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2:今岡凪という人 その2

つくづく自分は地味に運がないのだと思う。

泉に溺れてブラックアウトした意識が戻り、暫ししてから凪はうんざりと息を吐き出す。

一応水に入ったのだからここは水中のはずなのだろうが、いやに白くて広い空間には大気はあれど水分は感じない。

否、説明を受けた限りでは大気もないらしいが、普通に呼吸できるので問題はなかった。

閉鎖的に感じるのに空間には果てが見えず、磨き抜かれた真珠のようにところどころ艶を帯びている。

今まで凪が見たどの建築物とも違う雰囲気は、否応なしにトラブルに巻き込まれたと自覚させた。

そしてトラブルに巻き込んだ張本人である自称異界の神様を冷めた眼差しで眺める。


痩身でありながら秀介よりも背が高い彼は、所謂細マッチョに分類される体型をしていた。

目に見えて逆三角形ではないのに、ギリシャ神話の神様を髣髴とさせる布を巻いただけの服から覗く体はしっかりと鍛えられている。

この空間に同化してしまいそうな真っ白な髪をスパイキーショートに纏め、ピジョンブラットという言葉を髣髴とさせる赤い瞳を意地悪く細めていた。

唇は緩く弧を描き全体では笑みの形になっているが、優しいとか柔らかと修飾するには性質が悪い。

凪は身長が低いので大抵の人間は見上げる形になるが、彼も例に漏れず首を上に曲げなくては視線が絡まなかった。結構な急角度になるので、正直先ほどから首の後ろが痛みを訴えている。

腰に手を当て背を曲げて態々凪の顔を眺めている彼は、こちらと違って随分と機嫌が良さそうだった。

無駄に楽しそうな彼に向けもう一度嘆息すると、事実確認のために口を開く。

彼と一緒の時間がどれだけ過ぎたか判らないが、精神力は随分と費やされていた。



「もう一度確認しますけど」

「ん?」

「私はもう、二度とあちらの世界に戻れないんですね?」



うんざりした空気を隠しもせず問いかければ、にへらと漢臭い顔を崩した彼は躊躇なく頷いた。



「おう!俺がこっちに連れてきちまったからな!もうもとの世界には戻れないと思ってくれて間違いねぇぜ」

「でも私じゃなくても良かったんでしょう?」

「そりゃな、条件を満たして世界を渡らせるだけなら誰だっていいんだけどよ、俺としてはやっぱ好みの女がいいって思うわけだ。むさ苦しくてごっつい野郎なんて、俺の加護をくれてやるには惜しいだろ?」



『知るか、馬鹿』と喉元まで出掛けた言葉を辛うじて堪える。

自称神様の彼は凪の考えていることも読めるので我慢しても無駄だろうが、何となく罵倒を口にするのは憚られた。

それが例え、『異世界に連れてくのは決定だけど、お前を選んだ理由は特にないんだよー』などと軽く口にする馬鹿であっても。


ブラックアウトした意識が戻った瞬間、凪が目にしたのはへらへらとした自称神様のドアップだ。

何を考えていたのか焦点が合わぬほどの間近で顔を覗きこんでおり、意識をはっきりするために瞬きを繰り返している間に抱き起こされた。

慌ててもがけばあっさりと地面に下ろされ、そこで初めて周りの風景が己の知るどんなものとも重ならないと気がついた。

映画やテレビの中でしか見たことないような、CGかと思う彩色の部屋は床も天井も定かではない。

どちらが上でどちらが下かも判らぬ空間は、閉鎖的でありとても広い。

トラブルに巻き込まれたと直感的に悟って最初に確認したのは、自分に抱きついてきた親友の無事だ。

凪がこの空間に入り込んだなら桜子も一緒に来ている可能性が高く、目の前の彼に問えばあっさりと空中に胎児のように丸まる彼女を出現させた。

手品より鮮やかな手法に、『魔法だ』と言われて納得してしまった。否、納得するしかなかった。

凪はどちらかと言わずとも現実主義だ。

目で見て納得できなければ信じないし、納得できれば信じる。

幼馴染の二人曰く、『変に頑固で素直』な性格をしているらしく、騙されないかとよく心配されるが、凪からすればそんな彼らの方が素直で騙され易い。

事実毎年の恒例になるエイプリールフールの騙し合いで幼い頃から一日に一つ嘘をつくというゲームでは、未だに凪は負け知らずだ。

それはともかく、とりあえず幽霊だろうと妖怪だろうと、果ては天使や悪魔であろうとも、目にしたからには存在を信じるのが凪のモットーだ。

つまり目の前で見て納得したからには『魔法』も信じるし、有無を言わさずこの空間に引きずり込んだ目の前の男が『異界の神』だと名乗っても否定する要素も騙す要素もないだろうからあっさりと信じた。

それでも複雑な胸中をどうしようもない凪に、彼は笑顔で先を続ける。



「世界に執着を持ってない奴。消えても割りと大丈夫な奴。あとは見た目が好みだったから、何となくお前にした。必要なのはあっちの世界にこっちの『人間』を送る作業だ。俺の世界のバランスが崩れるたびにやってるんだけどよ、送る際の衝撃が丁度いい感じにバランスを戻してくれる」



身長145センチきっかり、体重39キロの腰のくびれはあるものの胸の膨らみやヒップの張りについては薄い凪を好みと言い切る異界の神は、確実にロリコンだろう。

しかもつらつらと並べ立てられる理由は決して優しいものではない。

つまるところ最終的になんとなく見た目が好みで、天涯孤独で血縁が居ないため消えてもさして騒ぎにならず、尚且つ性格が若干歪んで執着心が少ない凪にたまたま・・・・白羽の矢が立ってしまったということだ。

その上ついていないことに、元居た世界で見つけた泉は彼の目と同じ役割をしていて、あの小さな場所は人気も少なく他に目星があるのをなんとなく覗いたところで目をつけられたと言うのだからたまらない。

西洋の血が混じる凪は、異国の神曰くど真ん中の見目をしているらしいが、自分ではそのよさが全く理解できなかった。

ふわふわと収まりが利かない限りなく金に近い薄茶の短い髪に、桜子曰く海よりも深い蒼の瞳。

白人の血を継いでいるので肌は抜けるように白く血管が浮くほどで、運動神経ゼロなので筋肉はない。

さらに限りなくインドア派であるため食欲もそれほどなく、おかげで脂肪もとても少ない。

健康的な美少女である桜子どころか、同じクラスの女子と比べても成長が著しく遅く、秀介にはメリハリがない色気ゼロの体だとよくからかわれる。

別に色気も欲しくなければ彼氏も募集してないので気にしないが、身長だけはあと数センチ欲しかったと思わぬでもない。

コンプレックスはないが取り立てて気に入ってるでもないこの見た目を気に入られるなどどうしようもなく運がないとしか言いようがないが、気に入られているので手荒な真似をされない分だけついているのだろう。

何せこの目の前の自称神は何が楽しいのか知らないが、とにかくにこにことした締まりない顔で凪を観察している。

説明もなしに異世界に放り込まれたり、話を聞く限りだと必要がなかった桜子が酷い目に合って居ないだけよしとするしかないのだろう。

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