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13:人生はプラスマイナスゼロ

「・・・・・・」

「・・・・・・」



薄暗い闇の中、うっそうと生い茂る草木の中で、静かに歌う鳥の声を聞く。

月は中天に差し掛かり、背の高い木の隙間から微かな光源を与えた。

テレビで聞いたフクロウとよく似た声を聞きながら、ぽかんと開いた口が塞がらない。

つい先ほどまで見ていた光景と全く違う雰囲気に、何を言えばいいかもわからなかった。



「・・・・・・信じられない」

「・・・・・・俺もだ」



巻き込まれる形になったラルゴは、凪を片手に抱いたままがしがしと頭を掻いた。

むわりとした湿気が全身を包み、熱を孕んだ風が頬を擽って遠ざかる。

幾度瞬きを繰り返しても、目を擦っても変わらない現実に、全身の力が抜けていった。



「なんでこうなるの?」

「それは俺が聞きたいくらいだ」

「私たち、荷物は全部宿に置いて来たよね?着替えも、食事も、本も」

「ああ。だがお嬢はまだマシだろう?俺なんか武器以外はマントだけだぞ?これ脱いだら全裸だからな。言葉通りに無防備な状態だ」

「そんなの私だって変わらないよ。服は着てても持ってるのは財布だけ。でもこんなとこでお金なんて役に立たないでしょ」

「・・・紙幣を燃やすか?」

「木があるでしょうが。なんで敢えてお金を燃やすの」

「いや、気分的に」

「───今は冗談を聞く気分じゃない」



肌を包む暑さの所為だろうか。普段よりも険のある口調で返した凪に、眉を下げたラルゴが情けない表情になった。

夜目が利く凪だからなんとか彼の表情を捉えているが、街灯もない森の中・・・は、本来人間にとっては辛い。

マント越しに触れる体温が安心を与えてくれているのは理解しているが、それでもどうしようもなくやるせない気持ちが先立った。



「・・・ウィル」

「何だ?」



自分にだけ許された呼び名を口にすれば、白い印象が強い美貌の青年───に見える神様は、くしゃりと顔を崩して笑った。

年を経た悪戯っ子のように無邪気な表情だが、やっている内容は無邪気で済まされるものではない。

むしろさっくりと危険に曝されている。

先ほどからいたるところで獣の呻り声が聞こえてくるし、ラルゴが居なければとうの昔に襲われていただろう。

そうなっても目の前の神様の加護で生き延びることは出来るだろうが、その後を考えると想像もしたくない。

何しろサバイバルとは正反対の位置にいる凪だ。こんな亜熱帯の森に一人で残されても、どうやって脱出するかなんて思いつかない。


さっきまでの凪は、虎と鷹に宿を追われて、顔見知りのパン屋の家に向かっているはずだった。

整備された石畳の上を歩き、人工的な明かりがちらほら灯っている街中を進んでいたのだ。

あそこも確かに暗かったけど、ここまで深い闇ではなかったのに、唐突に目の前に出現したウィルにより、呆気なくどこかに飛ばされた。


瞬きする間に、とはああいう状況で使うのだと、身を持って知らされた。

ウィルが現れて『え?』と思い、一つ瞬きした後には、もう二人はここに居た。



「どうして私とラルゴは森の中に居るんですか」

「どうしてって───お前、助けを求めただろ?だから助けてやったんだ。その龍はついでのおまけだ。転送のときに腕だけ引っ付いてると、お前が汚れんだろ」

「それ以前にスプラッタナ状況に泣き叫びますけどね」

「それなら身体も一緒に移動させておいて正解だったな!お前の泣き顔は俺のためだけにあればいい」

「・・・そういう問題じゃないでしょうが」



全く要領が得ない会話に頭痛を感じて、眉間に深い皺が刻まれる。

久し振りに会ったウィルは、相変わらず神様規範の突き抜けた性格をしていた。

凪を腕に抱いたままで居るラルゴは、呆れ交じりのため息を吐いている。

いい加減ウィルの性格に慣れ始めたのだろう。

自分の腕を切り落とすと言われて、恐怖すら感じさせない胆力は流石のものだが、凪のことで喧嘩するよりも、この場面で怒る方が適当な気はした。



「お嬢、こいつに何言っても無駄だぜ。会話ができねえ」

「・・・勘違いするな。そもそも俺はお前と会話をする気がないだけだ。失せろ間男」

「間男はテメェだ!本気で神様なのか!?間男とか、そんな俗物の言葉をなんで知ってるんだよ!?」

「それは俺が神だからだ」

「うっせぇよ!俺と会話する気はなかったんじゃねぇのか!」

「会話じゃない。独り言だ」

「子供か!?」



腕を切り落とすと言われても気にしなかったラルゴなのに、窘めるようにしていた態度があっという間に一変した。

やはり彼の怒りのポイントはわからない。

自称ではなく、本当にこの世界の神であるウィル相手に、額に青筋を浮かべてがなっている。

飛んでくる唾をさり気無く持ち上げた彼のマントで防ぎつつ、一向に進展しない事態に疲れが身体に圧し掛かった。


夜空は綺麗で煌々と輝く星は目にも眩しい。

湿気を含んだ暑ささえ我慢できれば、闇に響く鳥の鳴き声も、キャンプに来ていると思い込むことが出来ると思う。

近くから聞こえた獣の呻り声も、喧々囂々とやりあう龍と神の遣り取りで、気がつけばなくなっていた。



「大体テメェは神様って割りに、お嬢に迷惑を掛けすぎなんだよ!」

「・・・何だと?俺がいつ愛し子に迷惑を掛けたって言うんだ。常に凪を第一に考える俺が、こいつに迷惑掛けるはずないだろ」

「その考え自体が迷惑だっての!助けを求めたからって、いきなり見知らぬ土地に送るとか、ありえねぇだろ!」

「実際にありえるからこの状況なんだろうが。これだから龍は駄目だな。筋力ばかり発達して、脳には栄養が行ってない」

「空気読めないテメェに言われたかねぇよ!見ろよ、お嬢のこの顔!迷惑だって書いてあるだろ!」

「・・・本気でバカだな、お前。顔に文字が浮き出るわけないだろ」

「言葉の奥を読めよ、神様なら!」



心底下らない遣り取りに、段々と緊張感も薄れてきた。

そうすると不思議と眠くなるのが人の特性で、見ず知らずの、明らかに危険が潜んでいそうな森の中で眠気に襲われる自分の図太さに感心する。

勿論、一人であれば恐怖に震えていただろう。

しかし全力で虎の威を借る狐の凪には、龍のラルゴと神様のウィルが傍に居る。

絶対的な守りで安全を保障される今、寝てはいけない理由が見つからなかった。



「・・・・・・!!」

「・・・!・・・・・・!!!!」



夜空に響く野太い声をBGMに、うとうとと瞼が落ちかける。

これだけ眠れるのにどうして身長が伸びなかったのだろうと考えながら、疲れた一日に幕を閉じた。

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