11:看板娘やってます その2
買い物先は、布を専門に扱う卸問屋だ。
結構大きな店で、布以外にもボタンやなめし皮も扱っていた。
ちなみに何の皮かわからないが、そこは知らないほうがいい気がするので聞いたことはない。
商売相手を選ぶらしく店は常に閑散としているけれど、それでも流行ってはいるらしい。
ラーリィのように一流の腕を持ち、尚且つ気に入った相手でなければ商品を卸さない。
初めて店に入るための許可証を貰ったとき、なんて商売人らしくないんだと思ったものだ。
「よく来たな」
「こんにちは、カルタさん」
どちらかと言えば身長が低い凪の肩ほどでもない男は、今日も似合ってないスーツで身を固めている。
赤褐色に白いものが混じり始めた髪と、小さくてもがっしりした体格。
なんとなくコロボックルを思い出す風体の彼は、厳つい顔を歪めて笑った。
元に居た世界のカード遊びと同じ名前でも、全くイメージは重ならない。いや、そもそもカルタのイメージ自体がよくわからないけれど。
猪の男の彼は初対面でイノシシの肉を食べていた。
何故か店の中央にあるテーブルに鍋を用意し、所謂しゃぶしゃぶにして。何の肉か聞いたとき、共食いかと思った。
けれどこちらの世界で獣人と獣は全く違う扱いになるらしく、同じ名前でも普通に鹿がシカ肉を食べていたり、兎がウサギ肉を食べてたりする。
じゃあ牛がウシ肉を食べたり、豚がブタ肉を食べたりするのかラルゴに問えば、牛や豚の人は見たことがないと言っていた。
凪の中で猪は豚の一種でも、ここの常識とは違う。単純で奥が深い事実に思わず感心してしまった。
この猪の男は見た目は50代後半で、男やもめらしい。
仕事に熱中して手広く広げていたら、気がつけばこの年齢になったそうだ。
年を取ると寄って来るのは財産目当ての女が多く、ならばせめて種族関係なく好みの女性相手に手広く商売しようと現在の店を会員制にしたらしい。
つまりあの気風のいいラーリィも彼の好みだそうだ。
確かに性格はいいし、恰幅はよすぎるけど痩せればさぞ美人だと思う。身長差は凄いけど。
他にもお抱えの服職人がいるらしいので一度見てみたい。しかしバッティングしないよう気を使っているようだしきっと今後もその機会はないだろう。
別にカルタの好みを知ったからどうと言うわけでもないが、そこは純然なる好奇心だ。
「今日の仕入れ分をいただけますか」
「おう、準備出来てるぜ。そこのデカブツ!とっとと来い」
「おい、おっさん。俺の名前はラルゴだって何度言えばいいんだ」
「はん。俺の頭の許容量は商売といい女分しかねえんだよ」
「男として正直すぎるだろ」
「ラルゴもいろんな意味で正直だよ」
「お嬢!」
むっと唇を尖らせてから肩に抱えていたサーシャを床に下ろしたラルゴが、手招きされるままに店の奥に進んでいく。
初日に凪も行って荷物の運び出しに協力しようと努力はしたけど、残念ながら非力すぎる凪は用意された荷物の全てを運べなかった。
自分の仕事である以上全て自分の手でやり遂げたかった。しかし現実問題無理で、手押し車もないと来る。
考え込んだ凪に、荷物持ちも護衛の仕事だとラルゴが申し出てくれた。
お金で雇われ居る以上雇い主の手伝いも仕事の一環と笑ってくれた彼は、あれでいて本当に気遣いさんだ。見た目は恐いけど。
それでも全てを預けるのは納得できないので、今は運べる分だけをより分けてから運んでいる。
仕事にしては二度手間でも、お金を貰うなら自分の労働力を提供するのは当たり前だった。
子鼠たちを外に連れ出してくれるだけでも十分だとラーリィは笑うけど、そこは凪の譲れないラインだ。
カルタとラルゴが戻るまでは、簡単な店の掃除をする。
過保護なラルゴが凪にもてる分を検討してより分けるまで意外に時間が掛かる。
なのでその間出来ることはないかと聞いたら、はたきがけや布で棚の拭き掃除をしてくれとカルタが言ってくれた。
仕事を得れれば暇つぶしも出来るし、子供たちも退屈しないで済む。
取りとめもない話をしながら掃除をするのはとても楽しかった。
今日のお昼ご飯や、昨日の夜の出来事、今朝起きたとき寝癖爆発だったラーリィの話。
子鼠たちは止まることなく口を動かし、凪は専ら相槌専門だ。
時折意見を求められては返事をする。
取りとめもない時間がとても楽しく、この場に居ない幼馴染たちを思って少しだけ寂しくなった。
もとの世界でこうして取りとめもない話をするのは、専ら彼らが相手だったから。
「───すいません」
「・・・・・・」
「あの、ラーリィさんのお遣いで窺ったのですが、こちらにラルゴはお邪魔してませんか?」
聞き慣れないテノールにぴくりと眉を跳ね上げる。
凪一人なら姿をみせて応対したかもしれないが、ここには子鼠たちがいた。
彼女たちと一緒にいるのを見られたくないのではなく、彼女たちが不要に傷つけられるのを見たくない。
幸い今居る場所は入り口から見て死角に入る。
ここは凪の店ではないし、このままやり過ごすか。
そう結論付けて身を強張らせれば、視界の隅を小さな影が走り抜けた。
「サーシャ!?」
小さな声で叫ぶが、ちらりとこちらを見た彼女は悪戯っぽく笑い入り口へと向かっていく。
釣られたようにルルリとミーシアも駆け出し、咄嗟に掴まえようとした手が宙に浮いた。
「ゼントお兄ちゃん!」
「・・・ゼント?」
喜びが篭められた声にひっそりと眉間に皺を寄せる。
その名前は何度か耳にした。主にラーリィの店で。
確か今の凪と同じ虎の種族の青年で、随分と綺麗な顔立ちをしているらしい。
彼が話題に上がると必ずラルゴが邪魔をする。お陰でその程度しか『ゼント』については知識がないが、あれだけ子鼠たちが嬉しそうにしているのだから、別人と言うことはないだろう。
そろり、と布が掛けてあるポールからほんの少しだけ顔を覗かす。
目に映るのは綺麗な金色。太陽の光を紡いだらこんな色になるんじゃないかと思える、すばらしく美しいハニーブロンドだ。
丁度こちらに背中を向けてるので顔は窺えないが、彼の身長もとても高そうだった。
右腕にサーシャ、左腕にルルリとミーシアをぶら下げて軽々と持ち上げている。
あれが本来虎のあるべき姿なら、凪は随分と脆弱な虎だ。
すすすすすっと布に身を隠しつつ、きらきらしいオーラに近づくのはやめようと深く決意した瞬間、可愛らしい声が店内に響いた。
「ナギちゃんもこっちにおいでよ!」
ルルリの誘いにすぐに頷けなかったのは、多分これが初めてだ。