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7:賑やか家族 その3

無遠慮な腕がぎゅうぎゅうと凪の身体を締め付ける。

痛みに顔を歪めようと、離れるためにもがこうとも一向に力は緩まない。

ラルゴやダイナスの慌てた声は聞こえるのに、女性が相手だからか力づくでの行為を遠慮しているらしく、息も絶え絶えになってきた。

その上無礼な『サバンナ』とやらは、凪を腕に抱いたままあらゆる所にキスを降らす。



「可愛いー!これ、あたしの理想よ!パパからのプレゼントなの?これ、あたしのものなの?」



あまりの言い草に、凪の心のリミッターがぶちりと切れた。

頭に釘が打ち込まれたような嫌な具合に痛みが広がり、視界がぐらぐらと歪み始める。

身体の奥からせり上がる衝動に口を掌で覆った。気持ち悪くて仕方がない。


目の前の『サバンナ』は、凪を『凪』として見てない。

無理だ、と心が拒否した瞬間、すっと身体に掛かった圧力が抜けた。



「っ、お嬢!?」

「おい、嘘だろ・・・」

「ママ?」

「どうしたの!?」

「いやだ、何が起きたの?」



身体への負荷がなくなった瞬間を狙い、出来うる限り素早い行動でソファの上から逃げ出す。

背の低い机に足がぶつかったが、そんなの気にしてられない。

ワンピースを翻して走り出した凪は、周りを確認しなかったお陰ですぐに部屋の隅に行き当たった。

それ以上走ることは出来なくて、代わりにしゃがみ込んで身体を小さくして耳を塞ぐ。

恐怖で震えが収まらず、嫌な汗が全身から滲んだけれど、それを拭う余力すらない。



「桜子、秀介、怖い」

「お嬢!?大丈夫か、お嬢!」

「桜子、秀介、助けて。何処にいるの、秀介、桜子ぉ!」

「お嬢!しっかりしろ、お嬢!」



怖い、怖くて仕方ない。

今すぐ秀介と桜子に会いたい。

二人に会い、抱きしめてもらい、体温を分け合って自分が『凪』だと感じたい。

彼ら二人は『凪』を求めてくれている。



「桜子、秀介、どこ、どこ?」

「お嬢!っ、駄目だ、触れねえ!お嬢、頼む、帰って来い!俺を切り捨てるなって言っただろう!?お嬢!」

「───離れろ、知れ者」



不意に身体を抱き上げられ、ひくり、と呼吸が止まる。

だが髪に触れる掌の優しさに徐々に弛緩し、温もりを辿って顔を上げた。



「凪、俺だ。わかるか?」

「・・・うぃる?秀介と、桜子は?」

「あいつらはまだお前に会えねえ。だが俺はあいつらに負けねえくらいお前を求めてるし、お前自身を見てる。お前は俺の『愛し子』だ」

「私を求める?桜子と秀介は?どうして私と会えないの?」

「まだ時じゃねえんだ、凪。お前を不安にさせたのは悪いと思うが、もう少し待て。あいつらの分も俺がお前・・を必要としてる」



節くれだった大きな掌が頭から頬へと滑り、宥めるように目尻を擽る。

神様の癖にウィルには温もりがある。じんわりと伝わる体温に、ほうっと息を漏らした。

気がつけば極度の緊張状態から着ていた震えは収まり、頬に触れた彼の手を握る。

すると嬉しそうに顔を綻ばしたウィルは、指先を包んで擽ったそうに笑った。



「もう大丈夫か?」

「うん。・・・ありがと」

「いや、お前は俺のものだからな。俺が手入れするのは当然だ」



胸を張って堂々と告げたウィルに小さく笑い、いつの間にか周囲が静まり返っているのに気づいた。

どうしたのだろうと視線を向ければ、アニメのようにセピア色に染まった世界がそこにある。

不自然に動きを止めたダイナスたちに首を傾げ、ウィルの力だと気がついた。

彼は神らしくない行動を往々として取るので忘れていたが、この世界の神だ。

時を止めるくらいは出来るのだろう。


凪の視線が自分から移ったのに気づいて不機嫌そうに鼻を鳴らしたウィルは、冷めた視線を彼らに向ける。

あからさま過ぎる態度で凪を特別だと教えてくれるお陰で、恐怖に竦んだ身体だけでなく、怯えていた心も落ち着いた。



「俺の愛し子を怯えさせたんだ、消し去ってやってもいいがどうする?」

「消すって・・・随分横暴だね」

「どこがだ。お前は俺のなんだぞ?」



駄々っ子のような表情で頬を膨らますウィルに苦笑する。

随分と好戦的な態度だが、一応凪を守ろうとしてくれているらしい。



「やりすぎでしょ。あの人もウィルの世界の住人だよ」

「関係ない。幾百万の命より、俺にはお前が特別だ」

「神様失格だね。ま、適当に泉を覗いて、好みのタイプだからって異世界トリップさせるような神様だもんね」

「いい趣味だろ?」

「ふ・・・あはは」



我慢できずについ笑ってしまうと、驚いたように綺麗な赤い瞳をまん丸にしたウィルは、そわそわと視線を逸らして結局俯いた。

けれど彼に抱きかかえられている凪には俯いた顔は丸見えで、『神様も真っ赤になるのか』なんて不健全なことを考えてしまう。



「ウィル、顔真っ赤」

「・・・五月蝿い」

「うん、ごめん。ところでどうしてここの子はパパやママって言うの?」

「唐突な話題転換だな」

「え?これ以上突っ込んでいいの?」

「───お前が、馴染みやすいかと思って。単位はともかく、食材や言葉は少しでも似てるほうがいいだろ?だから翻訳するときにちょっと細工した」



過保護な神様は、凪のために随分とご都合主義な設定をしてくれたらしい。

その割りに単位はそのままなんて、中途半端なのかどうか判断に迷ってしまう。

眉尻を下げて苦笑すると、長い髪を指先にくるくると絡めたウィルは、ちゅっと小さな音を立てて凪の額に唇を落とした。

彼の接触はやはり嫌悪感を抱かせるものではなく、触れるか触れないかの優しい感触に首を竦める。



「そうやって、笑ってろ」

「え?」

「お前が笑える世界を俺は作ってやる。どんな表情でもお前は可愛いが、やっぱ笑ってるのが一番だ」



にいっと、少しだけ意地が悪そうで、けれどそれ以上に優しい瞳をした彼は、嬉しそうに微笑んだ。

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