8:ママンは子供好き その4
「お嬢、お嬢!俺はこれがいいと思うぜ!」
子鼠ハーレムを築いている間に服を探してきたらしいラルゴは、一見すると恐くも見える精悍すぎる顔立ちをだらしなく緩めて手にした一品を見せ付ける。
凪は自分でもよく判っているが、お洒落な人間とは程遠い。
年頃の少女たちが読むファッション誌を購入したことは一度もなく、日常生活は学校かアルバイト先の制服、もしくはスーパーで買ってきたものを着ている。
誕生日に幼馴染たちやその家族からちょっといい服をプレゼントしてもらい、行事ではそれを気回しするという程度で、不潔じゃない身だしなみが維持できれば良しと、下着以外は半年に一度くらいしか買わないレベルなのだ。
現在着ているウィルから贈られたワンピースも、凪にとっては普段なら誰かの誕生日以外に着ないようなオシャレ着だ。
その凪に向かいラルゴが差し出してきたのは、どう考えても普段着には使わないような、少ないオシャレ語録に照らし合わせて表現するなら、ゴシックロリータという言葉を髣髴とさせる一品だった。
上質そうな真っ黒な布地の至る所に繊細なレースが下品じゃない程度に散りばめられ、ドレープが重なったスカートが特徴的なドレスは、腰に大きなリボンが付いており、きゅっと結べばさぞかし腰の細さが強調されそうだ。
丈は凪が着ればちょうど太腿の中ごろくらいだろう。ノースリーブなのに何故かフードが付いている。
全体的に身体のラインを浮き彫りにしそうな、細身の人が着こなすタイプの服だった。
「・・・それ、私が着るの?」
「おう!絶対似合うぜ!お嬢は細くて華奢だからサイズもぴったりだし、何より着られるんじゃなくて着こなせる!」
「はぁ?仮にそれを買ったとして、いったいどこに着てくの?街中をその格好で歩くの?」
「当然じゃねえか。なあ、これにしようぜ!」
「・・・馬鹿?」
「馬鹿って・・・そやないぜ、お嬢」
両手で服を摘んでいたラルゴは、凪の一言にがくりと肩を落とす。
しかししぶとく掴んだドレスは手放さない。
この世界の常識を知らないとしても、ドレスを日常生活に使うなんて一般市民としては明らかに非常識だろう。
事実、店まで来る間誰一人としてドレスを身につけた女性は目にしていない。
コスプレ姿も珍しいわけじゃなかった日本とは違い、こちらの世界でドレスを着る人種はきっと上流階級なのだと思う。
眉間に皺を寄せ渋い顔をした凪の服を、ルルリがきゅっと握った。
「ナギちゃん、ルルリ、あの服を着たナギちゃんを見てみたい」
「・・・え?あれを?」
思わず『あれ』と出てしまい、慌てて片手で口を押さえる。
ちらりとラーリィを見上げれば、淡い苦笑を浮かべて腰に手を当てていた。
凪の失礼な発言を責めない彼女に目礼をし、しゃがみ込んだ胸元に抱きついているルルリを覗き込む。
すると微かに頬を紅潮させたルルリは、嬉しそうに破顔した。
「ルルリ、お姫様見てみたいの」
「お姫様?」
「うん!ルルリたちこの国に来て10年だけど、まだお姫様みたことないの。だから、ナギちゃんが着てみせて」
この発言で一番驚いたのは、ルルリの年齢が考えるより上だったことだ。
どうも口調がしっかりとしていると思ったが、鼠は種族的に小柄だったようだ。
てっきり猫の子と同じくらいだと思い込んでいただけに、密かに衝撃を受ける。
しかし彼女たちが可愛いのは変わらないので、首を振って持ち直した。
「でも、ドレスを着ても私がお姫様になるわけじゃないよ?」
「そんなことないよ!ねえ、ミーシア、サーシャ!」
「うん!ナギちゃんは綺麗だもの」
「そうよ!きっとあたしたちが想像するお姫様と同じくらい綺麗だよ!」
大きなどんぐり眼に期待の篭ったきらきらと輝く瞳で見詰められ、その期待の大きさにうぐっと喉奥で声を殺す。
にやにやと嫌な笑みを浮かべたままのラルゴが持つドレスに視線を向け、眉間に皺を刻んだ。
どう考えても日常生活にあってない。むしろ必要ない感じの服だ。
値段は確認していないけれど、丁寧な縫い目からそこそこいい価格なのだろう。
黙り込んだ凪の後押しをするように、すっとラーリィがしゃがみ込んで顔を近づけた。
「その感じだと、欲しくないみたいだね」
「───どう考えても分不相応ですから」
「そうかい?あんたなら似合うと思うけどねえ」
「ありがとうございます。でも似合ったとしても、この服で日常生活を送るのはちょっと」
「あははは!確かにそうさね。街中でこんな格好してたら『いいとこの娘です、浚ってくんな』って言ってるのと同じさ」
「ああ、やっぱり」
けらけらと笑うラーリィに、じとりとラルゴを睨む。
この街には一月しかいないと言っているのに、ドレスなんていったい何処で使えばいいのだ。
ウィルに与えられた住処の周りにドレスを着て出かける場所などないと思う。
つまり一時の感情で衝動買いしても、このドレスはすぐに無用の長物となる運命だ。
私産を叩いて買った高価な代物を、箪笥の肥やしにする根性は、凪は一切持ち合わせていない。
鋭くした眼差しに怯んだラルゴは、それでもしぶとくドレスから手を離さないまま、しどろもどろに言い訳を始めた。
「いや・・・だって似合うし」
「似合うからって高い買い物させないで。最初に最低限のものでいいって言ったでしょ」
「だがなぁ、俺はお嬢の可愛い格好を見てみたいし。そいつらだって見たいって言ってるだろ?な?」
『うん!』
子供をダシに使うのは卑怯だ。
言葉に詰まった凪の顔をじっと見詰める三人に、今度はこちらが劣勢になり、そわそわと視線を逸らす。
そして逸らした先で、楽しそうに状況を眺めていたラーリィとばっちりと目が合った。
「この子らはあんたのドレス姿が見たい。けどあんたはドレスを買いたくない。そうさね、折中案を聞く気はあるかい?」
「折中案?」
「そう。あんた、この店のモデルになりな」
「はぁ?」
言葉尻が上がり全力で訝しい表情を作る。
何を唐突に言うのかと渋い顔をする凪をよそに、残りの面々は歓声を上げた。
「あんたこの街に住むのかい?」
「いえ、一月ほど、待ち人が来るまで滞在予定です・・・けど」
「ならその一月の間、ここで働かないかって言ってるんだよ。と言っても掃除やあたしが服を作ってるとき子供の子守とか、雑用程度でいいんだ」
「でもモデルって」
「難しく考える必要はないさ。あんたが働いてる間、あたしの作った服を着てくれればいい。勿論指定させてもらうが、何も毎日ドレスを着ろって言わないよ。日給は、そうさね、一日7000ビルにまかない付きでどうだい?」
指定された金額に思わず黙り込み真剣に考える。
こんなに流行ってなさそうな店で、一日7000ビルは破格な気がし、内容も中々好条件だ。
指定された服を着て雑用や、可愛い子供の相手をするだけでその金額。
しかし他にもいい条件の働き口があるかもしれないと、微かに残った理性が歯止めをかける。
呻りながら黙り込んだ凪に、人差し指を立てたラーリィは鮮やかなウィンクを決めて言い放った。
「しかも気に入った服はものによってはタダであげるよ」
「お願いします!」
『タダ』の響きに条件反射でぺこりと頭を下げる。
現金な態度に呆れた声と呵呵大笑が被り、頭を上げるタイミングを計るのに難儀した。