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閑話【納得いかぬ幸せな我侭】

ラルゴ視点です。

片手に凪が購入した服が入った袋を持ち、不満げにゆらゆらと尻尾を揺らす。

購入したといっても本当に明日きる分の下着と一着だけで、他の必要分はラーリィに貰う気満々な彼女の機嫌は割りと上向きだ。

相反するラルゴの機嫌に気づいてるだろうに、涼やかな表情でスルーする彼女は、露店を眺めては好奇心に目を輝かせた。

その小さな瓜実型の顔には垢抜けない眼鏡が掛けてあり、サイズが合ってないそれを結構な頻度で押し上げている。

眼鏡には度が入っておらず、顔を隠す以外に意味はないが、予想より効果がありこれには満足していた。

しかし満足しているのはその一点だけで、他は気に入らない。

無地のチュニックと長ズボン、足首を締めるショートブーツと、シンプルで飾り気ない格好はそこらの男と変わらない。

どちらかと言えば小さい胸の膨らみは、身体に比べて大きい上着を選んだのでほとんど主張しておらず、長い髪がなければパッと見で性別も判別し辛いだろう。



「どうして俺が選んだ服が駄目なんだ」



未練たらたらの口調で呟くと、レンズ越しのオッドアイがこちらを見上げる。

至近距離ゆえにはっきり確認出来る呆れも露に半眼になった瞳は、それでも見惚れんばかりに美しい。

こんなダサい格好でも可愛いなんて卑怯だと内心で不貞腐れ、ふいっと視線を逸らした。



「あのね、あんなドレスで道を歩いたら明らかにおかしいでしょ?」

「いや、おかしくねえ。似合わないなら止めて欲しいが、お嬢なら似合う」

「似合う似合わないじゃないし。日常生活をドレスで送るって、どれだけお嬢様なの。言っておくけど、私は見た目どおりの一般人だよ」



その言葉に、ちらり、と視線を送りその全身を爪先から頭の天辺まで舐めるように眺める。

ふわふわとした薄茶色の髪は今は背中で三つ編みに結われて、大きな白いリボンで結ばれていた。

今日はドレスは着ないとふんわりとした笑顔で断った凪に、子鼠たちがせめてもとプレゼントした一品だ。

ちなみに三つ編みが少し歪なのは、三姉妹が小さな手で結ったからだが、お礼を言った凪はそれを手直ししようとしなかった。

例えそのリボンが、今身につけている衣服に恐ろしいほど似合ってなくとも。


異世界から渡った所為か、それとも元から子供好きの気質なのか。

凪は鼠に対する迫害の精神がなく、むしろ子供は愛すべきものだと迷いない綺麗な眼差しで訴えた。

実際、その直前まで相手にしていた子兎に対する態度と、それよりも暗い色を背負う子鼠の相手をしていた態度に違いはなく、慈しみに溢れた表情が本当に言葉通りなのだとラーリィにもラルゴにも信じさせた。


ラーリィ自身は近所の獣人や冒険者たちにも慕われているが、養い子に向けられる視線は必ずしも暖かなものばかりじゃない。

実際に攻撃されない限りは彼女も黙っているものの、大事にしている子供に向けられた感情はしっかり覚えている。

王族の衣服すら承るラーリィを表立って非難する輩はほとんどいないが、それでも黙認してるだけで受け入れられることは少ない。

特に凪のように見目が美しい獣人は、鼠そのものを毛嫌いするものも多く、睥睨の眼差しを向けあからさまに舌打ちしたりする。

ラルゴ自身は下らない差別だと感じるが、世間一般ではこちらのほうが珍しかった。

だからこそラーリィは凪を気に入り、子鼠たちのために仕事を斡旋したのだろう。

商売人らしくきっちりと算段も入っていたけれど、本音は年が近い女の子を子鼠たちの傍に置いてやりたいといったところだ。

きっとあの子鼠たちにとって、凪との時間は掛け替えのないものになる。

ラルゴ自身、一日の大半をラーリィの店で過ごしてくれるなら、ダイナスのところに行かれるより色々な意味で安心だ。

どちらにせよ護衛の仕事を盾に毎日一緒に居るつもりだけれど。



「お嬢はドレスのほうが似合う。男物の服なんて垢抜けない」

「よく言うよ。こんなサイズの合わない伊達眼鏡を無理やり掛けさせたくせに」

「変な奴に狙われたら困るだろ!」

「でもどうせ明日から外すよ。上から下まで全部ラーリィさんが選んだ服になるんだから」

「外さなくていい」



ふん、と鼻息荒く訴えたのに、またあっさりと流された。

ラルゴの本気の訴えに耳を貸さずに注意を露店のジュースに向けた凪の手を引き、こちらを向ける。

眉根を寄せた拍子に眼鏡がずり落ち、綺麗な蒼が露出した。

耳と尻尾がついた立派な白虎姿の凪に、ラルゴはそれでも発情する。

種族が違うのは視覚的なものだと知ってるからか、そうじゃないのか判断できない。

何故ならラルゴは予め凪は獣人ではなく、世界でただ一人の『人間の女』と知ってしまっているから。

だからこそとても心配で仕方ないのに、凪はちっともわかってくれない。


歪んだ三つ編みが解かれれば、緩やかに癖の付いた髪がふんわりと顔に掛かる様が好きだ。

澄んだ眼差しの、空よりも濃い青い瞳も、熟成したワインより赤い瞳も、異質と感じる前に見惚れる。

血管が透ける肌理細かい肌や、むしゃぶりつきたくなるふっくらした唇、触れたくなる柔らかそうな頬は、種族関係なく美しいと感じるはずだ。

現に熊のラーリィや鼠の子供たちも、感心した眼差しや、きらきらと輝く瞳で彼女を見ていた。

女としての憧れは許容出来ても、男からのそれは我慢できるか自信がない。

事実ダイナスの視線は最高にラルゴを苛立たせ、隻眼をくり抜いてやりたい衝動に駆られた。

それなのに熱視線を受ける側である凪は欠片も自分の容姿に頓着がなく、むしろ男の興味を引いてると思ってなさげで余計に不安になる。



「お嬢、今から行くギルドだけどよ、やっぱ止めねえか?」

「どうして?行かなきゃラルゴに対して正当な依頼金を払えないじゃない」

「・・・そうだけどよ、心配なんだ」

「何が?」

「お嬢が、荒くれ者に絡まれないか」



やんわりした表現で訴えてみたが、内心では浚われないかとか、襲われないかとか、酷いとこでは発情されないかと心配だ。

冒険者が集うギルドには多種多様の種族が集まるけれど、男女の比率は7対3ほどだ。

荒事や遠出も多い職業は安定を望む女性には好まれず、体力的なこともあって男が多い。

筋肉のない華奢な凪など片手で簡単に押さえ込め、ついでにそのままことを済ませれる。

勿論ラルゴが居る限りそんな憂き目にあわせる気もなければ、如何わしい視線を向けられただけで叩きのめす気満々だが、とうの凪に止められると思う。

長い付き合いじゃなくても、凪の世界が平和だったのがわかるくらいに、彼女は平和ボケしているから。



「でも私が絡まれてもラルゴが守ってくれるんでしょう?」

「そりゃ、そのつもりだけど・・・」

「ラルゴは弱いの?」

「んなわけねぇよ。こう見えて少しは名の知れた冒険者だぜ?」

「じゃあ問題ないね。私に何かあってもラルゴが居てくれるんだから」

「っ」



あっさりと言い放たれた言葉に、脱力する。

俯いて顔を隠したが、耳まで赤くなっているだろう。

尻尾は石に関係なく忙しなく動き、歩きながらビタンビタンと道を打つ。

うっかり石畳を破壊しないよう気を使っているけれど、もしかしたらところどころ欠けてしまっているかもしれない。



「ラルゴ、手が痛い」

「・・・悪い」



無意識のうちに強く握りすぎていたらしい。

小さな掌を砕かないよう、そろそろと力を抜く。

凪の体はラルゴの屈強な肉体と比べ、どこもかしこも繊細に出来ていて、丁寧に扱わないと片手でも壊せそうだ。

どこから見ても脆弱な存在なのに、力自慢のラルゴを言葉だけで撃沈できる。

惚れた弱みというものか、どうにも強気になりきれない自分のらしくなさにため息を吐く。

今までものにしてきた女は、ほとんどが相手から誘われてだったけれど、ごく稀に食指が動いた女を強引に口説いたことだってあるのに。

本気じゃなかったからこそ出来たんのだと、今更ながらに実感させられる。



「それなら俺から絶対に離れるなよ」

「うん。って言うか、離れようがないよね。ラルゴ、ずっと私の手を掴んだままじゃない」

「心配なんだ」

「さっきも聞いたよ。小さな子供じゃないんだから、そこまで心配しなくてもいいのに」

「だからこそ、心配なんだよ」



やはりわかってない受け答えに、つくづく厄介だと綺麗な目をした少女に苦笑した。

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