



「・・・対立する種族だって教えてもらったんだけどなぁ」



ため息を吐きながらの呟きは、我ながら元気がなかった。

ラルゴを助けるために村に来たのには後悔はないが、何の対策もしていなかった自分に自己嫌悪の年は募る。

暗さに慣れた目に縞の入った尻尾が移り、もう一度深く嘆息した。

目に見えないが、頭の上には丸っこくて白い、お揃いの耳もある。

明らかに虎っぽい見た目だ。百歩譲って誤魔化しても『猫』。勘違いしてくれればいいのに、『狼』の目は普通に鋭かった。

『狼』と『虎』の仲が悪いなんて元の世界では聞いたことがない。

詳しくは知らないがなんとなく分布地が違う気がするし、対立するなんて話は本でも読んだことがない。

なんで仲良くしてくれないのとか、人類みな兄弟って言うじゃないとか、今更な言葉が脳裏に浮かんでは消えていった。


それでも彼らが極悪非道の生き物でないのはわかった。

対立する種族で汗を滝のように流して洗い呼吸を繰り返す凪に、水が入っている皿の差し入れがあった。───もう飲みつくしてしまっていが。

とてもありがたいものだったけれど、どうせ水を組ならスープ皿のように底が浅いものではなく、ジョッキにして欲しかった。ビール(大)くらいの大きさを所望する。

慣れない密林をガーヴが持っていた飲み水を分けてもらいながら騙し騙し進んでいたが、思い切り汗を掻いていた。

脱水症状を起こして倒れるかと思ったほどだ。

ここの森は暑さと湿気があるだけに、ダランの近くにあった森より遥かに移動に適してない。


今もじんわりと纏わり付く湿気にため息を吐き出し、こんなにじめじめしていればさぞ干草の痛みも早いだろうと目を遠くした。

しかし湿気の割りには暑さはない。どういう仕組みになっているか風は流れていて、サウナのような蒸し風呂状態でないのが救いだ。



「いや、これはあまり救いじゃないよね。どちらかって言うと対立種族の連れだっていうのに、ラルゴの手当てをしてくれているのが救いかな」



先ほどガーヴがこっそりと扉の外から教えてくれた。

運び入れた『龍』は、村一番の医者がきっちりと手当をしてくれたのだと。

怪我が酷くて数日は熱を出して寝込むだろうが、『龍』の回復力を持ってすれば一週間もすれば起き上がれるようになるらしい。

改めて見たラルゴの怪我は、骨が皮を突き破って出ている箇所があったし、切り傷も青痣も半端なかったのでそんなに早い期間で回復するとは信じられないが、『龍』は色々と規格外らしいし信じてもいい情報だろう。

何より凪を謀ってもガーヴが得することはないので、嘘をつくとは思えない。



「まあ、ラルゴが無事なら上々だね。私は無傷だし、これくらいは我慢しなくちゃ。今ここで手を出さないなら、大人しくしてる間はラルゴの面倒を見ていてくれるかもしれないし」



ラルゴの怪我は素人の凪ではどうすることも出来ない。

彼が倒れてから服を裂いて作った簡易的な包帯を巻いておいたが、本職とはレベルとラベルが違うだろう。

プロの手が借りられる状況なら、逆らわずに大人しくするのが凪に取れるラルゴのための精一杯の手段だ。

彼が回復するのなら、湿気た室内の環境も、干草の匂いも、光が届かない暗闇も我慢しよう。



「あー・・・でも、食事はどうなるんだろう。排泄はないけど、お腹は空くんだよね」



膝を抱えたまま天井を見上げ、ぽつりと呟く。

排泄がないこの身体は基本的に便利だが、傷を負った場合は特に酷く腹が減る。

意思を持ったものは凪に触れられないが、意思がなければ容易に触れられる。

跳ねた礫や飛んできた小枝で小さな切り傷は歩いている内に回復して無傷な状態に戻っているが、異常な治癒力を発揮した為にお腹はとても空腹だ。


最悪はこの部屋に沢山ある干草を食べて繋ぐしかない。

草を食べて腹を壊さないか不安だが、なんとかなると信じよう。

古人も言ってる。腹が減っては戦は出来ぬ、と。

中途半端に神様補正が利いているが、食事を好む凪のために空腹というスパイスを残してくれた神様のお陰で、きゅるきゅると鳴る腹を押さえて、もう一度ため息を吐き出した。

食事を摂らないと空腹を感じる身体は、果たしてどこまで何も食べずに耐え続けるのか。

少しだけ興味が沸かないでもないが、実験するにはやっぱり根性が足りなかった。

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