12:どう考えてもついてない その2
何も身につけていない全裸の身体を惜しげもなく曝すラルゴは、絶対に羞恥心に欠けている。
そのくせ凪との会話中にいきなり照れて巨体をもじもじさせながら悶えるのだから理解が難しい。
しかし正直その部分はどうでもいい。
今現在必要なのは裸族であっても、あの『料理』と言う名を持つ『劇物』から守ってくれる護衛だ。
通常の護衛がどこまで雇い主を守るべきか知らないが、過保護なラルゴなら笑顔の美青年からもきっと凪を守ってくれるに違いない。
「・・・どうしてそんな素っ裸の龍の後ろに隠れるのかな?」
「素っ裸とか言うな!それじゃ俺が変態みたいじゃねえか!」
「いや、でも実際全裸じゃないですか。羞恥心の欠片もなく隠すことすらしないじゃないですか。女の子の情操教育に悪いですよ」
「お嬢の情操教育はしっかりするから大丈夫だ!」
「・・・いや、私はラルゴに教育してもらうつもりはないから」
目の前にあるきゅっとした臀部を視界に入れつつ、これもセクハラなのだろうかと首を傾げる。
龍の尻尾はお尻ではなく仙骨の辺りから生えている。
凪の両腕を合わせた幅と同じくらいの太さで、動物園の爬虫類館で見たトカゲとは少し違う感じだ。
見苦しくない、鑑賞物のような身体つきなのでつい美術品を眺めるようにしてしまうが、この場合羞恥心が足りないのはラルゴだけじゃなく凪もだろう。
筋肉がついて張りがある背中を視線で辿れば、肩甲骨の間に鱗のような、宝石のような不可思議な赤い物体が嵌めこまれている。
あれは龍の人には必ず存在する『逆鱗』らしいが、別に弱点とかではないらしい。
事実触らせてもらってもいきなり憤怒で理性を失くすとか、弱体化して倒れこむとかなかった。
それでも特別な意味があるらしいが、頬を染めたラルゴが微妙だったので詳しく聞いていない。
「そうか。いや、でもお嬢を俺色に染めて教育するのもありか・・・?」
「なしだよ、なし」
「そうですよ。ナギちゃん折角可愛いのに、ラルゴさんに教育されたら将来が見えちゃうじゃないですか。『がっはっは』とか言いながら全裸で恥ずかしげもなく歩く女の子なんて、俺個人的にはちょっと好みに当てはまらないですね」
「別にお前の好みなんてどうでもいいんだよ!ってか、何だその発想。俺はお淑やかな淑女に育てて───」
「好みのタイプは後腐れない肉惑的な美女って言ってたじゃないですか」
「だー!!テメェ、お嬢の前で余計なこと言ってんじゃねえぞ!俺のイメージが崩れるだろ!」
不機嫌になるとすぐに尻尾で床を叩く癖があるラルゴに、乗っているベッドをべしべし叩かれ身体がぴょんぴょんバウンドする。
このベッド、素晴らしく体格がいいラルゴと一緒に寝ても平気な頑丈な代物だが、固いスプリングが勢いでぎしぎし音を立てているけど大丈夫だろうか。
渋い表情で自腹を叩いた本を抱きしめなおした凪は、小さな口唇をゆったり開いた。
「ラルゴ」
「何だ、お嬢?」
油断なくゼントに武器を構えたまま、首だけ回してこちらを見詰める。
その瞳は喜色できらきら輝いていて、思わず肺の奥から込み上げてきた深いため息を吐き出す。
興奮すると動き回る尻尾を警戒しながら、胡乱な眼差しを彼に向けた。
「心配しなくても、ラルゴの印象は崩れたりしないよ」
「っ、本当か!?それって、その、俺を心から信頼してるとか、そんな感じで?」
「いや、今更崩れるほどラルゴを神聖視してないから」
「酷ぇ!!それって、酷すぎるぜお嬢!」
「あはははは、仕方ないですよラルゴさん。そもそも種族が違うから恋愛対象にはならないし、保護者としてもデリカシーがないから微妙ですよね」
「んだと、コルァ!お嬢に言われるならともかく、爽やか陰険誑し野郎のテメェに言われたくないっての!」
叫び声と同時に、重たい音が風を切る。
ラルゴがあの武器をゼントに向かって振り回したのだろう。
それを飛びずさるでもなく紙一重で避けたゼントは、ふわりと前髪を揺らしながらも涼しい顔だ。
やはり虎は肝が据わっている。
ラルゴ曰く自信家で傲慢らしいけど、その実力に基づいてるからこそ本気で性質が悪そうだ。
それとも、ゼントの性格と実力が飛び抜けているのだろうか。
恐る恐るゼントに視線を定めれば、すぐに気がついた彼はにこりと笑顔を浮かべ黄色と言うよりは金色と黒の縞が入った尻尾を揺らした。
猫に比べれば少しだけ先端が丸い耳もぴこぴこと動く。
全体的に見れば好意的に見えるのに、すっと細められた青い瞳は優しさ以外の何かを明確にしていた。
実害はない。
しかしこの上なく、生き物として生理的に恐すぎる。
ついでにラルゴの攻撃を避けたのに未だに彼の手に鎮座している謎の物体が乗った料理の皿も恐い。
保温の魔法が掛けてあると言っていたけれど、もうなんかそれどころじゃない気がする。
ぼこぼこ言う音が聞こえてくるし、皿の上に出来た気泡が弾けて消えるさまが目に痛い。
さっき見たときはただ湯気が出てるだけだったのに、もしかして温度が上がっているのだろうか。
この世界の魔法の仕組みに興味も関心もないけれど、元々やばそうな物の危険度がその効力でレベルアップしてるのだけは嫌になるくらい理解できた。
未知なる物体への恐怖から視線が釘付けになった凪に、花も恥らう艶やかな微笑みを浮かべた虎はこてりと首を傾げた。
「もうどうしてそんなにラルゴさんは攻撃的なんですか?俺はただ、ナギちゃんのリクエストのハンバーグを持ってきただけですよ?」
「ハンバーグ?なんだそれ、ぼこぼこ言ってんぞ。お前料理できたっけか?」
「あはは、わざわざラルゴさんに作る気がなかっただけで、俺は料理は好きですよ」
「ふーん。じゃあ、一口」
「あ!?何するんですか!」
初めて笑顔から表情を崩したゼントに、よっしゃあと密かにガッツポーズをする。
ラルゴは空気を読まない部分があるが、それに思い切り救われた。
沸騰している料理(?)をあっさりと飲み込む彼は、もしかしたら今迄で一番輝いてるかもしれない。
流動食でもないのに租借せずにごくごくと喉を通していくラルゴを羨望の眼差しで一心に見詰め、色々とある疑問は空の彼方へ吹っ飛ばす。
あんな熱そうなのに火傷しないのかとか、あれは食べ物じゃなく飲み物かとか、どんな味なのかとか、毒じゃなかったのかとか、あれを身体に取り入れて大丈夫なのかとかあるけれど、ラルゴなら大丈夫だろう、多分。
なんとなくそんな気がした。
最後の一滴まで飲み干したラルゴに思わず拍手をすれば、青い瞳がこちらを向いた。
凪に出来る最高速度で叩いていた手を止めて、素知らぬ顔で思い切り視線を逸らす。
綺麗な顔には一切の表情がなかった。
笑顔も恐いが無表情も恐い。
実害がなくても精神的にぞくぞくする気配は、弱者の敏感な生存本能を刺激した。
しかし弱者でも敏感でもない龍の男は、皿から口を離すと零れた液体を無造作に拭う。
そして無遠慮な感想を下品なげっぷを吐いた後あっけらかんと告げた。
「まずいな、これ。もういらね」
「・・・感想は、それだけですか?」
「おう!ああ、違うな。こんな味覚破壊どころか精神すら破壊しそうな物体、お嬢に食わせようとするなよ。お前みたいな鈍感と違うんだからな」
「・・・・・・」
はっはっはと腰に手を当て堂々と言い放ったラルゴは、本当に馬鹿だ。
悪気がないからこそ辛辣な一言に、ゼントの表情が凍りついて行くのにすら気づかない。
よくあんな恐い虎と付き合えてると思ったが、この感じだとお互い様だ。
ゼントもよくこんな空気を読まない龍と付き合えるものだ。
そろり、とベッドの上から降りて気配を消して部屋の入り口に歩を進める。
ドアノブに手を掛けたところで、しゃらりと金属が擦れるような音が耳に届き、つい後ろを振り返ってしまった。
───美人が怒ると夜叉になる。
あの独特の波打つ刀身を持つ剣を構えたゼントの姿に、噂は本当だったと嫌になるくらい実感させられて、我が身が大事とさっさとドアを潜って逃げ出した。