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13:人生はプラスマイナスゼロ その5

ざかざかざかと己に出来る限りの速度で足を動かす。

小枝が足を掠り、髪が乱れて、息が上がっても気にしない。

早く、早くと急く心のままに、必死に走り続けた。


走れば走るほど、この場が密林と呼ばれるに相応しいと確信する。

山など学校行事くらいでしか行かなかった凪は、日本のさり気無く舗装された山道でも青色吐息だった。

ダランにつくまでラルゴと二人で歩いた道も相当にきつかったが、当社比でここはあの1.5倍くらいの辛さだろう。


まず気候が体力を奪い、鬱陶しい蔓や草が視野を遮り、時には棘のある茂みを分け入らなければいけないのがキツイ。

しかも鳥の鳴き声だけならともかく、遠くから聞こえる獣の呻り声的なものがノミの心臓をばくばくと早め、油断していると顔面に直撃する小虫が精神力を削り取る。

蚊柱に突っ込むたびに悲鳴を上げながら、この土地にフィラリアだかマラリアだかがあったら最悪だと半泣き状態だった。

ウィルの加護で虫が顔に当たる感触を身に受ける最悪のパターンだけは回避できたが、顔をすり抜ける蚊の軍団も喜色悪さでは変わらない。


ついでに精神力を削るのは虫の強襲だけじゃない。

何故だか隣を並走する『狼』の存在も、多大にダメージを与えていた。



「あっははは!お前、面白いなー!なんで手がすり抜けるんだ?掴まえようとしても、服もすり抜けるぞ」

「・・・・・・」

「見たことない、変な生き物だ!さっきから木の枝に足を引っ掛けては転んでるのに、俺様は触れないしな」



凪が全力で走り続けているのに対し、頭の後ろで腕を組んだ『狼』は、けらけらと余裕の笑みを浮かべながらの走行だ。

横に並んだかと思えば、ひょいと飛び出て前に来たり、かと思えば凪を飛び越えて後ろに移動したりする。

常にぱたぱたと振られる尻尾と、好奇心に溢れている表情や、ひくひくと動く三角の耳で機嫌がいいのは窺えるが、少しは黙っていてくれないだろうか。

自分が必死になっているときに余裕の人間が視界をうろつくと、余計に疲れる気がする。

折れたり崩れたりして自然が崩壊している、ラルゴの軌跡とも呼べる跡を辿っているのだが、もう限界寸前だ。

額から止め処なく汗が流れ落ち、顎を伝って地面に落ちる。

それすら触れるのかとひょいと手を差し出した『狼』は、雫が通り抜けるのを見て、目をまん丸にすると、ぷわわっと尻尾を膨らませた。



「面白い!面白すぎるぜ、お前!なぁなぁ、俺様と一緒に村に行こうぜ」

「っ、そ、れは・・・さっき、か、ら───今、はむ、り・・・だ、とおこと、わりして」

「でもさー、お前がどこに行きたいか知らねえけど、つく前に力尽きるのが落ちじゃねえか?そんな無駄なことせずに、俺様と一緒に行こうぜ!」

「・・・ひゅ・・・は・・・はぁ」

「村には美味いもんが一杯あるぞー。血が滴る生肉や、首を締める前の鶏!あ、虫が良ければ蜘蛛とか蛾とか、芋虫も美味いよな」

「───・・・!!」



耳にする言葉に、限界だと思っていた速度がさらに上がる。

彼の話を聞いて益々『村』に行きたくなくなった。

歓迎してくれるつもりのようだが、好意で差し出された料理を食べきれる自信が無い。


息が切れ、喉をひゅーひゅーと鳴らしながら、心の奥から後悔していた。

ウィルの加護があるのだから、あの焚き火の場所で待たずに進めばよかったのだ。

迷子になるかもしれないとの危惧は、くっきりと一方を向いて倒された木々が粉砕してくれた。

矢印が地面に出来ているのと同じくらい、明確な道筋があるのに、どうしてすぐにそれに気づけなかったのか。

間抜けすぎる自分に歯噛みしつつ、一生懸命走る。



「ってかさ、お前もう歩いたほうが早いんじゃね?俺様、歩いてるけどお前の前にいるし」

「・・・・・・」

「俺様が気づく前に歩いてるのか?まだそんなに進んでねぇけどなあ」

「・・・・・・・・・」

「そんなにこの先に進みたいのか?」

「・・・・・・」

「おい、どうなんだよ」

「す、すみ、たいで、す。この先に、私、の知り、合いが・・・」

「知り合い、ねぇ。こっから先は俺様の縄張りじゃねえんだよな」



気を抜けば止まりそうになる足を必死に動かし、ぐっと体を押し出す。

息も絶え絶えな凪を眺めていた『狼』は、『仕方ねえか』と苦笑してくしゃりと笑った。



「お前、ここに居ろ。俺様がつれてきてやるよ」

「・・・で、も」

「大丈夫、危害は加えねぇから。それよりお前のが覚悟しておけよ。こんだけの衝撃を受けたなら、普通は五体満足じゃねえからな」

「・・・・・・」



それは、ラルゴがウィルに吹き飛ばされて、多くの木々をなぎ倒す様子を見てから覚悟していた。

獣人の中でも頂点付近のヒエラルキーにいる龍は、それでも神が相手では赤子を捻るよりも容易に消えていった。

五体満足であると信じたい。けどそれならどうして凪の元に戻ってきてくれないのかと疑問が残る。


心の奥から滲むのは、不安だ。

この世界で全てを知りながらも味方でいてくれた唯一の『獣人』。

毎日を一緒に過ごすようになり、いつの間にか雇い主として以上の感情を抱いていた。


俯いた凪に驚く気配が伝わって、視界に大きな掌が通り過ぎていく。

どうやら頭を撫でようとして、そのまますり抜けてしまったらしい。



「これ、面倒だな。お前が悲しんでても、慰められねえじゃん」

「・・・慰め、る必、要はあり。ません・・・・ラ、ルゴは、無、事です」

「そ・・・っか。お前が言うなら、そうなのかもな。で?どうする?」

「どう・・・て?」

「俺様を信じてお前の仲間を運んでもらうか。相手に致命傷があれば決定的になる、お前のとろとろした動きで進むか」



さらりと二択を突きつけられ、乾いた口内にごくりと喉を鳴らす。

だが乾きすぎていた喉では上手く嚥下できず、背中を丸めてごほごほと咽た。

しゃがみこみ生理的な涙を拭うと、こちらを見下ろす『狼』の目をじっと見詰める。

絡んだ視線に戸惑うように右耳をピルピル動かした彼は、こてりと首を傾げた。


数度深呼吸を繰り返し、話せる程度まで現状を回復させる。

その二択なら、最善と思えるのは一方しかない。

だがその一方を選ぶために、彼に問いたいことがあった。



「・・・私の名前は、凪です。(今は)白虎の」

「白虎!?白虎って初めてだ。たまに村に来る虎と、本当に色が違うんだなぁ!お前の色、凄く綺麗だと思ってたんだぜ」



名前と種族を伝えると、ぱっと笑った彼は、忙しなく凪の身体の回りを動く。

鼻を近づけてにおいをかいだり、触れれないと知りながらも指を伸ばし、通り抜けた掌を不満そうに睨んだり。

素直に喜怒哀楽を表現する『狼』は、もしかしたら年下かもしれない。

僅かな間彼の動きを観察し、裏表がないと判断すると、一つため息を吐き出した。



「どうした?」

「私は私の名前を名乗りました。あなたの名前を教えてください」

「お!そうだな!えと、今更だけど、俺様の名前は『狼のガーヴ』!対立する種族だけど、俺様たちは仲良くやってこうぜ!」



にかっと唇を持ち上げて、太陽みたいな明るさで笑った彼は、一つ爆弾発言をくださった。

『対立する種族』とは、この場合『虎と狼』だろう。というより、それ以外が思いつかない。

彼の言葉では近くに村があるらしいし、常識で考えると『狼』の村なのだろう。

ダランのように他種族が集まる町や村は少ないと言っていたし、秘境に行けば種族だけで集落を打ち立てているとも。


最悪のパターンだ。

現状凪の味方はラルゴしかいないのに、どういうポジションか理解できない『狼』と、さらに広義の意味で取れば村の『狼』たちも同様だ。

彼らが凪に対して害する意思を持っていれば、どんな攻撃も接触も通過する。

だがこの力は無機物には利かない。

もし万が一どこかの檻に閉じ込められたら、本当に目も当てられない。

それならせめて、傷ついているはずのラルゴを助けなければ。


打算を頭の中で組み立て上げ、犬歯をむき出しにして笑うガーヴに手を差し出した。

眉を持ち上げてどうしたんだと考え込んだ彼は、一拍後ぱっと嬉しげに笑った。



「助けてください、ガーヴさん。護衛の・・・友達の命が掛かってるんです」

「勿論だ!俺様を信じたお前は俺様のダチで、お前のダチは俺様のダチ!ちょっとひとっ走りしてくるから、そこにいろ!」



走り去る体勢で首だけをこちらに向けたガーヴは、酷く楽しそうな色を瞳に宿した。

ひらひらと掌を振って、そのまま一気に加速する。

柔軟な神経と強靭な筋肉のなせる業だろうが、これなら彼が凪が辿り着く前に致命傷が決定的になると言っていた理由は理解できた。


ともかくラルゴを助けれるとの安堵感から、近くの木に背を凭れるとずるずると腰を地面に落とす。

頂き物のシャツもパンツも薄汚れて、ところどころ切れたりほつれたりしているので、向こうに帰ったら最初にするのは修繕だ。

そんなことを考える余裕まで出てきて、ふっと肺に溜まっていた息をゆっくりと吐き出した



「・・・それにしても」



ぽつりと言葉が零れてしまう。



「一人称で『俺様』を使う人、人間の中でも獣人の中でも始めてだ」



全くどうでもいいけれど、少し気になった言葉遣いに、それを考える余裕が出来ている自分に、笑ってしまった。

どうやらいきずりで初めて顔を合わせたばかりの少年に、瀕死かもしれないラルゴを任せても大丈夫と断じたらしい。

平和ボケしている凪の判断が甘いのか、信じれると感じた心を信じればいいのか、そこは微妙に複雑なところだ。

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