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10:そして漸く一日が終わる

説明を聞き終わってから間もなく、わけのわからない話に熱中していたラルゴが、唐突に会話を区切ってこちらを見る。

そのままびしょびしょになった凪を、顔を合わせた初日と同じように魔法を使って乾かしてくれた。

ぶわりと暖かな風が全身を包み、間もなく濡れていた髪や服から湿った気配が消える。

簡単にしていたが、驚いた三人やギルド内の気配から、案外上級技術なのだろう。

そのまま何か言いたげにこちらを見詰める眼差しをスルーして、手にしていた眼鏡を掛ける。

薄いセピア色の紗がかかった視界で、もう礼を言って頭を下げた。



「それじゃご親切にありがとうございました。また顔を合わす機会を楽しみにしてます」



顔を上げればこちらを見ていた三人はきょとんとしていて、その表情に微かに疑問が沸く。

しかし結局そんな些細な疑問よりも面倒な問題を避けることを優先した凪は、さり気無く近づいてラルゴの手を握った。



「ラルゴ、走るよ」

「は?」

「お邪魔しました!」

「あ、おい!」



唐突な言葉に目を丸めたラルゴは、次の瞬間にはにやりと笑って凪を片手に抱え上げる。

あっという間の逃走劇に、背後から掛けられた声はドップラー効果を存分に発揮して消えた。





ごろり、とベッドに横になった凪は、目まぐるしい一日を回想する。

朝からざっと十人以上と触れ合ったけれど、とても疲れた。

この疲れ方は学校とアルバイトを掛け持ちした夜と少しだけ似ているが、また違う気もする。


とりあえず一週間分前払いしてある宿屋の部屋に戻って、風呂に入りベッドに寝転んだところで漸く異世界を実感し始めた。

いや、勿論初日の森に放り込まれてラルゴと知り合ってからも、十分に異世界だと頭はわかっていたのだが、本当の意味で理解させられた気がする。

何しろこちらともとの世界の常識は似て非なるものであり、尚且つ凪が知っている人種がいないのが影響しているのだろう。


凪の世界には基本的に『人間』しかいない。

獣耳や尻尾を標準装備した『獣人』なんて見たことないし、小説の登場人物程度の認識しかなかった。

おかしなことにラルゴ一人では実感しきれてなかったらしい。

別に嫌でもないし、不思議と嫌悪感も沸かないが、それでも疲れている。

ストレスはいいことが起きても悪いことが起きても平等に感じるものだし、五日間の強行で疲れた身体が漸く現実を意識したと考えておこう。

どうせあれこれ悩んでも元の世界に戻れないし、戻りたいと思うほど執着もない。

幸いにしてこちらの神は何故か凪を気に入ってくれて随分と上等な生活をさせてもらってる。

予め軍資金やある意味のチート能力を授けられた上に、ラルゴという守護者まで得られたのだから感謝すべきだろう。


開いていた瞼を閉じ、そう結論付けようとし───結局感謝しきれずに瞼をかっと見開いた。



「ラルゴ」

「んー?」

「一つ聞いていい?」

「おう、なんだって聞いてくれ」



すぐ傍で陽気な声で返事をしたラルゴに、凪は宿に戻ってからずっと疑問に思っていたことを口にした。



「あのさ、いつラルゴは帰るの?」

「帰る?って、どこへ?」

「家、もしくは宿」



そう。ラルゴは宿に戻ってから、何故かずっと凪の部屋に居座っている。

しかもただ居座ってるだけじゃない。

服を脱いで椅子に掛けると、隣接している風呂に入り、帰り道に購入した大量の食料を据え置きの机の上に置いて摂取した。

その上ひと心地ついたらしい彼は、何故か凪が寝転ぶベッドの上に足をかけている。

そこでついに凪の我慢の限界が訪れ問い詰めたのだが、本人は厳つい顔に何故か幼げな表情を浮かべて首を傾げた。

くねりと揺れた尻尾の先が天井を向く。

どうしてそこまで不思議そうな顔をするのか、凪のほうこそ不思議だ。



「なんで帰るんだ?」

「なんでって・・・おかしいでしょ、この状況。どうして一緒に居るの。どうして勝手に服を脱いで風呂に入って食事までしてベッドに上がろうとするの。意味が判らないし」

「つってもよ、俺はお嬢の護衛だろ?一緒にいなきゃ守れないじゃねえか」

「・・・でもここは街中だよ?それにウィルからの加護を使えば危険じゃないし」

「いや、そうでもねえ。お嬢の加護ってのは、お嬢に悪意を持って近づいた場合か、もしくは本人が拒絶した相手や事象にのみ有効なんじゃねえか?そうじゃなきゃ旅の最中あちこちで木の根に引っかかって転んで怪我したり、今日みたいに狼女の被害にあったり、ギルドの受付嬢から水ぶっ掛けられたりしねえだろ」



そう指摘され、薄々気づいていた事実に否定できない。

ラルゴの言うとおりだ。そうでなければこちらの世界に来て早々に雨に打たれてないし、木に引っかかって怪我もしてないはずだ。

意識していても壁には当たるし、地面にぶつかれば痛みも感じる。

つまり意思がない無機物に対しては、ものによっては防御できない。

その上当たり前の、至って冷静な顔で訴えられれば、変だと感じる凪のほうが変なのかと思えるから不思議だ。

こちらは凪の常識は通じないし、もしかしたら考えられない危険があるのかもしれない。

悩み始めた凪に気づいたのか、ここぞとばかりにラルゴは詰め寄った。



「俺はお嬢を襲ったりしないぞ?」

「・・・百万が一その気になってもすり抜けるだけだけどね」

「なら安心だろ?不埒なことはしないって」



金目を細め検視をむき出しにした笑顔に、腕を組んで考える。

一見すると強面に見える精悍に整った顔には二心は無さそうだ。

それに彼ならわざわざ凪を襲わなくても、自分から寄り付く女性は多いだろう。

護衛の仕事だと言ってるし、きっと誰が相手でもこんなものなのだと、脅かされるパーソナルスペースに深く深くため息を吐き出した。



「わかった」

「よし、じゃあ寝るか」

「いや、それはちょっと待って」

「まだなんかあるのか?」

「うん。一緒に居なきゃいけないのは、仕事だし理解した」

「ならなんだ?」

「その格好」

「あ?」



何がおかしいんだと言わんばかりの声を上げたラルゴに、目を鋭くする。

そんな顔をしても、こればかりは譲れない。



「むっきむきの上半身を曝した格好で寝ないで」

「何がだめなんだ?」

「全部。これが飲めないなら、部屋から出てって」

「・・・それがお嬢の妥協点か?俺、いっつも寝るときは上着は着ないんだ」

「駄目なら」

「わかった!わかったって。・・・あー、明日楽に着られる寝巻きを買うか。今日はこれしかねえしな」



凪と違い服を購入しなかったラルゴは、室内に備え付けられていたローブを身体に巻いた。

ちなみに下半身は風呂から出てきても流石に露出させる気はなかったらしく、昼間で穿いていたズボンだ。

頭を掻きながら離れる彼に、凪は心から疲れを感じた。


結局、添い寝は逃げられそうになく、パーソナルスペースはどう確保すべきか悩みどころだ。

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