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閑話【千里の道も一歩から】

ラルゴ視点です。

大通りの一歩手前で前を歩く華奢な身体を掴まえ、上からばさりとマントを落とす。

小さな凪にはラルゴのマントは大きくて、あっという間に姿が見えなくなり、視野が塞がれて焦った彼女は子供のような掌を一生懸命に動かした。

暫くすればフードがもこりと膨らんで、ぷはっと息を吐き出す音が聞こえ、ずるずると端を引き摺りながらもなんとか形を整える。

それまで自分の衣服を女に貸したことがなかったので気づかなかったが、なんと言うか、ラルゴのマントに包まれている凪を見るたび胸に来るものがある。

可愛いとか、愛しいとか、とにかく地団太を踏んで奇声を上げたくなるとか、どうしようもない自分を堪えるべく口元に手を当てて視線を逸らした。

出会ってからまだたったの数日なのに、一瞬一瞬落ちている気がする。



「ラルゴ?どうかした?」

「・・・いや、なんでもねえ。まずは服からにするか。そんなずるずるしたマントは邪魔だろうし、かと言って素顔だと目立ちすぎる」

「そう?でもさっき普通に顔を見せてパンを売ってたし今更じゃない?」

「それでも、だ!とにかく服を買うついでに変装用の眼鏡も買おう」

「・・・過保護じゃない?」

「過保護じゃない」



実際さっきだって素顔を曝した凪は、同性すら誑かしていた。

いやあれは誑かすとは少し違う気もするが、それでも相手の意思を無視して口付けした上に逃れえぬ強さで拘束された。

彼女が普通より非力なお陰で、同性でも安易に動きを封じ込めれると知ったラルゴは、益々今後が心配だ。

『神の愛し子』はこの世界のどの種族とも番になれるのは知っていたが、同性にまで好かれると思ってなかったのだ。

思い出すだけで苛立ちが増し、瞳が鋭くなるのが判る。

問答無用で口付けられた上に抱きしめて拘束された凪は明らかに怯えていて、彼女から逃れるためとは言えラルゴすら拒絶した。

恐慌状態に陥っていたから仕方ないのかもしれないが、たった一日、否、数時間の内に二度も拒否されるのは、地味にラルゴを打ちのめした。

一度目でみっともなくすがり付いて懇願し、二度目にはもう離せなかった。

狼の女の何が彼女をそこまで恐がらせたか知れないが、お陰であの獅子の男と距離を図れたのは思わぬ特典だった。

ラルゴが狼の女と話をしてる間に凪とダイナスの間で会話があったのは知っていたが、邪魔をしなくてよかったと心底思う。

お陰さまで縮まりかけた二人の距離はグッと開き、再び凪はラルゴだけのものだ。


にいっと唇を持ち上げると、訝しげな表情で凪が見上げた。

オッドアイの瞳は初めて見るけれど、もし他の誰かでもここまで美しいと感じないだろう。

フードを白魚のような指先で持ち上げた彼女は、音がしないのが不思議なくらい長い睫毛に縁取られた瞳をぱしぱしと瞬かせる。



「・・・ラルゴ、凄く悪い顔してるよ」

「そうか?」

「でも機嫌が直ってよかった。───沢山心配かけてごめん」



ぺこり、と両手を膝に当てて頭を下げた凪に、ふわりと相貌を崩す。

その拍子にフードが落ち、日に透かすと金色に見える綺麗な髪が揺れた。

無意識のうちに頭に手が伸び、くしゃくしゃと精一杯加減をして優しい仕草で撫で付ける。

凪は何処もかしこも細くて華奢なので、いつもどおりの力だとあっという間に折れそうで気を使う。



「気にすんな、とは言わないぞ。もっと、俺に気を使え」

「そこは気にするなって言うとこじゃないの?」

「そんなん言ったらもっとお嬢が自由になっちまうだろうが。朝から数時間でこちとら振り回されまくってるんだぞ」

「それもそうだね」

「おう。・・・だから、お嬢は俺にもっと気を使うべきだ。んで少しも離れるな。じゃないと心配でおちおち飯も食えねぇよ」



冗談交じりに本音を告げれば、瞳をまん丸に見開いてから、こくりと素直に頷いた。

随分と幼い仕草にほんわりと心が和む。

ここまで女に振り回されたことはないし、面倒をかけられた経験はないが、それでも傍に居たいと希求した。



「じゃ、とりあえず俺の飯をそこらで買い食いしつつ服屋に行くか。知り合いでお嬢にぴったりの服を作ってる奴がいるんだ」

「ご飯、買い食いでいいの?さっきの龍の女の人がいるお店は?」

「あ?別にあそこじゃなくてもいいさ。お嬢がこれから先一人で行ける店って考えたけど、もう必要ないしな」

「必要ない?」

「そうだ。たった数時間でこんだけ振り回すような女から離れれるわけねえだろ?俺がずっと傍に居るなら、わざわざ場所を特定する必要もねえしな」



にかっと笑い、そのまま小さな手を握りこむ。

浅黒い肌をしているラルゴと違い、凪の柔らかな手は真っ白で肌理細かくとても滑らかな触り心地だ。

親指で愛撫するように手の甲を撫でれば、擽ったかったのかびくりと身体を震わせて上目遣いに睨まれた。

本人は精一杯怒りを表現しているのかもしれないのに、全く恐くない。どころかとても可愛らしくて、くつくつと自然と笑い声が漏れた。



「私は小さな子供じゃないよ」

「知ってる。だから厄介なんだろ」



ぶんぶんと手を上下させて振りほどこうとした凪の抵抗など、ラルゴの前では些細なものでしかない。

暫く好きに抵抗させてやったが、手放す気がないと悟ったのだろう。

これ見よがしに深いため息を吐き出して、諦めたように手を止めた。


小さな勝利に満足げに犬歯を剥き出しにしたラルゴを呆れ混じりに見やって、目的地も知らないくせにさっさと歩き始める。

そんな彼女の数歩を一歩で追い越すと、落ちていたフードをさり気無く被せなおした。



『あれに想いを向けても無駄だぞ』



不意に意地の悪い神の言葉が思い出されたが、朝のように不機嫌にはならない。

少なくとも僅かずつでも近づく距離に、諦める気は更々ないと、心の奥で宣言した。

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