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11:看板娘やってます その3

*下ネタが若干入ってます。

『ナギちゃーん』ととても可愛らしい鈴の音を転がしたような声が、訝しげな色を纏い幾度も幾度も繰り返す。

子鼠たちの誘いにふらふらと出て行ってしまいそうな自分を辛うじて押さえ、目の前の薄い布を衝立代わりに身を隠す。

面倒な匂いがぷんぷんした。


話を聞く限り、虎のゼントはラーリィとラルゴの共通の知人で、ラーリィ曰く『目も眩むような美男子。しかも相当なフェミニスト』で、ラルゴ曰く『食えねぇ誑し』らしい。

男女でくっきりと意見が分かれたなら、それなりの理由があると考えたほうがいい。

ラルゴが凪に対して超過保護なのを抜きにして、男から見て『誑し』がどのレベルかわからないが、知人ならではの身近な忠告は聞いたほうがいいだろう。


なにせ元の世界で桜子に寄り付く男は大抵顔がいい馬鹿だった。

並み居る男たちを蹴散らす彼女に、『俺は君に相応しい』なんて言葉を吐いた奴に天誅を下した桜子は心底ウザそうだった。

一見爽やかそうな俺様とか、可愛い系の腹黒とか、ぶいぶい言わせるやんちゃ系とか、とにかく顔がいい手合いは理由なく無駄な自信がある。

『そんなことないよ』といいつつ、自分がもてるのを知っていて、ふられるなんて考えてないのだ。

自分でも偏見に満ち満ちた意見とわかっているが、どうしても親友の面倒をつぶさに十数年見続けてきたため忌避感は拭えない。


ちなみに凪本人にはイケメンからの告白の経験はない。

あるのは電車で毎日会う痴漢と、気がつけば背後をついてくるストーカー。

どちらも顔を見たことはなく、消えては現れるを繰り返していた。

個人的に害がなければ我慢していたけど、痴漢に触られたり私物を取られればそれなりの報復はきっちりしている。

お陰でおまわりさんや駅員さんと顔見知りになり、駅のホームの痴漢手続きがスピーディーだった。


引き摺られるように思い出した黒歴史に眉を顰めていると、どこからともなく布が降ってきて視界が遮られる。

何事かわからず動きを止めれば、あっという間に何かに身体が掬い上げられた。



「本当に鈍いな、お嬢は。ちょっとは抵抗しろ」

「・・・ラルゴ?」

「嫌な予感がして走ってきたんだ。案の定だぜ。俺の勘は当たるんだ」

「・・・知人に会って嫌な予感と言い切られると不安になるんだけど。そんなこと言わせるなんてどんだけな人なの」



ラーリィの話す印象から、厄介でも嫌な人ではなさそうと思っていたけど、もしかして見る目を変えなければいけないのだろうか。

何だかんだでラルゴと過ごすようになってから二週間近く経っている。

その間彼が凪の不利益になることは根本的にしてないし、献身的で裏表ない態度は信頼に足りた。

ラルゴが言うなら、と無条件で意見を取り入れてしまう程度には。

だから現在完璧に視界を遮られても暴れる気にならないし、抵抗もしない。

例え仕事だとしても、否、仕事だからこそラルゴは裏切らない。

ぶっきらぼうで荒っぽい部分があるが、彼はとても仕事に真摯な龍だから。



「いいか、お嬢は絶対にあいつに近づくんじゃねぇぞ?涼しい笑顔でぺろっと食われちまうからな?あのお綺麗な顔で今まで何人の女を泣かせてきたと思う。片手じゃ足りねえぞ?しかも性質が悪いことに、あいつに惚れるのは同じ種族の女だけじゃねえんだ」

「そうなんですか?」

「おう、そうそう。しかも本気で惚れた女が泣いて縋っても笑顔で振るんだぜ。有り金全部貢がせて骨の髄までしゃぶりつくした後、ぽいっだ」

「へぇ、初耳ですね」

「そりゃお嬢は知らねえだろうよ。ここに来ること自体が初めてなんだから。とにかく、あの虎には」

「ねえ、ラルゴ。話の途中で遮るのは心が痛むんだけどさ」

「あん?」

「あなたが会話してるの、私じゃないから」

「へ・・・?」

「そう。ラルゴさんが会話してるのは、『涼しい顔で片手じゃ足りない人数の女をぺろっと食って、泣いて縋られても心動かない、有り金全部貢がせて骨の髄までしゃぶりつくす最低男』の俺ですよ」

「・・・・・・」



沈黙が痛い。

別に凪が悪いことしたわけでもないのに、何故か胃にしくしく来る痛さだ。

無言の圧力はきっとこういう雰囲気を言うのだろう。

布で包まれて視界が利かないのに、ひしひしと空気を伝わって全身に色々なものが伝わってきた。



「いや、俺は『最低男』とまでは」

「言ったも同然ですよね」

「いやっ・・・お嬢!?俺、言ってねぇよな」

「───私の居たとこには『撒いた種は自分で刈り取れって』言葉があります」

「そんな!俺を見捨てんのか、お嬢!?」

「そこのお嬢さんは何も言ってないですよね。男の癖に人の所為に、ましてや女の子の所為にするなんてラルゴさん俺に勝るとも劣らない『最低』っぷりだなぁ」



あははは、と涼やかな声が真夏のクーラー並みにぞくぞくくる。

顔は見てないが、断言してもいい。彼は腹黒系の美形だ。

今のとこ柔らかい口調で針を刺すように責められてるのはラルゴのみだから構わないけど、いつ飛び火するかわからない。

もし抱き上げられてなければそっと気配を殺して遠ざかるのに、毎回タイミングが悪過ぎる。

凪が持つ唯一の神様からの加護なのに、活かしきれたためしがないと布の下で緩やかに息を吐き出した。



「ラルゴさんが抱っこしてるの、虎の女の子なんですって?種族が違うのに大した執着ぷりだってラーリィさんが笑ってましたよ」

「・・・うるせえよ。お嬢は特別なんだ」

「特別?うわぁ、ラルゴさんが特別なんて、驚きすぎて目が落ちそう」

「相変わらず爽やかに嫌味野郎だな、テメェは」

「酷いな。俺はダランに戻っても家に帰ってこないラルゴさんが心配で、ラーリィさんに切っ掛けを貰って会いに窺ったんですよ?」



『家に帰ってこない』の一言に、そりゃそうだろうと突っ込みそうになった。

何しろラルゴは結局凪と同じ部屋で寝泊りしている。

結局一月キープした部屋のクローゼットには、凪だけじゃなくラルゴの衣装も増え、彼のうつ伏せか横向きで寝る癖まで覚えてしまった。

全く今後に役立たない無駄な知識だ。

ウィルじゃあるまいし、毎朝目覚めるとラルゴの腕の中とか勘弁して欲しい。

セクハラを訴えてみたのに、彼は『セクハラ』自体を知らなかった。

頭にきて風呂に入ってる最中に全力で素知らぬフリをしてドアを開けてドッキリをしてみたが、ぶらぶらしたものをぶら下げて平然としてた。

変な恥じらいを見せるくせに、彼には羞恥心はない。

隠せと言うまで隠さなかった。むしろ堂々と腰に手を当てて不思議そうに瞬きしていた。

お風呂場でドッキリは恥ずかしい定番イベントと思い込んでいたけど、こちらの世界の常識は違うのだろうか。

誘う割りに見られたら真っ赤になる秀介と正反対だ。



「それにしても俺を思い切り責めましたけど、ラルゴさんも同じ穴の狢でしょう?来るもの拒まず去るもの追わず。冒険者仲間じゃちょっと有名ですよね」

「っ・・・!?ちが、違うぞお嬢!これは噂だ!今の俺はそんなことしてない!」

「・・・ラルゴ不潔。私に触らないで」

「ええ!?誤解だって、お嬢!」



別に本気で口にしたわけじゃないが、ラルゴの反応は素晴らしく過剰だ。

思春期の娘に拒絶された父親はこんな感じなのだろうか。

そう言えば秀介の妹が最近『お父さんと一緒に服を洗わないで』と言って、近所でも有名な頑固親父を撃沈させたの荒木家では語り草になっている。

そのときの雰囲気と、似てなくもない。

懸命に言い訳を連ねれば連ねるほどこちらが冷めるのがわからないのだろうか。

布で表情が見えないのをいいことに苦笑したら、不意に視界が開けた。

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