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12:どう考えてもついてない その3

こそり、と抜け出したドアを必死の思いで気配を消しつつ閉じていく。

このとき重要なのはドアが軋むような音を絶対に出してはいけないという部分だ。

幸いこの宿はとても手入れされていて、二階にあるこの部屋のドアを開け閉めして一度も軋んだ音を立てたことはない。

そろそろと隙間を埋めて行き、最後の難関であるノブを回して引っかからないよう優しく繊細な動きで締めた。

かちり、と小さな音が耳に伝わり、任務完了と集中しすぎて額から流れた汗を拭う。

思わずガッツポーズを取ろうとし、今はそれどころではないと首を振る。

存在を希薄にして切り抜けたが、凪に関して勘が良すぎるラルゴと、爽やかな顔で食えないゼントならすぐに嗅ぎ付けられる気がした。


床の上を靴音が立たないようゆっくりと後ずさる。

ラーリィから貰ったショートブーツはチャックではないがホックで引っ掛ける型で楽だし、動きやすさと軽さと頑丈さは折り紙つきだ。

他にもサンダルとミュール、革靴っぽいのを服に合わせて使いまわしているが、この黒のショートブーツが今のところ一番のお気に入りだった。

ベストは羽織ってないが、風呂に入る前で寝るときの外出に向かない部屋着ではない。

黒のスキニーパンツと白いブラウスの外行きの格好だし、ポケットには財布も装備済みだ。

日本ではあまり考えられなかったが、ダランには普通にスリが現れるということで、最近財布にはチェーンをつけた。

日本では税抜き1200円の安物でも、この世界では上等で財布だけでも盗む価値があるらしく、これを取られたら冗談抜きで文無しになってしまうので肌身離さず身につけるようにしていた。

ラルゴもいざと言うときのために財布だけは持っておけと言っていた。

きっと今日のような凶事を予想していたのだろう。


長い廊下の角を奇跡的に転ばずバックできついに運が向いてきたかと自分的にはニヒルに唇を持ち上げ、一階に降りるべく階段を目指そうと肩の力を抜いた。

外にでれば危険がいっぱいでも、宿内から出なければ大丈夫だろう。

幸いここの宿は入り口に立派な体格の犀のガードマンがいるし、一階にはロビーの横に喫茶室もある。

洗練された空気だし、日本のようにへべれけな酔っ払いもいない。

ラーリィの店でアルバイトを始めたお陰で最近素顔でも慣れてきた宿の職員以外には、『見えない、触れない』ように気配を微弱にしていれば大丈夫のはずだ。


ダランの一般常識としては、酒は飲んでも飲まれるな、らしい。

店で楽しく騒いで飲むのは大歓迎でも、客に絡んだり、道端でリバースしたり、酔って醜態を曝すのはタブーだ。

ちなみにこれはギルドがある冒険者たちの多い一角では常識がまた違うらしいが、進んで危険に近寄る気がない凪はラルゴが危ないから駄目と言ったら守るようにしていた。

何しろ白虎は存在だけでも目立つのだ。地味に生きたい凪には面倒は障害になる。

見た目は同族のゼントにすら『同族なのか』と疑われるほど虚弱で、中身は『人間』、しかも運動神経が千切れていると自覚ありだ。

危険回避の能力だけでも向上しなければ、こんな元の能力が比較できないほど高い獣人の中生き残れない───ような気がする。



「・・・とにかく、第一の危険は突破。あとは私がいないのに気づいた時に迎えに来きてくれるのを待てばいいか。部屋が破壊されてたら、修理代は勿論あの二人持ちだよね」

「あの二人とは?ラルゴ以外にも誰かいるのか?」

「ええ、凶悪な龍と虎が室内を占拠しています。なので掃除ならまた後ほど」

「いや、俺は主の部屋の掃除はせぬ。その凶悪な龍と虎に用があるだけだ」

「え?」



思わず振り返りものすごく後悔した。

そこに居たのはウィルと同じくらい長身の、大きな羽が特徴的な男が立っていた。

強面でありながら付き合ってみれば案外砕けているラルゴと違い、彼のこげ茶の瞳は冴え冴えとした光を宿しこちらを見下ろしている。

ラルゴより薄いが凪やゼントに比べれば十分浅黒い肌をし、酷薄な唇がニヒルな笑みを浮かべていた。

同色の髪はベリーショートにつんつんと無造作なのかセットなのかわからない感じに立っている。

どちらにせよ、冷たいと言うより冷めた印象のある彼にはとてもよく似合っていた。

種族が何か確認するために羽の特徴を捉え、脳裏に一つの答えがじんわり浮かぶ。

彼の種族は鳥の中でも猛禽類に分別される『鷹』だ。


判別した答えに、口の端が引きつった。

運が悪いにもほどがある。

目の前の彼はクールな見た目をしているが、虎や龍と同じくらいの肉食獣だ。

恐い、怖すぎる。

所詮は似非虎でしかない凪には、難易度が高い相手だ。

せめて見た目だけじゃなく変化するたび種族的な能力が得れればいいのに、そんな都合のいい話はなかった。

いやもしかしたらあるのかもしれないが、凪の運動神経が駄目すぎて能力を開花できないのかもしれないけれど。


空回りする脳を必死に回転させ、どうすればここから逃げ出せるのか案を探す。

必死に考えを搾り出す間に、別の疑問に突き当たった。



「あの、」

「何だ?」



艶気のある声にぱちりと一つ瞬きをして、目を見ないよう若干視線を逸らしつつ顔を上げる。

動物界では視線を逸らせば即座に敗北と同じらしいが、この場合どうなのだろうか。

こちらの世界で広げた輪が些細な凪には、タイマンを張るような状況自体が初めてでどう判断すればいいか迷う。

しかしどんな種族が相手でも基本的にいきなり襲い掛かってくるとは考えたくない。

お願いだからジェントルメンでいてくださいと心の中で祈りつつ、重たい口を開いた。



「私が、認識できるんですか?」

「当然だ。俺は眼がいい・・・・からな」



眼がいいと存在を希薄にした状態でも把握できるのか。

中途半端な加護の能力に唇を噛み締めて俯く。

いや、もしかしたら宿内の職員以外には見えないようにするという範囲設定が無理だったのだろうか。

局地指定をしてウィルから貰った能力を使ったことがないので気づかなかっただけかもしれない。

情報不足にリアルに凹んでいると、凪より一回り以上は大きい掌が向けられた。

反射的に、びくりと身体が大袈裟に震える。

しかし掴まえられると身を縮めた凪の想いに反し、その掌はすっと身体をすり抜けた。


何度か経験したが、慣れない光景に目を丸くする。

肩を通った掌は、そのまま実態があれば心臓がある辺りで止まった。



「俺は神子の家系でな、代々神から授けられた獣人以外を見抜く能力がある。主に世界に存在する妖精や精霊だ。だか主はそのどちらでもないな」

「・・・・・・」

「───頭は主は白虎だと訴えておる。しかし俺のはお前の頭部についた耳と尻尾が透けて見えるのだ。代わりに顔の横に見たこともない形の耳がある。挙句存在は希薄だが、妖精や精霊と違う気配だ」



淡々とした口調で妖精や精霊などファンタジー一杯の言葉が出てくるのはとても不思議だ。

この世界に魔法が存在するのは実感してるし、割と身近なとこでちらほら確認している。

科学が発展してない代わりに横行している魔法はとても便利だし、この廊下の照明も魔石と呼ばれる魔力が篭った石を使っているのだが、まさか妖精や精霊までいるとは知らなかった。

何しろ基礎知識は標準装備でも、膨大すぎるので知りたいと思わなければ情報は引き出せない。

脳が混乱するからだと納得しているけれど、便利なのか不便なのか今一わからない能力だ。

知識があっても常識がなければ全てを活かしきるのは難しいと言うのに。



「さて、主の正体を教えてもらおうか」

「・・・」

「───言えぬ、か。ならば当ててやろう。妖精ではなく、精霊でもない。しかして双方に愛され守られている存在は、俺と似て非なるもの。耳も尻尾もよく出来た幻覚。人型なので獣ではないが、我らのような牙も爪も翼もない」

「・・・・・・」

「あの傍若無人なラルゴが片時も傍から放さず庇護を授け、愛想はいいが上辺だけのゼントすら興味を持った。そして俺ですら一目見た瞬間に惹き付けられた」



大人らしく艶やかなフェロモンを放つ『鷹』は、背を屈めると瞳を眇めてぐっと顔を近づける。

吐息は触れるが実体は絶対に重ならない。

頭ではそれを理解しているのに、至近距離にある顔に思わず忙しなく瞬きをした。

逃げる、なんて考え付かない。

『鷹』の男と凪の間には完璧に上下が出来上がっていた。

唇に触れていた吐息がずれ、頬から更に上がり、凪本来の耳元へと向けられる。



「他にも幾つか理由は挙げられるが、俺の推測はこうだ。主は『神の愛し子』、つまり『人間の女』。違うか?」



囁きに似た声で問うた彼は、初めて楽しげに表情を綻ばせた。

しかし確かに笑みであるのだが、子鼠たちの笑顔を見たときのように心は弾まない。

むしろぞくぞくする何かが全身を駆け巡った。

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