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11:看板娘やってます

掌に伝わる温もりに、思わずじんわりと目じりが緩む。

すぐ隣を必死な顔で歩く幼い子供たちは、凪より短い足を一生懸命動かしていた。

両手に繋いだ手は小さくて、地団太したいほど愛らしい。

右手にはミーシア、左手にはルルリ。そしてサーシャはラルゴの肩の上だ。


誰もが凪と手を繋ぎたがり、日本の厳正なる勝負方法『じゃんけん』で権利を決した。

ちなみにその『じゃんけん』には何故か大人気もなくラルゴも参加していて、凪の冷たい眼差しにもめげなかった彼は、一番最初に撃沈している。

『最初はグー』と言ってるのに、何故か『チョキ』を出していた。

今の無しなんて台詞は当然受け入れられず、情けなく尻尾を垂れて大きな身体で店の隅に座ってるので、ラーリィに邪魔だと足蹴にされて見事な前転を披露してくれた。

そんな彼のいっそ憐れな喜劇に目もくれずに白熱した勝負の結果、敗者のサーシャはラルゴの隣で似たような格好をするものだから、とても可愛くてころころと転がしたいくらいだった

勿論ラルゴではなく、ラルゴの隣に座っていたサーシャ限定だけど。



「ナギちゃん、お外って暑いのね」

「そうだね。今日は天気がいいからね。お日様は地上に居る生物に恵みと同時に試練も与えるんだよ」

「恵み?試練?それって何?」

「・・・噛み砕いて言うと、『俺太陽だぜ!今日もギンギンだぜ!草も花も俺の光を浴びて成長しな。いい女にしてやるよ。おっと、それでも俺に触れすぎると火傷するぜ?』と」

「いや、違うだろ。適当なこと言ってんじゃねぇよ」



ほとんど外に出た経験がないために、未だに太陽に慣れない子供に微笑めば、ずびし、と両手が塞がっていて防御が出来ない脳天にチョップが降って来る。

ラルゴと凪ぐらいに身長差があると、チョップをされるという感覚ではなく、まさに降って来るのだ。

大事なので二度言った。


ダランに住んで早一週間。

出不精な凪は基本的にラーリィの店と宿の往復しかしないが、随分と街の雰囲気にも慣れた。

好奇心の及ぶままにいい香りをさせる露店へと顔は出すので、最近では顔見知りも増え食生活も充実している。

と言っても凪の胃袋は美味しい物好きには辛いサイズ。少し食べればすぐに膨れてしまうので、そこは24時間付きっ切りの護衛の出番だ。

ラーリィの店で稼ぐ三割は毎日食費で消えている。しかし悔いはない。二週間もあれば宿とラーリィの店の間にある店は網羅できるし、やりきる気満々だ。


しかしその一週間の間に、ラルゴの手が出る回数が増えた。

タイミングを逃さず絶妙にボケるのだが、才能があるのかラルゴの突っ込みは華麗に冴え渡る。

流石に割と名の知れた冒険者の実力か、脳天に響くような痛みはなく、ただ衝撃が伝わるだけだからそんなに後は引かない。

だから余計に悪乗りしてしまうのだと思う。

ちなみにこれはあまりやり過ぎると、ラルゴを凶悪犯扱いした他人が間に入ってきたりする。

ラーリィが相手なら冗談で済む話なのに、先日は頭を叩かれた凪を丁度見ていた街の警邏兵に職務質問された。

ついついノリでポケットからアルバイト代としてもらったハンカチで目尻を拭いつつ、あることないこと自白しそうになれば、本気で慌てたラルゴが全身を使って止めるから一応やめておいたけど。



「どうしてそんなすぐにナギちゃんを叩くの?」

「ナギちゃんの頭が飛んでいったらどうするの?」

「ラルゴさん嫌われるよ」

「うん、嫌われる。あたしがナギちゃんならラルゴさん嫌いになる」

「うん、嫌い」

「すぐ殴るから嫌い」

「!?お、お嬢、嫌いか?俺のこと嫌いになるか?」

「いやいやいや、ボケに突っ込みは必要でしょう。いい、三人とも。これは暴力じゃなくてコミュニケーションなんだよ。ラルゴは叩くのがコミュニケーションなの」

「いやいやいやいや!違うだろ!?お嬢、真面目な顔で冗談言う癖止めろ!俺、その内本気で捕まるからな!?そん時にあることないことでっち上げんなよ!?この間だってお嬢が思う以上にマジでやばかったんだから!」

「捕まる前提で話を進めるの?それってどうなの?」

「言わせてるんだろ、お嬢が!見た目と違って本気で性質が悪いな!」



ぶんぶんと勢いよく尻尾の先を揺らすラルゴに、肩の上でバランスを崩したサーシャが慌ててしがみ付く。

小さな指が鼻の中に突っ込まれ、嫌そうに彼のマントで拭っていた。

可愛いサーシャに降って沸いた災難に、眉を顰めてミーシアとルルリに断って手を放すとポケットを探る。

ちなみに今日のナギのスタイルは、黒のスキニーパンツと白いブラウス、更にその上から黒のベストと、日本でのアルバイト先ととても似ている格好だ。

一番気になる尻尾の部分は、この服は穴が開いている。物によっては紐で尻尾の上下を結ぶタイプもあり、基本的に穴を開けるときオーダーメイドらしい。

確かに種族のよって穴の太さが全然違うし、納得の一言だ。ラーリィが最初に服を持って行っていいと言った理由もここにあるのだろう。


ラーリィの店でのアルバイトはモデルがメインだと聞いたけれど、凪が想像したモデルと少し違った。

彼女の指令は至って簡単で、指定された服を着て買い物に行ったり子供の相手をしたりするだけ。

確かにそう言っていたが、本当に言葉通りに店の掃除をしたり雑用したり、ごく稀に店に来る獣人の相手をしたり、後はずっと子鼠ちゃんのハーレム。

もとの店のアルバイト先のほうが時給はいいけど、朝昼のまかない付きだし何より可愛い子供が居る。

どちらがいいと言えば、仕事内容も考慮して圧倒的にラーリィの店がいい。

毎日相手をすればするほど素直に懐く彼女たちは、今では目に入れても痛くないくらい可愛い。

そんな可愛いサーシャの指が、よりによってラルゴの鼻の穴に。

渋い顔で高速でサーシャの指をハンカチで拭う凪に、ラルゴは情けなく眉を下げた。



「・・・そこまでやるか?」

「やるよ。ラルゴだって他人の鼻の穴に指突っ込んだら気分悪いでしょ」

「そりゃそうだが。でもお嬢の鼻に指突っ込んでも嫌じゃないぜ?」

「───・・・そんな言葉喜ぶと思ってるの?心底ドン引きするんだけど」

「なんでだ!?」

「『なんでだ!?』って、よく言うよね。自分の胸に手を当てて考えてみれば。サーシャ、降りる?」

「ううん。降りてもナギちゃんと手は繋げないし、ラルゴさんの肩で我慢する」

「そう?嫌になったらすぐに言うんだよ?もうすぐラーリィさんに頼まれた買い物も終わるから、お店で一緒に仕事しようね」

「うん!そしたらあたしとも手を繋いでね?」

「当然だよ!もうぐりぐりに撫で繰り回して可愛がるからね」



『うん!』と心底嬉しそうに目を細めたサーシャの尻尾が嬉しげに揺れる。

こんなに可愛い子鼠がどうして世間で受け入れられないか全くわからない。

手を放しても凪のパンツの裾を放さずこちらを見上げるルルリとマーシアの頭をくりくり撫でる。

灰色の耳はぴこぴこ揺れて、どう神経が通ってるか疑問に思いながらも全力で愛でた。

道の端から突き刺さる冷たい視線も気にならない。

一週間ともに生活して確信を得た。鼠の人も他の種族となんら変わりはなく、感情もあるし痛みも感じる。

小さな子供の心を当たり前に傷つけれる大人の精神は、理解できないししたくない。

特に自分も子供と手を繋いでるくせに、こちらに嫌悪の眼差しを向ける手合いは最悪だ。

その度に俯く子鼠たちに握られた手に力が篭められ、傷ついたと思った瞬間は彼女たちを褒めると決めている。



「じゃあ、行こうか」

「うん!」

「今度はルルリが右手ね!」

「じゃあ、ミーシアは左手!」



くるりと入れ替わった二人に、うっとりと瞳を細めた。



「───どうして子供にばっかそんな顔見せるんだ。俺だって頑張ってんのに」

「ラルゴさん、頑張れ」

「おう、ありがとよ」



一回り以上年下の子供に慰められる龍の男の声をバックに、両手を振って三人は歩いた。

目的地はもう間もなくだ。

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