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閑話【息をするために必要なもの】

足りない。飢えている。ずっと、生れ落ちた瞬間から満たされぬ思いを抱え、どうしようもない飢餓感から力を振るい獣を屈服させてきた。

だがどれだけ強い敵を屠っても、力付くで屈服させても、まだ足りない。

求めているものはこれじゃないと、常に心が啼いている。



「───おい。まだ理性は残ってるか?」

「・・・うぁああぁう」



目の前に現れた生物に、ざわりと毛が逆立つような感覚を覚えた。

どれだけ生きてきたか覚えていないが、こんな感覚を与えるのは目の前の生物だけだ。


迷いなく握った拳を突き出し、がら空きの胴体に叩き込む。

勢いが乗った全力の一撃は、ドラゴンすら即死させる力が篭められていた。

それなのに。



「ふん、相変わらずだな。お前が言葉を話さなくなったのはいつからだったか・・・俺からしたら僅かな間でも、お前には長かったんだろうな」

「あー!!う、あああ!!」

「それでも一応言葉は理解できる、か。まあ、上々なほうだろう。この程度なら、あいつも許してくれるはずだ」



すり抜けた掌を地面に当てて不満を訴える。

だがそんな『  』の状態に興味も持たず、全体的に白い生物は、唯一持つ色である血よりも濃い赤の瞳をすっと眇めた。

薄い唇がゆるりと持ち上がる。顎に手をあて、酷く満足そうな顔でこちらを見下ろす態度が癇に障った。

もう一度、今度は拳ではなく足での攻撃に切り替える。

右、左、右、右、左。

目にも留まらぬ攻撃だが、やはり一発としてこの白い生物には当たらない。

悔しさのあまり近くにあった巨木を蹴り倒したが、倒れた木の下敷きになったはずの生物は、やはり何食わぬ顔でその場に立っていた。



「200年前に会いにきたときは、まだ俺が誰か覚えてたんだがな。いや、この反応はどっかで覚えてんのか?」

「あるぅぅぅううう!がぁ!!」

「ああ、やっぱ覚えてんのか。だが俺に対する優先順位は低い。一番守りたい記憶を残すため、取捨選択したってわけだな」



ふん、と鼻を鳴らした白い生物は、ふわりと身に纏う白を揺らしながら飛んだ。


逃してはならない。

そう訴える心のままに、屈折させた膝の勢いを利用し高く跳躍する。

呆気なく眼前に迫った顔に手を突き出すが、やはり手ごたえはない。



頭のどこかで声が響く。

自分のもののようでいて、どこか遠い声が。


───聞かなければ。

確かめなければならない。

あとどれくらいの時間を待たねばならないのか。

自分に欠けたものは、いつ満たされるのか。

遥か昔の約束は、いつ果たされるのか。


だが自分に欠けたものは何だ。

腕もある、足もある。胴体も耳も、絶対的な力もある。

日々の生活で不足するものはなく、王者である自分に逆らう存在もない。

そんな自分に何が欠けているというのか。

そして『約束』とはなんなのか。

自分と意思疎通が出来る生物は、ここにはいない。

否、正確に言えば目の前に居るが、この白い生物と何らかの『約束』をしたのだろうか。

そもそも『約束』とは一体どんな意味を持つのか。


わからない。

何もかもが理解の範疇外にあり、もどかしい感情だけが胸の奥から沸いて出る。



「無駄だ。お前は俺に触れねえ」

「グぁああっ!!」

「だが、焦ることもねぇよ。あいつらはこっちに来てる。そうだな、お前はまあ、よくやった」

「・・・・・・っ」



『あいつら』。

『あいつら』がこちらに来ているのか。


ぶわり、と全身の毛が逆立つような衝動が身体中を駆け巡る。

この衝動の根本は怒りではない。怒りではないが、それと酷似した強い何か。



───会える。



頭の中でまた誰かの声が響く。

自分とよく似ているが、全く違う誰かの声が。



───あいつらに、会える。



息が詰まるような衝動に、空中でバランスを崩し地面に落ちた。

頑強な身体は木よりも高い位置から落ちても傷一つ負っていない。

衝撃は感じたが、そんなものは気にならなかった。



「───獣に堕ちても涙を零すか」

「・・・ぅ、・・・ああ」

「『人間』でも『羅刹』でも、涙は透明なものなんだな」



心持ち感心したような響きを残し、白い生物は姿を消した。

初めからそこに存在しなかったように、綺麗に消えた気配に驚きはない。

あれはああいう生き物だ。深追いしようにも出来ない。



「ぁああああ」



喉が震える。

警戒を訴える唸りではなく、獲物を捕らえた歓喜でもなく。

全く別物の、久方ぶりに感じる『想い』に。


ほろほろと頬を伝う雫は雨と違って生暖かい。

目尻から止め処なく零れる不思議な液体を拭うでもなく、『羅刹』と呼ばれた獣は声を上げて啼き続ける。

『心』に宿った『感情』の意味を、未だに理解できぬまま、それでも只管泣き続けた。


時を忘れるくらいに、『彼』自身が『約束』を忘れてしまうくらいに待ち続けた再会の瞬間は、もう目前に迫っている。

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