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13:人生はプラスマイナスゼロ その2

瞼の裏を明るい光が焼く。

少しだけ硬いが、頬に触れるシーツは滑らかでベッドも中々寝心地がいい。

未だに夢路を彷徨いかける意識を野放しにして、ひんやりとしたそれに身体を摺り寄せた。



「ふ、・・・くくっ」



密やかなテノールが小さく響き、ベッドがもぞもぞと動き出す。

どちらかと言えば寝汚い凪は、まだ寝たりないと眉間に皺を刻み、動くベッドをぱしりと叩いた。

しかし打ち付けた掌は呆気なく捕獲され、温度の低い何かに弄くられる。

親指から粘着質に一本一本撫でられるように触れられ、重たい瞼を気力で持ち上げた。



「おはよう、凪。まだ眠いのか?」

「・・・・・・」

「あー、やっぱお前は可愛いな。ちいせぇし、細いし、全部が小作りで可愛い」

「・・・・・・」

「ほら、おはようって言ってみな。お前の声が聞きてえ」



至近距離にある真っ赤な瞳に、自然と目が据わる。

ウィルの腕を二つ並べたくらいの細さの木に背を凭せ掛け、自身の身体の上に凪を抱き上げて笑う神様は至極ご満悦だ。

またたびを前に上機嫌に喉を鳴らす猫のように、三日月形に細められた瞳は、ただ凪だけを映している。

これだけぴったりくっついていたら少しは暑苦しさを感じるはずなのに、周囲の温度は丁度いい。

昨夜は湿った空気がじとりと全身を包んでいたが、きっとこれも凪を溺愛する神様補正が入ってるのだろう。

色々と迷惑な存在だけれど、こういうときはありがたい。


いや、でもよく考えれば彼の所為でこんな場所に転移させられたのだし、元を正せばありがたがる必要はない気もする。

だがウィルが来たのは凪が助けを求めたからだと言っていたし、やはり感謝せねばならないのだろうか。


腰に腕を回されて身動きがほとんど取れない状態で考え込む凪の頭に顎を乗せて、親ばかな飼い主のようにウィルは愛でてくる。

伸びた髪に指を潜らせて弄んだり、額に手を当てたり、肩口に顔を埋めたりと一人遊びに忙しい。

相手をしなくても勝手に好きにしているウィルを放置し、ちらりと視線を周囲に移す。

いつもならこれだけ密着すれば異議を唱える龍が静かなのが気になった。


視野に入れても、視界には入ってなかった景色を改めて日差しの下で認識し、思わず喉までため息が出掛かる。

イメージはテレビで見たアマゾンと沖縄の中間だろうか。自分でも微妙な表現だと思うが、そんな雰囲気だ。

空は高くて青い場所にあり、湿気を含んでも風は意外と吹いている。

緑が豊富で、木には蔦が侍り、実はなっていないが椰子や竹のような木も沢山生えていた。

鳥の鳴き声が絶えず響き、夜とは違い獣の気配は近くにない。

もっとも凪には気配を読むスキルはないので、実際に近くにいるかいないかは別問題だ。

ちなみに近くに居てもウィルがいるから大丈夫だろう。

事実さっきから、両腕を伸ばしたくらいの距離から飛んでいる虫が近づいてこない。

過保護なウィルが何らかの仕掛けを施してくれたのだと思う。

自分でも弱いと自覚してるだけに、毒を持ってるかもしれない虫が近づいてこないだけでとても助かる。


しかし───。



「・・・ラルゴ、寝てるの?」

「・・・・・・」

「起きれる?って言うか、それ以前に生きてる?」

「・・・何とか、な」



虫が近づけない距離よりもう少し離れた場所に倒れていたラルゴは、凪の声に頭を振りながら上体を起こした。

うつ伏せに倒れていたようだが、身体は大丈夫なのだろうか。

落ち葉や小枝、更に虫や爬虫類などが闊歩する中放置されていたらしい彼は、マントの前面を手で払うとどすんと腰から落ちた。

その拍子にひらりとマントがめくれ、咄嗟に視線を逸らす。

下に何も着てないので見えても仕方ないと思うが、爽やかな朝から見たいものでもない。

微かに映った褐色の肌を脳裏から消去しつつ、もう一度ラルゴを眺めた。



「・・・顔、凄いことになってるよ」

「わかってるよ。ったく、こいつ理屈が通じない強さだ。半端ねぇ。この俺がここまで完膚なきまでに負けるなんて、何年ぶりか思い出せねぇよクソッタレ」



おたふく風邪にかかった子供のように頬を腫れさせ、そこら中を青痣や擦り傷で彩ったラルゴは、致命傷は無さそうだが地味にダメージを受けていた。

額は擦り切れかさぶたが出来始めている。昨日傷ついたなら、随分と回復が早いと感心しながらも、痛々しい姿に柳眉を顰めた。


この世界に来てからずっと彼に庇護されていた凪は知っている。

龍は秀でた力を持っているが、その中でもラルゴが超一級の腕を持っているだろうことを。

一度だけ行ったギルドの面々も彼の名前を知っていたし、凪から見たら十分に強そうなあの虎のゼントすら子供のようにあしらっていた。


元から持つ才能と、それを磨いた技術と経験。

今なら判る。彼との出会いが偶然ではなく、ウィルによって仕組まれていたものだと。

何人か候補は居たのだろうが、凪の性格との兼ね合いや、実力、経験、その他色々なものを鑑みて、ウィルがラルゴを選んだのだ。

数週間彼と過ごしたが、気詰まりを感じることはほとんどなかった。

豪放でいて繊細に気を使い、適当なようでいてこまめなラルゴは、自然と人の心を解す力を持っている。

実力、人柄(龍柄?)共に一番相性が良い彼は、多少ぶっ飛んだ部分があっても凪にとって最良の保護者だった。


その彼が、顔を歪めて敗北を語っている。

淡々とした口調だが、怒りや悔しさが金目に宿り、爛々とした輝きを放っていた。

初めてラルゴに対して本能的な恐怖が全身を駆け抜ける。

ぶるりと身体を震わせた凪を背後から抱きしめたウィルは、不機嫌そうに鼻を鳴らした。



「おい、駄龍。凪が恐がるから、無駄な殺気を放つな」

「・・・悪い、お嬢。ちょっと冷静さを欠いてた」

「はん、龍の癖に神に勝てると思ってたのか。傷一つ与えれるはずがねぇだろ、バーカ」

「むかつく。何がむかつくって、あの子供並の語彙の中で放たれる言葉がむかつく。そんでもって、こんなレベル低い相手に勝てねぇ自分がむかつく」



額に青筋を浮かべたラルゴが、笑顔のままに苛立ちを訴える。

だが凪を恐怖させた殺気は最早なく、器用な姿にある意味感心した。



「・・・昨日、私が寝てからも喧嘩してたの?」

「喧嘩なんて対等なもんしてねぇよ。俺が一方的に甚振られてた」

「ラルゴが?」

「ああ。傷を与えるどころか一発も触れねえ。派手に吹っ飛ばされても、お嬢に衝撃どころか音すら伝えねぇ。思い切り地面に叩きつけられても葉っぱ一枚舞い上がらねぇし、ほっそい木にぶち当たっても俺の体重でも折れねぇ。腹が立つが、腐っても神様ってことだな。力のあり方が違ってる」

「神が腐るわけねえだろ。・・・なぁ、凪。お前この龍と一緒に居ると、馬鹿が移るんじゃねえか?」

「馬鹿は移んねぇよ!」

「お前なら感染しそうでなんか嫌だ」

「『なんか嫌だ』じゃねえ!なんだよ、お前!俺が嫌いか!?嫌いなんだろ!」



唾が飛ぶ勢いで足早に距離を詰めるラルゴだが、途中で何かにぶつかったように跳ね飛ばされた。

虫が入ってこないエリアと同じくらいの位置で、もしかしてウィルの中では彼も同じ認識なのではと疑問が浮上する。

勿論口にはしなかったが、ラルゴの機嫌をこれ以上逆撫でしないでおこうという気遣いはウィルの一言で無駄になった。



「───当然だ。常に俺の愛し子の傍に居続けるお前を好むはずがないだろうが。なんだ?お前、俺に好かれたかったのか?残念だったな」

「全然、微塵も、残念じゃねぇよ!俺もテメェなんか嫌いだ!ってかお嬢を放せ!今すぐ俺に寄越せ!テメェの傍に居るほうが変なもんが移りそうだ」

「俺から移ったものは凪は喜んで受け入れるに決まってるだろ。本当に馬鹿だな、お前は」

「──────っ」



ぶるぶると拳を振るわせたラルゴの顔は、怒りで真っ赤になっている。

これではまるで昨日と同じだ。もう爽やかな朝の目覚めなんて吹っ飛んだ。

そもそも神様の上で目覚めて爽やかな目覚めだ何だと言えるはずがないのだが、色々と達観しそうで嫌になる。


騒音も気にせず至ってレベルの低い喧嘩を始めた二人組みに、深くて重いため息を吐き出した。

この場から凪を救い出してくれる勇者は、現れてくれそうにない。

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