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11:看板娘やってます その4

目の前に、いや、正確に言えば頭の上に鈍い白金に輝く剣の刀身がある。

桜子の家にあった日本刀の真剣の澄んだ鉄とは違い、もっと白っぽい刀身だ。よく見てみれば刃の部分はワカメのように波打っている。

近すぎる兇器の存在に、これが凪を括っていた布を切り裂いたのだと嫌でも知れた。

剣だろうが刀だろうが刃を突きつけられる経験なんてしたことない庶民としてどう対処すればいいのか。

鈍い身体が奇跡を起こし、ラルゴの腕に踵を置いて思い切り踏ん張って跳ね上がったとしても、映画のように床に向けて前受身の要領で転がれると思えない。

一応混乱してる中でも動く脳みそを必死で尻叩いて活を入れてみるも、きっちり膝下を片手で抱える状態でロックされてるため、どちらにせよ実現不可能な案だった。



「・・・へぇ、この子が噂の白虎ちゃん?」

「テメェ、今、何した」

「何って邪魔な布をちょっと退かしただけですよ。動かないでいてくれたから綺麗に剥ぐことが出来てよかった。こんな綺麗な虎を傷つけるのは俺も本意じゃないですし」

「そういう問題じゃねえだろ。自衛手段もない女相手に武器を向けてんじゃねぇよ!」



どこからともなく斧と槍を合わせたような重たい武器を取り出したラルゴは、目にも留まらぬ速さでど派手な虎の喉元に先端を突きつけた。

と言ってもこの武器は一体どこが先端か凪には判りにくいので、槍の穂先の部分の、と注釈を入れた方がいいかもしれない。

凪を片手に抱えてると思えない流石の動きだ。龍の人は一般的に怪力自慢だけど、ラルゴはその中でも秀でている───ような気がする。



「お嬢は俺の特別な女だ。傷一つ負っていねえとしても、刃を向けられ堪えるのはこれ一度きりと覚えとけ。俺は、お嬢の『護衛』も担ってる。今回の一回は、昔なじみとしてお前が無意味に他人を傷つけないからこその見逃しだ。いいか、お嬢?」

「・・・・・・はい」



問われても、ぎこちなく首を上下させるのだけで精一杯だ。

未だに冷や汗が滲んでるし、顔も強張っている。

伊達に安全大国、平和ボケと言われる日本の女子高生をしていない。刃を向けられる経験なんて普通ない。

正直に申し上げるなら、今の凪は絶対に顔面蒼白だし、身体もがくがくに震えている。恐怖に瞳だって見開いてるだろうし、一気に口内の水分も蒸発した。

恐い。怖すぎる。普段食卓に乗る精肉が元はどうやって加工されてるか知っていても、頭で知っている事実と現実は噛み合わないものだ。


異世界に飛ばされてからダランまで五日間森の中を歩いてきたが、実は荒事は一度もなかった。

もしかして『魔物』と呼ばれる物騒な存在でもいるのではないかと疑問が沸いたけれど、実際はそんなもの世界のどこにも存在しない。

冒険者が相手にするのは『獣人』以外の強力な『獣』。もしくは『化物』。

御伽噺や小説のように負の力を取り入れて邪悪化した存在、なんて世界のどこにもいやしない。

彼らが戦うのは、あえて言うなら『超進化』した動物、もしくは『元祖』と呼ばれる進化を捨てた動物のみ。

ダラン近郊の森は奥に行けば強い獣もいるらしいけど、凪たちがいた辺りは獣避けの粉を焚いておけば害がない。

運動神経ゼロなので荒事も勿論苦手な凪は、本当に心から厄介ごとは勘弁して欲しい。

そのためなら多少の無理も飲んでみせる。何事も命あってのものだ。


金塊の一番純度が高い部分を掬い取ったような、緩やかに癖のある綺麗な髪を揺らし、端整すぎる顔立ちを綻ばせて虎は笑った。

どれだけ優男に見えても、所詮は肉食獣。見上げる青空とよく似た蒼い瞳の奥には、捕食者として物騒すぎる光が見受けられた。

自慢じゃないが、凪は見た目は白虎でも中身は軟弱な生き物の代表だと確信している。

獣はどんなに小さいものでも、己を守るための牙や爪があるけれど、こちとら知能の発展と引き換えに特出した身体能力を失くした『人間』でしかない。

知恵を絞り『道具』を使い出した『人間』には、彼らのような根本的な獣としての何かは極めて薄いのだろう。

生理的な恐怖にぞわぞわしながら、思わずラルゴの上着を強く握り締める。

彼は今のところ、この世界で唯一半径1メートル以内に存在する凪の『護衛』だったから。



「あー、大丈夫、大丈夫。この俺が居る限りお嬢をこんな優男の餌食にしたりしねぇよ」

「あはは、酷いですねラルゴさんってば。確かに俺の武器はラルゴさんのより柔な作りしてますけど、当たらなきゃ意味はないですから」

「ははははは、お前ごときクソガキが俺に勝てる気か?」

「目標は高く持たなきゃ駄目でしょ?師の影は踏み潰して越えて行けって言いますし」

「聞いたことねえな、そんな格言」



爽やかながら若干怒りの滲む笑顔を浮かべたラルゴは、手首を返して重たい武器を軽々扱うと、穂先にある斧の背についた鍵爪のようなものにワカメみたいな刃を引っ掛け呆気なく飛ばした。

天井に真っ直ぐ突き刺さって落ちてこない刀身を、ぽかんと口を開けて間抜けに見上げる。


ダランにあるのはほとんどが石で出来た建築物だ。手法や技法は生活する上で全く必要としないので、その製法は知らない。

ここで一番大切なのは、石で出来た・・・・・建物だという部分だ。

あの剣がどんな材質で作られたかわからないが、あんなバターにナイフを差すような勢いでぶっ刺さるものはないはずだ。

現にあの虎も眉を下げてはんなりした呆れ交じりの苦笑を綺麗なかんばせに刷いている。

つまりラルゴの強さは本当に規格外なのだろう───このゼントと名乗る虎が、見た目倒しでなければ、彼が驚きを通り越して呆れるくらいの腕前なのだ。


よし、虎の威を借る狐作戦で行こう。

今の凪こそ虎だけど、中身は軟弱極まりない現代の若者なので、ここは強いラルゴに頼るしかない。

餅は餅屋というあれだ。それに彼はラルゴの知人だし、責任を持って監視してもらいたい。

だってこの虎恐すぎる。実害は出てないけど、好奇心が沸けば簡単に刃を向けられるなんて、いくら腕に覚えがあっても恐ろしい。

実際、布しか切り裂いてない彼の腕前は大したものなのだろうが、それを骨身に染み渡らせても凪には一利の得もないのだ。

お近付きにならないよう心の及ぶ限り努力しようと、密かに決意を固めていると、ぽん、と大きな手が肩に置かれた。

ここ数日で慣れたラルゴのものではない。それよりもう少し細くて小さい。


嫌な予感がして、つい近くにあったラルゴの肩に顔を押し付ける。

無駄な抵抗なことくらい、誰に言われなくてもわかっていたが、視線を合わせずに済めばと心から祈った。

これが野生動物の戦いなら、喧嘩を始める威嚇の段階で凪は白旗を振っている。

ものすごい火事場の馬鹿力を発揮して、応援団クラスの大きさの旗持ちもする気概だ。



「あはは、どうして顔を見せてくれないのかな。この子虎だよね?だとしたら、随分気が弱いんだなぁ。あ、それとも白虎だからかな?俺は白虎と会うのは初めてだけど、随分と大人しいんだね」



声の調子だけでは喜んでるのか残念がっているのかわからなくて、つい視線を彼の尻尾がある辺りに向けて速攻後悔した。

揺れている。尻尾の先がくねくねと緩やかに揺れている。

犬なら盛んに尻尾を振っていれば興奮状態だとわかるけど、生憎猫とはそんなに縁がなかったから尻尾の動きだけで判断しかねた。

俯いたままの頭を片手で宥めるように叩いたラルゴが、守ろうとするようにその掌で凪の顔を覆った。



「興味は持つなよ、ゼント。お嬢はお前みたいなあからさまな『虎』じゃねえ。規格外なんだよ」

「それでも、虎は虎ですよ」



軽い口調。けれど篭められた想いがそこにある気がして、ふるりと身体が自然と震えた。

実害は受けてない。普段の凪ならそれでスルーしがちだが、彼はそれではやり過ごせそうにない。

初めに感じた直感の正しさをふつふつと感じつつ、重たいため息を吐き出した。



「君も虎なら、そんな惰弱な態度はやめたほうがいい。『俺たち』は逃げる獲物を追いたくなる本能がある。───まあ、俺に追われたいならそのままの君はとんでもなく魅力的だけどね」



耳に微かに吐息が掛かり、びくりと身体が跳ね上がった。

条件反射で顔を上げ、作り物じみたきらめきを放つ蒼い瞳に、引きつった表情の凪が映りこむ。

孤を描いた口の端から見える犬歯はとても鋭くて、彼が肉食獣だと嫌でも感じさせられた。



「・・・善処します」

「うん、そうしなよ」



是とも否ともとれる曖昧な言葉をもごもごと呟き、親切めかした言葉が親切に聞こえず頭痛を感じる。

やはり厄介ごとだったかなんて、麗しい笑顔を浮かべる目の前の虎相手に言えようはずもなかった。

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