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7:賑やか家族 その5

狼の『サバンナ』は、きらきら輝くプラチナブロンドをボブカットにし、同色の一重の瞳を好奇心に輝かせている。

見た目は大人びているが、中身はどうやら遥かに幼いらしい。

微笑みの形に固定された唇の端から八重歯を覗かせ、不思議そうに首を傾げた。

長身のラルゴと頭一つ程度しか変わらぬ身長に、グラビアアイドル並のスタイルを誇る彼女は、黙って立っていれば声を掛けがたいきつめの美女だ。



「ねえ、何が駄目なの?あたし、何か悪いことした?」

「近づくなっつってんだろ!おい、テメェ!親父だっつうなら、この女を止めろ!」

「っ!?サ、サバンナ止めろ!本気で嫌がっていただろうが」

「どうして?これはあたしへのプレゼントじゃないの?」

「プレゼントじゃない!お嬢さんは」

「ママはママなの!お姉ちゃんのじゃないよ!」

「ママ?」

「チビ!お前もママじゃねえって言ってるだろ!」

「おっさんは黙ってろ!」

「おっさんじゃねえ!」



カオスだ。

それぞれが言いたいことを口にしているお陰で、小さなリビングは喧騒に包まれる。

興奮してきたのか徐々に凪を抱くラルゴの腕の力が詰め寄り、折角胃に収めたパンが逆流しそうだ。

苦しさに喘ぎながら彼の腕をタップするが、全く気づいてもらえない。

意識が朦朧とし始めたところで、急に目の前に掌が差し出され、するり、と身体をすり抜けた。



「あれ?触れない」

「・・・・・・」



能天気な声に、室内が一気に静まり返る。

ぎりぎりと奥歯を噛み締める音が上から聞こえ、ぐっと視界が高くなった。

ラルゴの肩に乗せられたのだと気づいたのは、彼の手が膝裏に回ってからだ。

凪が腰掛けてもまだ余裕がある広い肩は、がっしりとして些か座り心地が悪かった。

上半身のバランスを取るため腕をバタつかせたが、運動神経がないに等しいためぐらりと身体が傾ぐ。

後ろ向きに倒れるときつく瞼を閉じたが、背中に回された手が軽々と支えてくれた。



「・・・ありがと、ラルゴ」

「いや、いきなり持ち上げたからな。お嬢の運動神経はここ数日で判ってるから支えるくらい簡単だ」

「・・・・・・」



とても複雑な心境だ。それでもたった五日間でとてつもなく足を引っ張った記憶があるので、全く言い返せない。

眉尻を下げて複雑に表情を歪めれば、小さく笑った彼はくしゃりと凪の頭を撫でた。

乱暴でありながらどこか繊細な仕草にぱちりと瞬きし、結局好きなようにさせる。

だが不服は別のところから申し立てられた。



「どうして?なんであたしは駄目なのに、あなたは触れるの?」

「・・・今、姉ちゃんすり抜けたって言ってたよな?」

「うん。でも僕たちは触れたよ」

「でもあれだけぎゅうぎゅうに抱きついてたのから、どうやって逃げたの?」

「わかんない」

「パパは?」

「パパならわかるよね?」



漣のように広がった疑問は、すぐに幼い子供たちの頭を占めたらしい。

どうやって説明すべきなのか、眉間に皺を寄せラルゴを見やる。

するとこちらを見上げた金目にも困惑の色が浮かんでいて、いい案は何もないと訴えていた。



「・・・白虎の力だ。そうだろ、お嬢さん」

「え?」

「俺たち虎や獅子の一族で白を持つ獣人は総じて異質な力を持って生まれることが多いらしい。お前さんの能力も、それじゃないのか?」



真っ直ぐにこちらを射抜く隻眼は、嘘を言ってるように見えない。

そうなのかと首を傾げながら純粋な眼差しを向ける彼らは、ダイナスに絶大な信頼を向けている。

迷ったのは一瞬で、瞬きする間に決断を下した。



「そうです」

「・・・そうか」



凪の言葉に、くっと眉間の皺を深めたダイナスは、吸い込んだ息を吐き出すように声を出した。

痛みを堪えるように固く瞼を閉じた彼の様子に小首を傾げる。

しかし疑問を口にする前に、にっと笑ったダイナスに、それ以上何も言えなかった。



「お嬢の能力は、『透過能力』だ」

「『透過能力』?」



小首を傾げた狼の女に、忌々しげに舌打ちしたラルゴは、それでも説明を続ける。

彼が『サバンナ』から距離を置こうとしたお陰で、凪は後頭部を壁で強打したのだが気づいてくれてない。

無言で悶絶していると、慌てた様子で近づいたダイナスが患部に向けて手を伸ばし、一瞬の躊躇の後触れた。

触れた瞬間ふっと息を吐き出した彼が触診する間も、ラルゴの説明は進む。



「『透過能力』。いいか、よく聞いとけよ。お嬢が触れられたくないと願った相手は、お嬢に触れねえ。つまり、だ。お前はお嬢に触れねえ!」

「何で?」

「何でって───お前、俺の説明聞いてたか!?」



意外と短い忍耐が切れたらしい彼は、狼の彼女にがなりたてる。

傍から見たらとても面白くないコントだ。やってる本人はもっと面白くないだろうけれど。

まじまじと二人の遣り取りを眺めていると、不意に横から声を掛けられた。



「すまないな、お嬢さん。あいつは悪気はないんだが、だからこそ少しばかり厄介なんだ」

「・・・悪気がないのは判りました」

「恐ががらせてすまない。出来れば」

「許してやってくれ?」

「・・・ああ」



頭を抱えて曲げていた身体をまっすぐに伸ばし、ダイナスの手が届かぬ位置から彼を見下ろす。

実に父親らしい言い分だ。

娘を思いやりフォローしようとする姿勢は、血の繋がりがなくとも立派な家族なのだろう。

凪が知らない『サバンナ』を知ってるからの言葉はとても思い遣りに満ちている。

だが。



「無理です」

「無理、か。一考もしてくれないのか?あいつを何も知らないのに」



悲しげに瞳を細めたダイナスに、凪は小さく苦笑した。

彼はいい人だ。見た目は恐いけれど、第一印象は違えてなかった。



「私が彼女を知らないように、彼女も私を知らないでしょう?・・・家に下宿してもいいと誘ってくれて嬉しかったです。ありがとうございました」

「お嬢さん?」

「ラルゴ、もう行こう。買い物して、ギルドに行かなきゃ。余計な時間を使わせてごめんね」

「構わねえよ。俺はお嬢の意に沿うことがしてえからな。それにお嬢をこの女と同じ空間に置きたくねえ」

「そんな言い方は駄目だよ、女の人相手に」

「相応の扱いだろ」



ふん、と鼻を鳴らしたラルゴは、通ったばかりの廊下へ向け迷いなく足を進める。

背後から子兎たちの悲しげな呼び声が聞こえ、振り返って微笑んだ。



「ママ、もう会えないの?」

「ううん、またすぐ会えるよ。一月はこの街に居る予定だから、パパのパンを買いに来るね」

「ホント?」

「ママ、約束できる?」

「出来るよ」



必死にラルゴの足元をうろつく彼らに頷けば、ほっと安堵して耳を垂れさせた。

そんな彼らの後ろには失言を悟ったダイナスが唇を噛み締め、一重の瞳をまん丸にした『サバンナ』が小首を傾げた。



「ハニーはあたしが嫌いなの?」

「嫌いじゃないですよ。ただ・・・恐いだけです」

「恐い?あたし、あなたを恐がらせたの?もう、駄目?」

「駄目じゃないですよ。私はあなたが恐いけれど、嫌いじゃないです」

「じゃあ、あなたに会いに行くわ。待っててね」

「・・・はい」



こくりと頷くと、ぱっと花が開くように艶やかな笑顔を浮かべた。

心の底から喜んだ様子に、凪を肩に乗せたままのラルゴが唇を尖らす。



「あんな女に優しくする必要はねえだろ」

「恐いけど、嫌いじゃないから。悪気がないのは判ってるしね」



苦笑しながら告げれば、渋い顔をした彼はそれでもそれ以上は何も言わずに黙り込む。

短い時間で盛大に凪の精神力を削った騒々しい家族との縁はまだ途切れないだろう。

少なくとも小食でありながら美味しいものが好きな凪の胃袋は、ダイナスにがっちりと掴まれている。

玄関で名残を惜しむように下ろされた凪は、下からラルゴの顔を見上げた。



「ありがとう」



もう一度囁けば、しばらくは渋面を維持していた彼も、大きくため息を吐いて仕方なさそうに表情を和らげた。

くしゃりと撫でられた掌の感触に早くも馴染みそうな自分は、思っていたよりも適応能力が高いらしい。

短時間で起こった騒動を思い、残りの時間は面倒ごとが少ないといいと願いながら、そっと木戸を押し開けた。

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