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閑話【下がったテンションに淡く笑う】

「・・・最悪。とにかく、最悪」



いつものように自分に持てる分量ぎりぎりの荷物を両手に抱え、思わず手を差し出したくなるくらい千鳥足で歩く凪にラルゴは破顔した。

ラーリィの店で働き始めてから、凪は自分に出来ることを見つけて精一杯頑張っている。

頼まれた買い物の量は布だから嵩張るが、本来ラルゴからしたら片手でも持てる重量だ。

掌を広げたのと同じ高さまで巻かれた布は、幅は大体凪が軽く腕を広げたくらいで、きっちりときゅうきゅうに巻かれているわけではないから見た目ほど重さはない。

だが、ラルゴより大分華奢な凪からすれば、四本持つだけでふら付いている。

持ちやすいよう大きな布で器用に包んで持ち手まで作っているのに、両手で出来た輪を引っ張りながらふらふらと覚束無い足取りだった。


ラーリィは王宮に上げる衣装以外は、基本的に店にある服をサイズを手直しして客に渡している。

幾つも吊るされた作品は種族として平均的な大きさの犬を参考にしているらしいが、店の奥に服にしてないが幾つも起こされたパターンが並ぶ棚もあり、気に入る服がなかったときや欲しいサイズがないときはそこから選んでもらって受注していた。

店は常に開店休業のような状態だったので、開いてるかどうか近所の人間も知らないくらいだったが、この一週間で客が何人も来ていた。

理由は単純で、凪を雑用係兼子守兼モデルとして雇ったからだ。


服をただでくれるという言葉に目が眩んだ凪は、速攻でラーリィの依頼を引き受けた。

実際仕事内容の割りに、給料はいいと思う。

一度創作意欲が沸き起これば室内に閉じこもるラーリィは、店を早々に閉めてアトリエに篭ることも少なくない。

並々ならぬ才能のお陰でデザインはすぐに描き終えるけれど、それでも一日の半分は彼女がいないので店が閉まっている。

何しろラルゴも凪もサイズの直しや尻尾の穴あけなど、客が来るたびに応対できない。

自分の服であれば遠慮なくざっくり行くが、店にあるのは全て売り物だ。素人が下手に手出しして商品を駄目にしたら、一日の給料なんて軽く飛ぶ。

それ故ラーリィがアトリエに篭ってる間は基本店の営業はしていない。

その間、凪は朝指定された服を着て、店の掃除と子鼠の相手をして、昼になったらラーリィが朝作っておいた昼食をとるか、子鼠を連れて買い物がてら外で買い食いだ。


仕事として本当に楽だが、頼まれたこと以上を、凪は丁寧にこなしているのも知っている。

床掃除を頼めば箒だけじゃなく雑巾がけして、ついでにラーリィに許可を得て乱雑に並んでいた服をサイズ別に選別した。

素っ気無い室内に道端で見つけた花を飾ったり、カーテンを洗濯して干したり、頼まれる前に仕事を見つけて動いている。

全て事前に雇い主の許可を得てるので、お節介じゃなくちゃんとした仕事になっているのが偉い。

当たり前の顔で当たり前に働いてるが、随分とまめで几帳面で律儀な性格だ。

金を貰っていても、雇い主が見ていなければと手を抜く奴らを多く見てきただけに、職種は違っても誠意を持って働く相手には好感が持てる。

お陰さまでこの数日で元々高かった凪への高感度はぐんぐん上がっている。

子供好きなのもいい。自分に向けられずとも、子供相手に満面の笑みを浮かべる凪は、食べてしまいたいほど可愛かった。



「そう落ち込むなよ、お嬢」

「落ち込むよ。あの虎の人、確実に苛めっ子気質だと思う。苛められっ子だった私が言うんだから間違いないよ」



暗い顔をして俯いた凪の頭をぽんぽん撫でる。

返事をするように尻尾を一回だけ揺らした凪は、それでも顔を上げてくれない。

晩御飯の準備をすると笑顔で店を出て行ったゼントに、子鼠たちが着いていったのも一役買っていた。

兎だろうが鼠だろうが、凪にとって子供は子供でしかない。

『ハーレム』の言葉通りに、彼女たちが傍に居れば、普段は感情が薄く人形めいた顔にも表情が現れる。

そんな彼女を知っているから、余計に落ち込んでるのだとラルゴはわかった。

伊達に無茶な言い訳を作って『護衛』としてべったり張り付いてるわけじゃない。



「大丈夫だ、俺がゼントから守ってやるから」

「・・・頼りにならない」

「ぐあ!?なんでだよ!俺の方があいつより強いんだぞ?」

「それはなんとなくわかったけど、喧嘩が強くても弁が回らないじゃない」

「いや、でもあいつは一応俺の弟子みたいな立場で」

「けど無言の圧力に屈してたよね」

「・・・あいつは昔から口が回るんだ。可愛くねぇ捻くれた餓鬼で、何度ぶっ飛ばしたことか」

「ぶっ飛ばしたいと思ったことか、じゃなく、ぶっ飛ばしたんだ・・・」

「おう。でもあんまダメージ食らわねえんだよ。虎は身体が柔らかくて身体能力が高いからなぁ。餓鬼だから加減してたけど、それでも大したもんだったぜ」



あっけらかんとした表情で教えたら、呆れを濃くしたオッドアイが半眼になった。

子供に甘い凪に教える内容じゃなかったと慌てて口を押さえたが、一度出た言葉はもう戻らない。

忙しなく尻尾を揺らし視線を彷徨わせる。どうも凪相手では強気に出れない。



「あー・・・お嬢?あいつは、その」

「・・・言い訳しなくていいよ。どうもこっちの世界の常識は私のものと違うみたいだし。それでも子供に手を上げるのはどうかと思うけど」

「別に暴力を振るってたわけじゃないぞ?」

「わかってるよ。ラルゴが子供相手に本気で無体なことをするなんて考えてないから」



ひょいと肩を竦めた仕草に、眉を下げて笑った。自分は今さぞかし情けない顔をしてるに違いない。

背筋を伸ばして前を向く横顔は、ちらりともこちらを見ないけど、それでも見惚れるくらいに美しい。

ラーリィに指定された衣服を着るため、折角買った眼鏡は初日以降利用されてなかった。

女性でズボン姿で街中を歩くのは冒険者以外ではほぼいない。

道を歩けば隠しているのによくわかる綺麗な脚線美や、虎にしては珍しい白の毛並み、さらにその上にはダランの街中にいる名匠を合わせても出来るかわからない精巧な人形みたいに美しいかんばせ

ラーリィの創作意欲が掻き立てられデザイン画が増えたのも、彼女の店に服を購入したいと客が増えた理由も納得だ。


モデルとしての凪の仕事は、ラーリィのデザインの元になることじゃない。勿論それも含まれてるが、店の宣伝をする意味が大きい。

何しろこれだけの美貌だ。服を着て歩くだけで人目を集めるので宣伝費は無料だし、女性であれば同じ服を着たいと憧れる上、男は単純に凪に釣られて店に来る。

大抵は店を閉めてるのでそこを無理に押し込むのは本当に服が欲しい相手ばかりだ。

それが凪目当てに変わったら、今度はラルゴの出番になる。

世界でもヒエラルキーの頂点付近にいる龍のラルゴ相手に強気に出る輩は滅多にいない。どうせ居ても実力でラルゴを押しのけるのは無理だろうから無駄でしかないが。



「ねえ、ラルゴ。あの虎の人、本当に来ると思う?」

「・・・お嬢には悪いが、来るほうに全財産かけてもいいぜ。一度口にしたことは良くも悪くもやり遂げるのがゼントって奴だからな。元々虎は能力の高さや見目麗しさから押しが強い奴が多いんだよ。熱しやすく冷めやすい、逃げられれば追いかけて自分が満足するまで構い倒す。ゼントはあれでも虎なら大人しいほうだ」

「じゃあ、私は本当に規格外なんだね・・・早く飽きて欲しいな」

「そうだなぁ」



肩を落として疲れた表情を浮かべる凪に、ラルゴは曖昧に頷いた。

厄介な相手に落ち込む彼女に、とてもじゃないが言えなかった。

ゼントが一度気にいったものに飽きるところを見たことがないなんて、今まで物にしか執着しなかった彼が初めて人に関心を示したなんて、とても口に出来ない。

本当に心底厄介な恋敵の誕生に、もやもやする気分を吹き飛ばそうと緩やかに尻尾を揺らして地面を叩いた。

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