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11:看板娘やってます その5

にこにこと目が潰れそうな輝くばかりの笑みを向ける男に、うっとりするような乙女回路は持ってない。

正直に告白するなら、ただ只管さぶいぼが立つチキン肌を、両手で擦って逃げ出したい感情に駆られるだけだ。

美形はブラウン管で動いてるものを鑑賞したい派の凪としては、空気のように消え去りたい気分でしかないが、影を作れないくらい眩い笑顔の虎の前で存在を希薄にしたらもっと興味を持たれそうだから出来ない。

いや、しかし先日のラルゴは存在すら忘れたと言ったから大丈夫なのだろうか。

ちらり、と脳裏を誘惑が過ぎり、甘美な考えを払うために首を振った。

存在すら相手から消し去るかもしれないウィルからの加護。これは滅多に使わないほうがいい気がする。

凪を知る人物はこの場に虎以外にも四人いて、彼らの中に在る『凪』がどうなるかわからない。

虎の中だけの『凪』が薄れるのか。それとも虎に引き摺られて子鼠やラルゴの記憶も薄れるのか。また逆もしかりだ。

考えすぎかもしれないが、この場で凪を忘れて欲しいのは一人だけで、先回とは違う。それなら慎重になるべきだろう。


胸に溜まるあれやこれを言葉の代わりにため息にして吐き出すと、また慰めるように頭を撫でられた。

切れ長の瞳を細めたラルゴがこちらを心配げに見下ろしている。本当に過保護な様子に苦笑しか浮かばない。

ぽんぽんと自分を乗せる太い腕を叩いて合図し、言外の意味を察してくれた彼は少しだけ躊躇し、促されるまま凪を床の上に降ろした。

今度はため息ではなく深呼吸をし、未だ至近距離にある瞳を真っ直ぐに見返す。

面白そうに目の形を三日月形にした虎のゼントは、口の端から犬歯を出して笑みの形にした。

面倒は嫌だと怯みそうになる心を必死で宥め、両脇に置いておいた掌を膝の前に持ってきて頭を下げる。



「凪といいます。お話はラーリィさんたちから窺ってます。初めまして」

「今更だね。でも礼儀正しい子は嫌いじゃないよ。改めて初めまして、俺の名前は虎のゼント。俺も君の話はラーリィさんたちから聞いてる。虎にしては珍しいタイプだって。よろしくね、ナギちゃん」



眩しい。室内灯を反射する髪以上に発散されるオーラが眩しい。

改めて名乗りを上げたゼントは、噂以上にきらきらしていた。

そしてそんな彼の足元には、よく見てみれば凪のハーレム要員の子鼠たちが纏わりついている。

シャイで恥ずかしがり屋で人見知りする子達なのに、凪ですら滅多に見られないような可愛い笑顔で。

思わず『そんな恐い虎に懐いちゃ駄目でしょ!』と口をついて出かけ、慌てて堪えた。

子供達に害はなさそうだし、これ以上興味も関心も持たれたくない。なるべく目立たずに過ごしたいのだ。

桜子がダランに着いたらすぐに街を出る。残りたった一月にも満たない期間で、変に目立つ美形に目をつけられて玩具にされるのもごめんだ。

曖昧な笑顔でそそそっと後ずさりし、素早くラルゴの後ろに隠れた。



「それで、すみませんが一つ質問が」

「何かな?」



ルルリを右肩に乗せ、サーシャとミーシアを左腕にぶら下げて、軽々動くゼントに内心で怯えながら口を開く。

綺麗な顔しているが、細い体は引き締まってるだけで、やはり非力ではないらしい。

ひょっとして天井に突き刺さる剣が凄く軽いとかそんな落ちも脳裏を過ぎっただけに、再び見せ付けられた光景に肩を落とした。

さっきの剣が天井に突き刺さる様子に受けた衝撃が凄すぎて、三人を軽々持ち上げていた過去など遥か彼方に吹っ飛んでたのに。

もし一人で行動したときに見つかったら速攻逃げる気満々だったが、これでは難しい。

萎える気力を必死に鼓舞して小さく挙げていた手を下ろした。



「ラーリィさんのお使いはなんですか?商品の追加が必要なら、カルタさんにお願いしなくてはいけないので、早めに教えていただけると助かるのですが」

「お使い?俺、そんなこと言った?」

「───惚けるなよ、ゼント。最初にそう言って入ってきたんだろうが。気に入った相手を苛めるなんて、今時ガキでもやらねえぞ」

「やですね、ラルゴさんてば。子供じゃないから苛めるんじゃないですか。でもお陰でラーリィさんの言伝を思い出しました」



近づいてきたところを、ぱかりとラルゴに殴られたゼントはそれでも笑顔を絶やさない。

ある意味タフだ。どSだと思い込んでいたけど、存外に打たれ強い。



「『晩御飯のおかずは何がいい?』だそうです」

「・・・そんなん店に戻ってからでも十分間に合うじゃねえか」

「はい。それを理由に会いに行けば?って言われたもので。噂のナギちゃんに会いたかったですし、ついでにラルゴさんから家賃の徴収もして来いってラビウスさんが」

「家賃?おいおい、俺は今月ほとんど家に帰ってねえだろうが。しかもそっちがついでかよ」

「男なら誰だってむさ苦しい同性に会うより、可愛い女の子の相手がしたいでしょう?俺はナギちゃんと同族ですし、お似合いになると思いませんか?」

「いえいえいえ、まさかそんな!ゼントさんと並ぶなんて私ごときがおこがましい限りです!ね、ラルゴ!そうだよね!?」



むしろそうだと言ってくれ。

瞳に想いを篭めてじっと見詰めれば、金目を軽く見開いた龍は嫌そうに首を振った。



「いや、お嬢が云々じゃなくゼントごときがお嬢に釣り合わねえよ」

「そうじゃないでしょうが」



空気を読まない発言に、思わず踵に力を入れて彼の爪先を踏み躙る。

今日のブーツは固いヒールが売りだ。身長を高く見せつつ足長効果もある一品に全体重を掛ける。

流石にこれにはラルゴも痛覚を刺激されたようで、ひっそりと眉間に皺を寄せた。

凪の体重がいくら軽いと言っても痛みを感じないはずがないが、反応はそこまで芳しくない。だがラルゴ相手なら上出来だ。

そのまま伸び上がってジャンプし彼の襟首に取り付く。

しかし珍しく目論見どおりの動きが成功したのにも関わらず、普通なら体重で否応にも屈むはずの体勢はピンと伸びたままだった。

身長差もあり電車からぶら下がってるわっかを持つときのように、ぴんと手を伸ばして直立不動になる凪の腰を慌ててラルゴが支えてくれる。

よくよく考えれば凪の全体重を片手で支えれるようなラルゴの背筋力がそんな柔なはずないのだ。

少しばかり、否、かなり情けない体勢に陥りつつ、それでも必死にラルゴに詰め寄った。



「私はあんな明らかにあからさまに面倒そうな相手と関わりたくないの。刺激しないようにして空気のような存在に成り代わるの。空気になりたいの、私は。理解できる?」

「いや、でもお嬢も目立つし、空気は無理なんじゃないかと・・・」

「白虎は珍しいから目立つのはある程度我慢できる。知らなかったとは言え自分で選んだ外見だからね。でも、『あれ』は違うでしょ。どう考えても厄介がネギ背負って歩いてる感じでしょ?美形は美形でも面倒も面白がる美形でしょ、『あれ』は。そういう手合いには近づかないってモットーなの」

「はぁ、モットーねぇ。無駄な足掻きだと思うぞ?もう目をつけられてるし」

「諦めたら全てはそこで終わりだよ」

「そういうもんか?」

「そういうものだよ」

「でも俺がどうこうしなくても君単体で目立ってるんだからもういいじゃない。すでに街で噂の看板娘の白虎ちゃんだし、これ以上目立たないよ」

「いや、そんなことは───・・・って、どうして参加してるんですか?」



ラルゴと見詰め合う真横にひょこりと顔を出したゼントを見ないようにしつつ、なるべく平坦な声を出す。

腰を屈めるようしてわざわざ凪と視点をあわせてくれる彼の傍には、可愛い三つ子の顔もある。

明らかに彼女たちの身長より上の視点だが、一人は彼の背中に乗って、残り二人は両腕で抱えているのだろう。

折角小声で遣り取りしていたのに全部無駄になった。

虎は耳がいい種族なのだろうか。凪は人間のときとほとんど聴力は変わってないのに。

もしかすると、ゼントが地獄耳だというだけかもしれない。

有り得すぎる想像に、愛想笑いを浮かべる気力もなくなった。

ラルゴの襟を掴んでいた手が離れ、だらりと両脇に落ちていく。もう足掻くのに疲れた。

短い時間しか抵抗してないけど、体力がない凪にしては気張ったほうだ。

元々体育会系じゃないので、興味関心があること以外には根性や熱意に欠けると自覚してる。



「今日のおかずはハンバーグが食べたいです」

「ハンバーグか。うん、わかった。とっておきのを作るね」

「頑張ってください」



お前がラーリィの家の晩ご飯を作るんかい、と思っても突っ込まない。

どうせ凪には関係ない話だ。

凪がいただくのは昼食であって晩飯ではない。

晩は宿への帰り道で歩き食いだ。露店制覇が掛かっている。

子鼠たちと離れるのは寂しいが、さっさと仕事を終わらせて帰るとしよう。

この一週間働いてる間に今日一度しか顔を見てないのなら、希望的観測を含めた考察では確率だけで言うとまた同じだけ会わさないはずだ。



「じゃあ出来立てを届けるから、ちゃんと宿で待っててくれよ?噂の看板娘さん」



本当に会えなければいいのに。

垂れ下がっていた両手を、子鼠たちを下ろしてまで包み込んで美形スマイルを浮かべた虎に、ひくりと口の端を持ち上げて反射的に笑顔を返した。

どこの世界でも神様は無情と決まっているらしい。

来るなと言える強さが在れば、凪の人生異世界生活なんてものと縁がなかったかもしれない。

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