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9:一日の終わりはまだ遠い その2

大人しくなったラルゴを引きつれ、何故か極彩色の鳥の彼に誘われるままにギルドに入る。

中は想像していたより広く、使い古された丸い机が幾つも置いてあり、木の椅子には冒険者らしい人物たちが腰掛けていた。

静かに一人で佇むものから四、五人で机を囲むもの、色々な種族の獣人がぽつぽつと点在している。

時間帯がまだ早いからだろう。混雑とは程遠い閑散とした空気に、凪は安堵の息を吐き出した。



「ほら、ギルドに用だったんだろ?受付はあっちだぞ」

「いえ、別に受付には」

「ん?受付に用はないのか?じゃあ何しに来たんだ?」

「ただ護衛の相場を知りたくて」

「護衛の相場?ああ、お前見るからに冒険者向きじゃないもんなー。虎の癖にチビだし細いし弱そうだし。普通、虎ってのは女でももっと体格がいいのに、華奢で力がなさそうだよな。俺は白虎を見るのは初めてだけど、こんな色気がない虎を見るのも初めてだ」



けらけら笑いながら話す鳥は、悪気はないのだろう。

しかし呆れるくらい無遠慮で失礼な物言いだ。

鶏冠のような前髪を揺らして、能天気を絵に描いたように目を細める。

これが嫌味にならないのは彼の人間性、否、獣人性に違いない。



「失礼なこと言ってんじゃねぇよ。お嬢は確かに胸はちっと物足りねぇけど、華奢で小さくて守ってやりたくなるタイプだろ」

「ははは!お前の父ちゃんは親馬鹿だな!」

「んだと!?だから父ちゃんじゃねえっつってんだろ!そして俺の主張は正当だ!」

「・・・いや、それはラルゴの贔屓目入ってるよ」

「そんなことねえ!お嬢は俺が知る虎の中でも一等だ!いや虎だけじゃなく───って、何言わせる気だよ!」



勝手に盛り上がり、勝手に尻尾をくねらせて照れ始めたラルゴに最早呆れは隠せない。

昨日までの五日間、頼りになる常識人で気遣いの出来るいい獣人だと思っていたが、常識人の部分には色々と疑問が沸いてきた。

黒い肌でもきっちりと頬が赤く染まり、金目がそわそわと宙を漂う。

今更だが人選を間違った気がするのは、贅沢になり始めたからだろう。きっとそのはずだ。ラルゴが悪いんじゃないと思いたい。


それにしても、彼は将来絶対に子煩悩な父親になることだろう。

『パパ』の発言に息を止めるほど喜び、正気に返った瞬間、必死に平然とした表情を取り繕いつつ揺れる尻尾に身の危険を感じた。

事実道端の石ころを弾き飛ばし、近所の壁に穴を開けているくらいだ。

あまりの自体にそそくさとギルドに入り身を隠したが、見つかれば弁償させられるに違いない。

小さいけれど、きっちりと貫通して穴が開いていた。

その際は是非ともラルゴ一人に保障して頂きたい。凪は何もしてないのだから。


一通り悶えて気が済んだらしいラルゴが、照れ隠しに近くにあった机を叩く。

綺麗に真ん中からヒビ入ったそれに、凪は本気でドン引きした。



「あははは!面白いな、旦那!あんた『龍のラルゴ』だろ?噂とちょっと違うけど、凄いパワーだな。ここの机、力自慢の冒険者が来るから普通より分厚く魔法補正もされて作ってあるのに、一撃でヒビ入ってるし」

「笑い事じゃないよ。これどうするの?」

「放置すりゃいいんじゃね?ばれなきゃいいよ、ばれなきゃ」

「───それだけ騒いでばれないはずがないだろうが」

「ひい!!?」



いきなり背後からラルゴ並の重低音が響き、びくりと身体を竦める。

恐る恐る後ろを振り返れば、がっちりとした胸板と、軍服のような襟詰めを着た筋肉質の男がいた。

ラルゴより身長は低いが、彼よりも筋肉が発達している。

凪と張るくらい色白の肌に、きりりと上がった眉。酷薄な唇に冷たく感じるほど感情の見えない薄いグレイの瞳。

割と整った顔立ちだが、クール過ぎて女性は近寄り難そうな雰囲気を発していた。



「・・・え?」

「うわ、マナさん!?」

「は?マナさん?」



叫んだのは騒がしい鳥だ。どうやら顔見知りらしいが、凪が驚いたのはそこじゃない。

いかにも筋肉男の彼の名前の響きがあまりにも可愛すぎて、ミスマッチだったからだ。

こちらをぎょろりと見下ろす視線に怯み、思わず目を逸らす。

そしてその先で見つけた耳に、ひくり、と唇を引きつらせた。

朝も目にした種族のそれは、名前以上に恐ろしく彼に似合っていない。



「何だ。俺の名前に何か問題が?」

「いえ、何も」

「じゃあなんだ。俺の顔に何か付いてるのか?」

「いえ、目と鼻と口と眉以外は取立てって目立つものは」

「じゃあなんだ。何を見て動きを固めている」



問われて喉元まで出掛かった言葉を辛うじて飲み込んだ。

正直に言いたいが、口にした後の反応が想像出来ない。

あなたのその、似合わない黒耳が気になりますなんて、ふっわふわのウサ耳が気になって仕方ないなんて、失礼すぎて言えない。

人生で初めて見る筋肉質な兎男に、凪はずり落ちそうになる眼鏡を片手で押し上げる。

このダサい眼鏡を勧めてくれたラルゴに始めて感謝した。

顔の半分を覆い隠すこれは、少しだけ色が入ってるので至近距離からでも表情は読み難いだろう。読みにくいはずだ。読みにくいといい。



「その、机を連れが壊して、お怒りかなと」



辛うじて口に出した言葉は、我ながらドツボに入るものだった。

案の定目を眇めて更に視線を鋭くした彼は、強面のラルゴにも怯まず腕を組んで睨みつけている。

凪なら引付を起こしてしまいそうな視線を真っ向から受けたラルゴは、平然と肩を竦めた。

火に油を注ぐような態度に、やはり握られたままの手を恨みがましく見詰める。

この手が繋がれてなければ、凪は素早く他人の振りをして観衆に回っただろう。

自分でしでかしたならともかく、他人の厄介ごとや面倒ごとは極力避けたいと思うのは人として当然のはずだ。



「お怒りか、だと?当然だ。当ギルドの備品を破壊され、怒らないわけがないだろう」

「けちけちするなよ、そんなに金回りが悪いわけじゃねえだろ?」

「関係ない。君たち冒険者は何かと言うとすぐ暴力に走る傾向がある。そもそもどうして君が当ギルドの経営状態を勝手に判断するんだ。ソルト、彼らは君の友人か?」

「いや、さっきそこで知り合ったばかりっす。入り口で揉めてたんで」



どうやらソルトというらしいあっさりとこちらを見捨てた彼を、眼鏡越しにじとりと睨む。

しかし頭に手をやって掻いている彼は、凪の冷たい視線に気づかない。全くもって空気を読まない鳥だ。

益々冷たくなる視線に、凪は深々と息を吐き出す。



「すみません・・・・私の連れが失礼しました。壊した机はきっちりと彼が・・弁償しますので、どうぞお許しください」

「───ふむ、君は冒険者にしては随分と物分りがいい。すぐに暴力に訴えるでもなく、道理を弁えて謝罪するとは、若いのに感心だ」

「マナさん、そいつ冒険者じゃないらしいっすよ。なんでも護衛の金額を確認しに来たらしいっす」

「護衛の金額を?つまり、客か?」

「はあ、多分」

「いや、お嬢は客じゃねぇよ。護衛を雇いたいんじゃなく、俺を雇う参考にしたいだけだしな。つまり他所の男はお呼びじゃねぇよ」



折角収まりかけたのにわざわざ引っ掻き回すラルゴに、思わず肩に力が入る。

挑発するように筋肉質な兎男の『マナ』に顔を近づけた彼は、何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

そんな彼の爪先を現在思い切り踵で踏んづけているのだが、一切ダメージが見受けられない。

それがまた腹立たしく、熱の篭った息をゆるりと吐き出した。

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